第24話 二人きり、となれば

 組み立て作業開始から十数分が経った頃。



「おーい、持ってきたぞー……って、どうした?」



 ようやく、とばかりに、クーラーボックスを抱えた神崎くんが帰ってくる。



「ああ、いや……少し休憩をだな……」

「おいおい、俺には働けって言っておいて自分はサボりかよ」



 そんな彼は、テントの端で立ち尽くす友人に疑問を覚えるツッコミを入れていた。まさか、戦力外通告を受けて仕方なくそうしているだけとは思うまい。



「水野くん、これはどうするの?」

「えっと……それは、こっちと合わせる感じかな」



 彼らのやり取りを尻目に作業を進めていると、氷銫さんが部品を持って話しかけてくる。彼女も苦手だとは言っていたが、こちらが説明書を読んで指示を出せば、なんだかんだと手伝ってくれていた。


 それこそ、今では自分から率先して聴きに来るという、著しい成長まで遂げている。



「そっか。じゃあ、はい」

「ん、ありがとう」



 心なしかその表情は楽しげで、少しは楽しさを感じられたのだろうか、と颯希はぼんやりと考えた。



「…………」

「……なに?」

「いやぁ、氷銫さん、随分楽しそうだと思ってな」



 実際、そう思ったのは颯希だけでは無かったらしい。クーラーボックスを置いた神崎くんは、不思議そうな顔でこちらを見ていた。



「そ、そう?」

「そりゃもう。こういうの苦手じゃなかったか?」

「苦手っていうか、好きではない、けど」

「ふーん」



 そして、改めて確認したかと思うと、その精悍な顔をニヤつかせ、



「じゃあ、水野くんと一緒だからか〜?」

「っ!!」



 こちらを巻き込んでおちょくり始める。



「や、やめてよ。愛理じゃあるまいしっ」

「いや、でもなあ……」



 予想外の発言に目を丸くした氷銫さんは、僅かに頬を紅潮させながら、そう吐き捨てた。



「水野くんはどう思う?」

「え」



 が、それでも彼の攻勢は止まらず、今度は颯希の方に話を振ってくる。なんとも答えにくい質問だったが、



「うーん……説明書読んだりするのが、苦手なだけで、組み立て自体は意外と楽しかった、とか?」



 ここは、素直に思ったことで返すことにした。



「あー、そういうことなん?」

「え、あ……うん」

「……その感じ、やっぱり」

「だ、だからっ──」



 しかし、氷銫さんの反応がぎこちなかったせいで無意味なものとなり、



「あーもうっ、この話終わり!」



 結局、本人が無理やりに打ち切ったことで、答えは有耶無耶に終わってしまう。こうなると、逆にそうなのではと疑ってしまいたくなるが、他二人の男子を見てすぐに現実を思い出させられた。


 この二人で駄目なのだから、ワンチャンがあるわけも無いのである。そもそも、彼女の理想はコウヅキに近いわけなので、なおさら今の自分とはかけ離れていた。



「と、ところで、早乙女さんと千川さんは?」



 とりあえず、彼女の助太刀に入ろうと、颯希は残りのメンバーについて尋ねてみることにする。



「ああ、まだ時間あるからって友達とだべってたぞ」

「そうなんだ……」



 どうやら、彼女たちは彼女たちで楽しんでいるようである。だが、この場にいる誰も、文句を言うことは無かった。


 実はこのバーベキュー。終わりの時間は決められていたが、それ以外は肉を焼こうが何しようが自由らしいのだ。


 時間はまだ十時を回る手前。お昼にはまだ早く、友人との交流に時間を費やすのは何も悪いことではなかった。



「つーわけで、俺もちょっくら出かけてくるかな!」



 目の前の少年も例に違わず、さっそくとばかりにストレッチを始める。



「みんなはどうする?」



 彼の問いかけに、颯希は逡巡すると、



「俺は、荷物見るついでに、これ進めておこうかなっ」



 先んじてそう宣言した。こちとら、元よりインドア派。みんなでキャッキャと騒ぐよりも、裏で頑張ってくれてありがとうの方が性に合っているのだ。



「え、いいんかそれで?」

「うん、こういうの結構好きだし、みんなで楽しんできてよ」



 申し訳なさそうな顔をされるも、それを払拭するためにすかさずポジティブな考えであることを示す。



「そうか、じゃあ──」



 納得した神崎くんは、いざ出発と声をかけようとし、



「じゃ、私も残ろっかな」



 直後、割り込むように氷銫さんが居残りを宣言しだした。



「流石に、水野くん一人残してくのはあれでしょ」



 キョトンとする一同に、何の躊躇いもなく言ってのける彼女。今そんなことを言ったら、またいじられるのではないかと心配になる颯希だったが、



「あー、そうだよな、うん」

「まあ、流石にか」



 彼らも、これには疑義を立てる様子が無かった。純粋な気遣いをからかうほど、性悪ではないようである。



「……俺が変わりに残ろうか?」



 ただ、何か思うところがあるのか。妙な間の後、小鳥遊くんの方が交代を提案するも、



「これ、組み立てたいの?」

「…………」



 弱点を突かれた途端、何も言えなくなっていた。



「? どうかしたか?」

「い、いや、なんでもない! それより、行くんだろ?」

「え、お、おう……」



 これ以上の長居は危険だと察したのか、彼は積極的に前を歩き出し、やがて二人して遠くへと去っていく。


 残された颯希は、それを少しおかしく思いつつ、残ってくれた少女の方へと目を向けた。



「ごめん。気を使わせちゃって」



 わざわざ残ってもらったことに、申し訳なくなって謝るが、



「別に、大したことじゃないでしょ。というか、係の仕事を押しつけて遊びに行く方が変じゃない?」

「それは、まあ、確かに……」



 言われてみればな正論で返されてしまう。



「ハルは……うん、居ないことが貢献に繋がる人もいるってことで」

「ははっ……」



 なお、一名例外の人物に関しては、互いに共通の認識だったらしい。彼には少し悪かったが、つい共感して笑ってしまう。



「じゃ、続きやろっか」

「うん」



 そうして、作業が再開すると、



「……一昨日の、動画なんだけどさ」

「え? ああ、うん。あの翻訳が怪しいホラゲーのやつね」

「っ……そ、そうそう。あれ、翻訳がほんとおかしくって──」



 自然、話題は彼女の好きなものへと映っていく。


 近くには他のテントもあったが、まだ人影は少ない。一応、声は潜めつつも、話は弾んでいき、互いの表情には笑みがこぼれる。



「……コレハゴミデスカ?」

「っ……ちょっと、真似しなくていいからっ……」



 勇気を出して軽くモノマネしてみれば、氷銫さんは笑いを堪えながら抗議してきて、



「アア、ユレイガデテキマシタ」

「んぐっ……!?」



 そして、調子に乗って棒読み演技のマネを続けた結果。ツボった氷銫さんは腕で口もとを抑え、顔を真っ赤にしながら身体を震わせ始める。



「オマエ、ヤサシイヤツ!」

「も、もう……ひっ……て……けほっけほっ……!」



 楽しくなってきた颯希はつい、さらに攻め立ててしまう。彼女は抵抗するように、空いた手でこちらの服を掴んできていたが、まるで力が入っていない。



「もうっ、なんでちょっと上手いのっ……」

「あはは、結構頭に残るよね、あれ」



 やがて、一通り笑い終えた彼女がジトッと睨んでくるが、声の調子は明るかった。これだけ楽しんで貰えたのなら、勇気を出した甲斐があったというものだ。



「そういうのできるなら、水野くんも実況とかいけるんじゃない?」

「え」



 が、ここで一瞬、ドキリとするような発言が飛んでくる。



 ──あんまり変な声出したらバレるかもだよなっ……。



 もちろん、彼女の様子からして正体がバレたわけではないだろう。しかし、様々な声を出せば、それだけ引っかかるリスクが高まるのも事実。


 実を言うと、普段は小さな声で高めの音に調整しているが、もし変に声を張ろうものなら低い声が出てしまうのだ。


 コウヅキのファンである彼女なら、そこから正体に勘づいても何らおかしくはない。



「は、はは、どうだろうねっ」



 改めて自身の立場を思い出した颯希は、自戒しながら作業を進めていき、



「お」



 ここでようやく、バーベキューセットの完成へと至った。



「やっとできた……」

「お疲れ様。こっちに椅子立てといたから、休憩しよ」

「うん、氷銫さんもお疲れ様」



 かけた労力の分、達成感を得つつ、氷銫さんとねぎらいを交わす。そのまま、どちらともなく用意された即席の椅子に腰かけると、



「で、さっきの続きなんだけど──」



 彼女は再び、顔を綻ばせながら話しかけてこようとし、



「──ひゃっ!?」



 次の瞬間には、可愛らしい声とともに肩を跳ねさせていた。


 その首筋には、細くて白い指が当てられており、必然、誰が犯人なのかと視線を動かした颯希は、意外な人物を目にして固まる。


 なぜなら、そこにいたのは悪戯好きそうな早乙女さんではなく、



「や、お久しぶり──」



 一度会ったきりで名前さえ知らない、ダンス部の爽やかガールだったのだから。

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