第17話 無慈悲な対比

 盛り上がっていた教室の雰囲気は、ある出来事を境に様変わりしていく。


 まず、彼女の行動を注視していた男子が固まり、それを見た近くの生徒が事態を把握し動きを止める。そうして急に静かになれば、女子たちも原因を確認しようとするわけで。



 ──いや、それは違くない氷銫さんっ!?



 つまるところ、周囲の注目を一身に浴びることとなった颯希は、全身から冷や汗を吹き出すはめとなっていた。



「あ、ごめん。目立っちゃったかも」

「い、いや、全然っ……」



 一方、目の前の銀髪美少女さんはといえば、事態の深刻さに対しなんとも軽い謝罪をしてくる。文句の一つも言いたい気持ちだったが、この状況ではそれも許されない。



「それでなんだけど、グループは決まった?」

「い、いえ、まだ……」

「そっか。じゃあ──」



 社交辞令のような質問に、分かっているくせに、と内心で悪態をつきつつ返答すれば、



「──私たちのとこ、入る?」



 案の定、分かりきったような質問が飛んでくる。



「おい、マジかよ」

「氷銫さんがなんであんなやつに……」

「あいつ、確かこの間の体育で氷銫さんと……」



 すると、静まっていた者たちがコソコソと話し始めるが、これもまた当然というべきか。男子たちから発せられる疑念や嫉妬のオーラに、颯希は戦々恐々するしかない。



「え、ええっと……」



 そんな過酷な状況に、どう答えるのが正解か、と颯希は悩みに悩む。


 誘いを受ければグループ問題が解決するが、男子軍団を敵に回しかねない。逆に、断れば周りからの追求は避けられそうだが、氷銫さんの厚意を無下にすることになる。



「お、俺なんかで良ければっ」



 しかし、結局のところ。目の前で返事を待つ少女のことを思えば、断る余地など残されていなかった。


 女の子に恥をかかせるくらいなら、多少の敵意くらい我慢して然るべきだろう。それに、氷銫さんと一緒にバーベキューできる栄誉を考えれば、お釣りが来るというものである。



「そっか、じゃあよろしくね」

「う、うん」



 そう納得した颯希は、ほっと息をつく彼女に頷きを返す。これでひとまず、この場は解散となり、後は家に帰るだけだ。



 ──俺は無事に家まで帰れるのだろうか。



 問題は、事態を見守っていた男子諸君からの熱視線をどうするべきか、というところにあるだろう。このまま廊下に出ようものなら、何が起きるか分かったものではないのである。



「おいおい氷銫さん、可哀想だろ」

「え?」

「見ろよ、水野くん子羊みたいに震えてんぜ?」



 が、ここに来て、予想外のところから救いの手を差し伸べられる。快活な声に振り向いてみれば、そこに立っていたのは大柄な体格の男子生徒だった。



「まったく、優しいのはいいけど、ちゃんとアフターケアしないとだぞ。なあ?」

「え、は、はぁ」



 クラスのムードメーカー的存在であり、頼れる兄貴分的な風格を醸し出すその男の名は、神崎大也かんざきだいや


 燃えるように逆立つ短髪に、精悍な顔つきの彼は、イメージ通りにおおらかと言うべきか。はにかみながら軽い調子で声をかけてくる。



「あれだろ? クラスに上手く馴染めてなさそうだからー、的な」

「……まあ、そうだけど」



 そして、周りに伝わるように、分かりやすく氷銫さんの意図を説明してくれた。指摘された彼女は少し不服そうな顔をしていたが、しっかりと頷きを返す。



「なんだ……まあ、そんなもんだよな」

「だからありえないって言ったろ? それより、グループどうするよー」



 おかげで、教室の雰囲気は先ほどまでと同じものに戻っていき、颯希の心にも平穏が訪れた。



「あ、ありがとう、神崎くん」

「なあに、氷銫さんはこういうとこあるからな。慣れたもんよ」



 素直に礼を告げれば、彼はなんて事ないようにかっかと笑う。



「ちょっと……!」



 しかし、これには氷銫さんも黙っていられなかったのか。眉を釣り上げて抗議の意を示そうとするが、



「あ〜!! 自販機の人!!」

「っ!?」



 ここで更なる乱入者がやってきたことにより、遮られてしまう。



「お、知り合いだったのか」

「うん! 横の自販機で当たり引いてたの〜!」

「……それ、知り合いって言わなくね?」



 ほがらかでどこか間の抜けた声の主は、やはり氷銫さんの友人、早乙女愛理だった。



「あはは、ちゃんと当たりを譲ってもらったことも言わなきゃっしょ!」

「あ、そうだった!!」

「蛮族かお前は……」



 さらに、彼女に続くように、もう一人のギャル的な雰囲気の子が近寄ってくる。



「えっと、早乙女さんと……」

千川美奈せんかわみなだよー。よろしくねい」



 二人の名前を呼ぼうとし、実は名字を知らなかったことに気づくも、彼女の方から教えてくれたことで事なきを得た。


 早乙女さんに比べやや暗めの茶髪をした彼女は、ニカッと笑う姿がなんとも眩しい印象を受ける。



「ねえ、私のこと忘れないでくれる?」

「うおっ!?」

「あはは、深恋が怒ってる〜」

「こらこら、愛理も煽らない!」



 そうして盛り上がっていると、当然の如く憤慨した氷銫さんが割り込んでくる。もちろん、他の三人の反応を見るに、本気で怒っているわけでは無さそうだった。



「悪いな、騒がしくして」

「え? あ、気にしてないよっ」



 と、四人でわちゃわちゃし始めたことで蚊帳かやの外になった颯希のもとに、ここに来て最後のお相手が訪ねてくる。



「俺は……」

「えっと、小鳥遊たかなしくん、だよね」

「はは、自分で言うのもあれだけど、流石に知ってるか」



 男でも思わずため息をこぼすほどの顔を持つ彼の名は、もちろん知っていた。小鳥遊陽たかなしはる──サッカー部に所属する長身のイケメン男子で、名前の通り太陽の如き輝きを放つ存在である。



「それにしても、本当に大丈夫か?」

「えっと……?」

「ほら、流石に深恋から誘われたら断れないだろ? もし、他に行きたいなら俺から言っとこうと思ってさ」



 そんな、颯希とは真逆を行く彼は、心配した様子で問いかけてくる。どうやら、見た目だけでなく、内面までイケメンでできているらしい。



「あ、ううん、大丈夫。どうせ、余ってたところに入る予定だったからっ」

「……そうか。なら、改めてよろしくな」

「うん、よろしく」



 自分が小さく感じられた颯希は、自虐を混ぜながら返事をする。それに対し、少しの間を開けて挨拶が返ってきたので、こちらも同じように返した。



「じゃ、俺はあいつらの仲裁してくるから。来週は楽しもうな」

「あ、うん、そうだねっ」



 それで用も済んだのか。呆れるように笑みをこぼすと、爽やかに仲間たちのもとへと去っていく。何から何まで完璧な一連の行動に、これが同じ人間かと驚きを隠せない。



 ──というか、下の名前で読んでるんだな……。



 ついでに、さりげない呼称も颯希からすれば桁違いであったが、同時に、そう呼んでいても違和感がないだけのオーラも感じられた。


 それこそ、少し仲良くなった程度でワクワクしていた自分が恥ずかしくなるほどである。



「おーい、そろそろ部活の準備した方がいいんじゃないか?」

「うわっ、もうこんな時間かよ!?」

「はぁ……ま、今回は勘弁してあげる」

「私はお腹空いたから帰る〜……」

「あはは。じゃあ、駅前寄って帰ろっか!」



 ふと、仲睦まじい彼らの姿を見れば、己のちっぽけさも分かろうというもの。



 ──帰るか……。



 その眩しさに思わず感傷的になった颯希は、調子に乗っていたことを自戒しつつ、教室を後にするのだった。






 颯希が去った後のこと。教室の至る所では談笑が起き、穏やかな放課後の様相を呈していた。



「…………」

「…………」



 が、とある一箇所だけ、楽しげな雰囲気とは真逆の者たちの姿があった。


 彼らは一瞬、特に目立つ五人組のグループに視線を向けた後。その近くにいたもう一人の人物が去っていった廊下へと目をやる。


 その顔は一様に険しく、いかにもつまらないといった感情が滲み出ていた。



「ちっ……」



 彼らの口から発せられた苦々しい音は、喧騒にかき消されて無くなる。しかし、そこに宿った思いは変わらず残り、後への影を落とすこととなるのだった。

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