第18話 敵意との遭遇
ひと騒動あったその翌日。いつも通り教室まで登校してきた颯希は、変わらぬ朝を自席で寛いでいた。
仲良くなった氷銫さんと出会う可能性があるのは昼休み。先日色々と気を使ってくれた彼女の友人たちも、来週の土曜日以外は平常運転なのだ。
朝、颯希のやることと言えば、エゴサをしたり、時折ウェブ小説を覗いてみたりくらいなもの。
──昼休み、来るかな。
故に、退屈を紛らわせるようにほんのりと思いを馳せつつ、緩やかに暇を潰していく。
「バーベキュー、狙ってたとこ入れたんだって? 頑張りなよ?」
「も、もうっ、違うって……!」
と、一人スマホをポチポチといじっていた時、近くの席にいる女子たちの会話が聞こえてきてしまう。
雰囲気的に、恋バナか何かなのだろう。きゃっきゃと騒ぐその会話からは、分かりやすく青春の香りが漂っていた。
バーベキューというイベント自体、生徒たちの親睦を深めるためのもの。男女三人ずつということもあって、やはり恋愛方面に期待する人も多いに違いない。
後は、外部進学組への配慮というのもあるだろうか。在校生の割合が圧倒的に内部進学に偏っているあたり、むしろそっちの方が主目的ではありそうだった。
──恋愛、か。
ともかく、そんな青春の空気に流された颯希はつい考えてしまう。
氷銫さんと親しくなり、漠然とそれを期待をすることもあった。しかし、改めて考えるといまいちピンと来ない。
おそらく、憧れが勝っているためなのだろう。それこそ、多少親近感を覚えたところで覆せない程度には離れているように感じられる。
──まあ、無難に過ごすのが一番だよな。
結果、颯希の中でのバーベキューは乗り越えるべきイベントと定義された。
変に期待をしなければ、肩透かしを食らうこともないのだ。適当に肉を焼いて、皆に分けて、そう言えばこいついたな、程度に覚えてもらえればそれで充分であろう。
「……?」
と、そんな風に方策を練っていると、不意に視線のようなものを感じ、辺りを見渡す。が、それらしき人物は見当たらず、一応氷銫さんの方を見てみるもこちらも該当しない。
──気のせい、か?
自意識過剰だろうと、すぐに疑念を振り払った颯希は、再び思考に耽る。しかし、そんな颯希の判断が間違っていたことは、少しも経てば判明することになるのだった。
それは、二時間目が終わった後のこと。授業が終わり、トイレで用を足した颯希は、手を洗ってから教室内へと戻ろうとしていた。
「っ!」
事件が起きたのは、正にその時だった。正面から二人の男子が接近してきたのを見た颯希は、ぶつかるのを避けようとし、
「うっ!?」
直後、交わしきれずに肩へと衝撃が走ることに。それなりの勢いで押された颯希は体勢を崩すも、なんとか転ばず持ちこたえる。
「あ、ごめんっ……」
振り返り、彼らの顔がクラスメイトのものであることを確認した後、反射的に謝るが、
「はっ」
一方のお相手は、鼻で笑うような声を残すと、二人してそのままトイレの中へと姿を消してしまった。ぽかんと立ち尽くす颯希は、徐々に嫌な気分が湧いてくるのを感じた。
──わざと、だよな。
謝罪の一つも無い横柄な態度に、躱そうとしても避けられなかったあの動き。いかにも故意にやっているといった仕草の彼らに、沸々と怒りを覚える。
「はぁ……」
が、そんな激情もすぐに消沈するのが弱者の定め。憤ったところで体力の無駄だと、そう自分を納得させた颯希は、とぼとぼと教室に戻っていくのだった。
それからさらに二時間ほどが過ぎ、昼休み。時間が経ち、沈鬱な気分も薄らいだ颯希は、自身の昼食を鞄から取り出し、教室を後にした。
──さて、今日は来るのか否か。
二日連続で来てくれたため、正直怪しいところではあったが、期待する分にはタダである。ほどよい心地良さを胸に颯希は廊下を突き進んでいき、
「おい」
しかし、そんな気分は一瞬にして破壊されることとなった。
「お前、ちょっと来いよ」
恫喝するような声に呼び止められ、ビクリと背後を振り返れば、並んでいたのは半ば予想通りの顔が二つ。
言わずもがな、肩をぶつけてきた男子生徒だった。
「……えっと?」
さっそくテンションがマイナスまで振り切った颯希は、言われるがままに階段の踊り場まで着いていくことに。
そして、人気のないそこで、恐る恐る用件を確認してみれば、
「お前さ、調子乗んなよ?」
「え」
自身よりも背が高く、目が細い方の男が不満を
「誘ってもらえて嬉しいんだか知らねえけど、なに普通に受け入れてんだよ。身の程って知ってるか、お前?」
「ほんとそれな!」
やはりと言うべきか。彼らの怒りは、先日の一件についてのもののようだった。
低い声でがなる男に、背の低いもう一人の男子が同調するように煽り始める。
「こ、断るのも、失礼かなって」
「はぁ? 責任転嫁する気かよ」
「いや、そういうわけじゃっ」
仕方なく弁明をするも、悪く捉える気しかない相手に何を言っても無駄らしい。
「だったらなんだよ。失礼じゃなかったら断るってか?」
「そ、それは……」
「ほらな、やっぱ下心じゃねえか」
「うーわ、隠そうとするあたりがキモイわっ……」
氷銫さんが悲しむのを見たくなかった、というだけなのだが、伝わるわけもなく。都合よく解釈した彼等は好き放題に罵倒してくる。
かといって、本心で語ったところで通じる様子ではない。そう判断した颯希は、ただただこの嵐が過ぎ去るのを縮こまって待つことにした。
「お前さ、今からでも断ってこいよ」
「っ……」
が、そんな颯希に対し、キツネ目の男子が苛立たしげに提案を持ちかけてくると、
「ああ、それがいいよお前は。別に、お前が抜けたところで誰も困らないだろあそこは」
「はっ、まったくだな」
背の低い男がそれに便乗し、嘲るように笑いをこぼす。屈辱的で、寒々しくなる状況に、しかし颯希にとて譲れないことはあった。
「……それはできない、かな」
「は?」
中学の頃とは違うのだと、ゲーム実況者になって得た僅かな自信を糧に、颯希は精一杯の強がりを見せる。
「せっかく誘ってくれたのに、断るなんてとてもっ……も、もしあれなら、他の誰かに相談してみた方が良いん、じゃないかな……?」
あくまで謙虚に、されど、確かな抵抗の意志を込めた言葉。それを、ハッキリと伝えてみれば、効果は明らかだった。
「てめぇ……」
キツネ目の男子はより表情を険しくするも、言葉でどうにかなる相手では無いと悟ったのだろう。憎しみのこもった声をこぼしながら、拳を固く握りしめるが、
「はっ……覚悟しとけよ」
「けっ!」
意外と冷静なのか、暴力に訴えることはしなかった。彼が意味深な発言を残し背を向けると、もう一人の男子も、つまらなさそうな様子でその後ろに続く。
それを表情が強ばるのを感じながら見送ると、彼らが視界から消えたところでようやく肩の力を抜くことができた。
──助かった……とは言えないよな。
しかし、安心できるほどかと言われればそんなことはない。あの雰囲気からして、何かを仕掛けてくるのは間違いなかったからだ。
これからしばらく注意が必要だろうと、颯希はそう気を引き締める。
そして、せめて氷銫さんや他の人たちには迷惑がかからないように頑張らねばと、覚悟を新たにしつつ、準備室へと向かうのだった。
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