第19話 会議の後は……

 突然の敵意にさらされてからしばらく。昼休みを過ごし、五限目の授業を終えた颯希の気分は、前日とは打って変わって大きくへこんでいた。


 中学時代のこともあり、ある程度耐性がついているとは思っていたが、やはり人に悪意を向けられるのは心にくるものがあったのだ。



 ──氷銫さんも来なかったしなー……。



 加えて、昼食も一人で取ることとなり、昨日の反動で妙にわびしい気持ちにさせられる始末。今日は良いことがないな、と落胆せざるを得ない。



「はい、みんな席着いて」



 そんな、だだ下がりのテンションで臨む六限目は、授業ではなくLHRロングホームルームだった。言うまでもなく、バーベキューについて色々と決めることになるのだろう。



「それじゃあ各自集まって、決まったら代表者が用紙を取りに来てください」



 教師の指示が飛ぶと、各々が席を立ち、ガヤガヤと騒がしくなっていく。颯希もまた、自分の向かうべき所へと歩き出し、すでに集まっていた五人組の近くに立った。



「お、来たな水野くん!」

「いらっしゃ〜い。ここ座っていいよ!」

「ど、どうもっ……」



 すると、すぐに出迎えの声がかかる。こういう時、なかなか輪の中に入れないことが多かったので、とても助かる気配りだった。



「じゃ、私取ってくるね」

「いってらー」



 そして、もはや当然とばかりに氷銫さんが立ち上がると、代表者として教壇の方へと向かっていく。その堂々たる姿からは、理事長の娘という肩書きに恥じない豪胆さが感じられた。



「でも何するんだろうね今日〜?」

「そりゃあ係決めとかだろ」



 一方で、待っている間やることのない早乙女さんと神崎くんがさっそく会話を始め、



「にしては時間余らない?」

「終わったら自習とか、そういうのじゃないか」

「あー、ありそー!」



 そこに、千川さんと小鳥遊くんも混ざり、考察を深める。では、残された颯希が何をしているのかと言えば、



 ──いや、きつー!!



 完成されたグループを前に、ただただ打ちのめされていた。ただでさえコミュニケーションが苦手だというのに、こんな関係性の出来上がっていそうなところに割り込めるわけもなかった。


 せめて、氷銫さんがいればと思うも、頼りの彼女は教壇の近くで何やら記入作業をしている様子。これでは、せっかく入れてもらったにも関わらず、腫れ物として気を使わせるだけの存在になりかねない。



「あ、ごめんごめん! 勝手に盛り上がっちゃって!」

「え、いや、全然どうぞというかっ!」



 が、流石に彼らは一味違うというべきか。千川さんが思い出したように話しかけてくると、



「水野くんはバーベキュー好き〜?」

「っ、じ、実はそんなにやったことなくて……」

「そうなんだ! じゃあ私たちの腕にかかってるね〜」



 続けて、唐突に早乙女さんが質問を投げかけてくる。本人はキリッとしてるつもりなのだろうが、気の抜ける声のせいでなんとも格好がついていない。



「いやお前、食う専じゃねえか。ぷにっぷにだろ腕」

「あー! 今のセクハラでーす!!」

「事実を言ったまででーす」



 そこに、神崎くんの横槍が入ると、二人で子供じみた喧嘩を始め、



「はは、水野が困るから、内輪ノリはその辺にしとけー」

「おっと、すまんすまん! まあ愛理の腕は置いておいて、こりゃあ頑張るっきゃねえな」

「置いておかないでよ〜!」



 小鳥遊くんの仲裁によって一旦のまとまりを得る。ほんの短い一幕だったが、彼らの関係性を大まかに知るのには充分であった。



「仲、いいんだね」

「ああ、水野は知らないか。大也と愛理と深恋、それから俺は、初等部の頃からよくつるんでるんだよ」



 思わず、といった感じで尋ねると、小鳥遊くんが詳しく説明してくれる。確かに、昨日のことも含めて考えれば、納得のいく話である。



「あれ、千川さんは……?」

「あはは、私も初等部からずっといるけど、みんなと仲良くなったのは最近なんだよねぇ」

「さ、最近……」



 ただ一つ、湧いた疑問を口にしてみれば、あっさりと答えが返ってくる。


 傍から見ている限りだと遜色ない仲の良さに思えたが、実際には結構な差があったらしい。なんというコミュ力だ、と颯希は思わず戦慄してしまう。



「ん、もらってきたよ」

「あ、おかえり〜」



 と、ここでようやく氷銫さんが帰還を果たす。その手にはいくつかの紙が束ねられていた。



「はい、これ」

「ありがとう」



 順に渡されていくそれを受け取ると、その内容がバーベキューに関するものであることが分かる。いわゆる、連絡事項やパンフレット的なものだ。



「で、係決めないとだけど、どうするの?」



 そして、彼女の手に残った一枚が何かと思えば、どうやら提出用の書類だったようである。見れば、係名と、その横に名前を記入する欄が存在していた。



「なになに、買い出し係が三人と、設営係二人、カメラ係が一人で……って、これ、分ける意味あんのか?」

「まあ、グダグダにならないために一応ってことでしょ」



 神崎くんの読み上げに各々が反応を見せる中、颯希は無言で考える。


 この状況において、どれが最適解なのか。買い出し係は会話量が多そうで、設営係は一見無難そうだが、二人きりの状況ができたら気まずい。



 ──となると、カメラか……。



 悲しいかな。一人、という単語に安心感を覚えてしまうのがぼっちの性だった。


 それに、撮られる側が得意でない颯希からすれば、撮る側に回れるのも大きな利点に見えた。問題は、狙った係になれるかというところだったが、



「じゃあ私買い出し〜!!」

「あ、てめっ……はいはい! 俺も買い出しでお願いします!」



 真っ先に手を挙げた二人がいい感じの選択をし、



「え、なら私、設営にする」

「おい、面倒なやつを見る目やめろ!」



 氷銫さんもまた、カメラ係を残してくれた。



「あはは、じゃ、私は余ったところで!」

「そうか。なら、水野は何かやりたいのあるか?」

「え、ええっと……」



 しかも、ここで小鳥遊くんからの神パスまで飛んでくる。全選択肢が残されたうえでの展開に、示し合わせていたのではないかとさえ思えてしまう。


 とりあえず、買い出し係は精神的負担が大きそうなので絶対になし。順当にいったらカメラ係を選ぶべきだが、ここでもう一つの可能性が浮かんでくる。



 ──氷銫さんとなら、ありか?



 それは、おそらく自分以外の男子であれば絶対に選ぶであろう選択肢。青春を謳歌したいのであれば、充分に選択の余地があった。



「……他にいないなら、カメラ係で」



 しかし、ここでそれを選ぶほど、気を抜いてはいなかった。何せ、もし今選ぼうものなら、傍からは狙っているようにしか見えないからだ。


 肩をぶつけてきたあの二人はもちろん、氷銫さんに気がある男子にとっては面白くないことこの上ないだろう。



「千川さんは大丈夫?」

「もち! そういうハルくんは?」

「俺は──」



 なので、当初の予定通りにことを進めようとした颯希だったが、



「──設営にしようかな」



 直後、世の中には格の違う人間がいることを分からされてしまう。何の躊躇いもなくそう言い放った彼はといえば、その端正な顔を一切崩す様子もない。



「お、そっか! じゃあ私は買い出しで!」



 颯希は愕然とするも、これが平常運転なのか。他の誰もが、何事も無かったようにスルーしていた。



「よろしくな、深恋」

「ん、よろしく」



 軽く挨拶を交わす二人からは、長年の交友を持つ人間同士の気楽さが感じられる。しかも、誰から見てもお似合いなほどの美男美女ときた。


 確かに、これを見て文句を言えるほど、自信のある人間はそういないだろう。



「じゃあこれで決まったわけだけど……この後は何かあるのか?」

「なんか、適当に親睦深めてだって」

「あはは、松井先生は相変わらず緩いね〜」



 そんな風に謎の敗北感を覚えていると、話が次の段階へと進んでいた。時間はまだ三十分以上残っていたので、それでいいのかと思わなくもない。



「あんまりうるさくしたら自習らしいから、愛理と大也は気をつけてよね」

「オイ、なんで俺たちだけなんだよ!」

「酷い〜……」



 ただ、楽しそうに言葉を交わす彼らを見ていると、その判断も悪くないように感じた。



「で、なんの話するよ……」



 そうして始まった自由時間に、神崎くんがわざとらしく声を小さくし、



「それはもちろん、恋バナだよ〜……!」



 そのノリに付き合って、早乙女さんもか細い声で盛り上げようとする。



「愛理、いつもそればっかりじゃない……?」

「まあ、愛理らしいけどな……」

「私はいいよー……!」



 まるで修学旅行の夜のような、なんとも微笑ましい光景を、颯希は蚊帳の外から温かい目で見守るが、



「ふふっ、実は飛びっきりのネタがあるんだよ〜……?」



 やがて、ノリノリな早乙女さんの話が進んでいくと、



「へー、そりゃまたなんだ……?」

「それはね〜──」



 他人事ではいられなくなる事態へと発展していくことなる。何せ、彼女が溜めに溜めて放った特ダネは、



「──ズバリ、深恋と水野くんの密会について、だよ〜……!!」



 颯希の急所を死角から抉ってくる、とんでもない爆弾だったのだから。

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