第20話 もう墓穴に入ってるレベル

 突然放り込まれたとんでも発言の破壊力に、そこにいた五人が全員固まった。


 名指しを受けた颯希と、氷銫さんはもちろんのこと。他の三人もそれぞれ、なんらかの感情を見せていた。


 常にひょうきんだった彼は怪訝そうな表情を浮かべ、コミュ力お化けの女の子は期待の混じった目をしながら口に手を当てている。



「密会……?」



 そして、最も顕著に変化があったのは、先ほどまでペースを崩すことの無かった美少年だった。余裕の微笑を湛えていたその顔が、見る影もないほどに強ばっていたのである。



 ──まさか、バレてたのか!?



 だが、そんなことにツッコミを入れられるほど、颯希に余裕は無い。もしバレたのだとしたら、その原因がどこにあるのか。


 準備室に来るまでの手順を知らない颯希は、疑念を込めて氷銫さんをちらと見るが、



「っ……」



 ふるふると、小さく首を横に振られるばかり。彼女とて、詮索はされたくないはず。やはり、それなりの対策はしていたに違いない。


 だが、現に早乙女さんは密会とハッキリ口にしていた。となれば、間違いなく何かを知っているわけで、



「私はね、昨日、深恋が水野くんを誘った時にピンときたんだよ……」



 実際、わけ知り顔で語る彼女の顔は真剣味を帯びていた。



「そう、それは──」



 こうなったらもう、氷銫さんの対策は完璧だったと信じ、早乙女さんの勘違いであることを祈るしかない。



「ま、待って!!」

「!!」



 そんな颯希の祈りはしかし、信じようとした少女本人に手折たおられてしまう。



「深恋、声大きいよ〜?」

「っ……ご、ごめんっ……」



 突然発せられた大きな声に周囲の注目が集まり、氷銫さんはハッとなって口をつぐむ。ニヨニヨと笑う早乙女さんに先ほどの仕返しを受けた彼女は、羞恥に顔を染めて俯いた。



「でも、そこまでの感じなら仕方ない。今回は見逃してあげる〜」

「あ、ありがとう……」



 おかげで、場には意味深めいた空気が漂い始めてしまい、



「本当は保健室で何があったのか、根掘り葉掘り聴きたかったけどね〜」

「え?」



 挙句の果て、本当に早とちりであったことまで判明する始末。やはり、準備室での密会については早乙女さんも知らなかったようだ。



「あ、保健室のっ……」

「? 保健室の?」

「っ!!」



 しかし、よほど動揺しているのだろう。それでもなお、氷銫さんの悪手は止まらず、もはや収拾がつきそうになかった。



 ──ひ、氷銫さん……。



 一連の流れを見た颯希は、彼女は意外とポンコツなのでは無かろうかと、内心で呆れてしまう。



「っ……」



 進退窮まった彼女は、助けを求めるようにこちらアイコンタクトを送ってくるが、



 ──いや、こっち見られてましてもっ。



 余計にわけありなようにしか見えないので勘弁してほしかった。



「えーなになに……!? 本当に何かあったの……!?」

「え、えっとっ……」



 そんな違和感を目ざとく見逃さなかったのは千川さんだった。声のボリュームはそのままに、テンション高く問い詰められ、氷銫さんは目を泳がせるしかない。



 ──こうなったら、俺がどうにかするしかないよな。



 ここで逆に、彼女の慌てっぷりを見たことで冷静になってきた颯希は、頭の中で作戦を組み立てると、



「ご、ごめんっ……!」



 彼らに向かって頭を下げることとなった。



「水野くん……?」

「実は──」



 そして、続けてそれらしい言い分で弁明を試みる。


 内容はこうだ。自分は過去の経験で人と話すのが苦手になったこと、怪我で保健室に連れて行ってもらった時、氷銫さんにそのことを話したこと、そして、その後も何度か相談に乗ってもらっていたこと。


 つまり、氷銫さんが焦っていたのは、その秘密を庇おうとしてのことであり、他意は無いのだと、そう説明したのである。



「──という、わけなんだけど……ごめん氷銫さん、気を使わせちゃってっ」

「あ、いや……」



 今考えた理屈ゆえ、氷銫さんは戸惑った様子を見せるが、



「あー、なんかごめんね、二人とも」

「まったく、愛理お前、人のデリケートな部分をだな……」

「し、知らなかったんだも〜ん……!」



 彼らにはしっかり効いていたようなので充分だろう。我ながら、完璧な言いわけを思いついたものだと、褒めてやりたいところだった。



「小鳥遊くん?」



 が、ここで一人、未だにリアクションを見せない人物がいることに気がつく。理論上は成り立っているはずだが、何かおかしなところでも見つかったのかと不安が増してくるも、



「……いや、なんでもないよ」



 彼は首を横に振った後、すぐにいつもの微笑を取り戻していた。



「それにしても、深恋らしいな。優しいところも、紛らわしいところも」

「うっ……」

「そうそう! 深恋が自滅するのが悪い!」

「まあ、こういう話出る時、だいたいこんな感じだもんなー」



 そこからは徐々に、和やかな空気が漂い始める。どうやら、以前にも似たようなことが複数件あった模様である。



「あはは、いやぁ、やらかしちゃったねー氷銫さん」

「だ、だって……」



 彼らに責められた氷銫さんは、頬を赤くしながらバツが悪そうに視線を逸らす。



「水野くんも気をつけた方がいいよ〜? 『あ、こいつ俺のこと好きかも』とか思った時は特に!」

「はは……肝に銘じておくよ」

「っ!!」



 そして、早乙女さんからの忠告に、今までの経験からつい頷いてしまうと、



「み、水野くんまで……」



 ジトッとした視線を浴びせられることとなってしまった。



「いや、その、はは……」



 だが、流石にここでフォローするのは難しい。無意識に苦笑いがこぼれ、



「っ、も、もういい!」



 味方のいなくなった彼女は、子供のように拗ねてしまう。


 それからはもう、言うまでもない。彼女の機嫌を取るために、五人総がかりで残りの時間を使い果たすこととなるのだった。






 そして放課後。自席へと戻り、帰りのHRホームルームも終えた颯希は、帰宅の準備に勤しんでいた。



「それにしても、どこで会ってたの?」

「本当はちょっと、いい感じだったり〜?」

「だ、だから何もないって!」



 ふと、盛り上がる声に興味を向ければ、そこには色々と問い詰められる氷銫さんの姿がある。一応、口ではああ説明したが、それ以外の部分については疑問の挟まる余地が存在していたからだろう。


 恋バナに敏感な女子たちの前では、まだまだ新鮮な餌に他ならなかったようだ。



 ──まあ、そのうち飽きるよな。



 元より助太刀できるわけでもないが、何かをする必要性も無いだろう。


 あいにく、氷銫さんとの間にそういった関係が生まれることは無いと、先ほどの一件でより理解したのだ。



 ──バーベキュー、ちょっと楽しみだな。



 そんな颯希の思考は、来週のイベントについて切り替わる。氷銫さんと一緒のグループということは置いておいても、あのメンバーとなら普通に和やかに過ごせそうだと思ったのだ。


 学校でのイベント事が待ち遠しくなるのは、本当に久しぶりのこと。昼休みの事件を考えると不安材料もあったが、氷銫さんたちの前では大それたこともできないはずである。


 そう判断した颯希は、先ほどの賑やかな光景を思い出しながら、温かな心地で教室を後にするのだった。

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