第14話 ほめごろし

 誤解を解こうとしてしばらく。



「ごめん、そんな事情があるとは思わなくて……」

「あはは……大丈夫、分からなくても無理ないよ」



 颯希はどうにかこうにかして、氷銫さんを納得させることに成功していた。



「でも、そうだよね。声変わりって、自分でどうにもならないから……水野くんも大変だったんだね」

「う、うん。だから、コウヅキさんには凄い救われたよっ」



 というのも、である。彼女には、声変わりで悩んでいた時にコウヅキさんの動画と出会った、というていで説明したのだ。


 彼女と同じく、声に惹かれてファンになったので、思わず感動してしまったと、そういう釈明をしたことで、なんとか理解してもらったわけである。



「そっか……」



 結果的に言えば、そんな行動は彼女のガードを一つ下げさせることに貢献していた。微笑む彼女の声は慈愛に満ちていて、若干の嘘をついている身としては心苦しくなる。


 が、声変わりで嫌な目に遭ったのも、コウヅキという存在に救われたのも本当なので、そこは許してほしいところである。



「ひ、氷銫さんの方は、どうなの?」

「え?」



 とりあえず、深く追求されても困るので、話題を氷銫さんの方に戻すことにする。



「やっぱり、女の子的にはカッコイイとか、思ったりするのかなって」



 その質問内容には、やはり本人としての下心も少し含まれてしまっていたが、こればかりは仕方がない。



「っ……ま、まあ、それは無くもない、けど」



 ともすればデリカシーが無いとも取れそうな質問に、彼女は曖昧に頷きを返すと、



「でも、どっちかって言うと、落ち着く、とかの方が近いかも」



 意外にも、素直に感想を教えてくれた。


 思った以上に、気を許してくれているのかもしれない。そう判断した颯希はさらに踏み込むことにする。



「落ち着く……あ、包容力がある、みたいな?」

「そ、そう、そんな感じっ……」



 すると、ここで初めて、求めていた反応が返ってきた。



「うん、分かるよ。頼りになる感じというか、単に格好いいだけじゃなくて、大人の渋み、みたいなのがあるんだよね」

「!!」



 これ以上ないチャンスに、颯希は一気に畳みかける。ちなみに、頭の中に浮かんでいるのは、自身の声ではない。


 流石にそれは羞恥心で死んでしまうので、憧れの大御所声優の演じるキャラを思い浮かべて、それへの感想を語っていた。



「う、うん! でもちょっと、子供っぽいところもあったりで、凄い、近くにいるみたいな──」



 そんなことを知らない氷銫さんは、乗せられるがままに語っていき、



「──あっ」



 途中で気づいたのか。分かりやすくしまったという表情を作り、慌てて口を抑えていた。



「だ、大丈夫、分かるよ!」

「……ほんと?」

「ほんとほんと!」



 羞恥に顔を染める彼女に、すかさず何も問題ないと声をかける。上目遣いで見られ、視線を逸らしそうななるも、ここは辛うじて堪えた。



「それにほら──」

「あ、うん、分かるかも──」



 そうして軌道に乗った颯希は、それからしばらく穏やかな時間を過ごしていき、



「──そういえば、なんだけど」



 ふと、話しておきたかったことを思い出す。



「どうしたの?」

「氷銫さんの髪についての話とかって、大丈夫?」

「!!」



 ただ、こちらの都合での話題のため確認を取ってみれば、案の定その表情が固まってしまった。



「あ、もちろん無理とかはしなくていいからっ」



 流石に早かったか、と颯希は無かったことにしようと考えるも、



「だ、大丈夫」



 この短時間で急成長を遂げた氷銫さんは、一味違った。



「気になるよね、やっぱり」

「はは、ごめん……」



 自らの手でそれをすくってみせると、



「実は、髪を染める予定はもともとあったんだよね」



 自分の方から話を始めてくれた。



「え、そうだったんだ」

「うん。私、お母さんのお願いでモデルやってて……あ、モデルって言っても雑誌のね? それで、明るい髪色にしてみないかって、ちょっと前に話があったの」



 意外な事実に驚いている中、彼女は経緯を語っていく。



「そんな時に、あの配信で……」



 が、途中で何かに気づいたのか。不自然に言葉を止めてしまった。



「氷銫さん?」

「あ、えっと、銀髪の話題が出て、それでちょうど良いなって、なった感じっ」



 疑問に思い問いかけるも、そこに関してははぐらかしたかったのか。慌てた様子で結論まで持っていかれてしまう。


 逆に気になってしまった颯希は、先ほどの言葉の続きを考えてしまい、



「……もしかして、あのコメント」

「っ!!」



 一つ、忘れていたことを思い出した。


 そう、そもそもの話、あの話題になったのはとあるコメントが発端であったのだ。記憶は曖昧だが、好みの女の子を知りたいといった内容であったはずで、



「なんで気づいちゃうの……?」

「ご、ごめん……!」



 つまるところ、目の前にいるのが張本人らしかった。むすっと、不満げに赤面しているあたり、墓穴を掘ったというやつなのだろう。



「もう、最悪っ……」



 よほど恥ずかしかったのか、氷銫さんはふて寝するように机に突っ伏す。



 ──あ、あわわ……。



 せっかくの努力が水の泡に──そう考えた颯希の脳内はパニックに陥る。どうにかして挽回しなければ、と藁にもすがる思いでたどり着いたのは、



『あとは、やっぱり褒めることかな。髪型とか、ファッションとか、できればあんまり褒められ慣れてないのが良いけど……ま、最初は思うように頑張ってみて!』



 姉上からたまわったありがたきお言葉であった。



『あ、でも、露骨すぎるのは駄目だよ。そういうのは、相手もその気になってからじゃないと引かれちゃうから』



 動揺しながらも、それらのアドバイスを自分なりに解釈し、



「でも、そういうことなら大成功だよ!」



 なんとか一つの打開策を見出す。



「成功って、何が……」

「ほ、ほら! その格好、シルビアを参考にしたんでしょ? 実は、俺もシルビア好きでっ……今の氷銫さん、凄い良いなって思ってたから──」



 それは、姉の言う通り、相手を褒めちぎるというシンプルなもので、



「──だから、コウヅキさんもきっと、見蕩れちゃうと思うんだよね……!!」

「え……?」



 しかし、その気になっている相手と同じ目線での感想という、僅かに捻りを加えたものでもあった。



「同じシルビア好きとして言うけど、たぶん、一目惚れするくらいには可愛い、と思う!」

「っ〜〜!?」



 思わずといった様子で顔を持ち上げた彼女は、堪らず頬を上気させた。正に効果てきめんな反応に、颯希は確かな手応えを感じる。



「そ、そんなわけっ」

「無いと思う?」

「う……」



 おそらく、颯希自身の感想だけであれば、他の人の褒め言葉と同じように流されていただろう。だが、そこにひと言、『憧れのあの人も』と付け加えれば、つい期待せざるを得ない、というわけだ。



「だ、だって、あれは冗談かもだし……」



 なおも抵抗を続ける彼女だが、



「コウヅキさん、結構前からシルビア好きは公言してるよ」

「え」

「だから少なくとも、今の氷銫さんを見て可愛くないなんて思うわけないよ」

「っ……」



 本人ゆえに滲み出る確かな説得力が、その不安を少しずつ取り除く。



「ほんとに、そう思うの……?」

「もちろん」



 やがて、巧みな策の前に陥落した氷銫さんは、



「へ、へー。そっかっ……」



 本音をごまかすように、可能な限り興味が無いスタンスを取り始めていた。



 ──う、嬉しそー。



 が、彼女にとっては残念なことに、傍から見るとバレバレである。普段はあまり表情に出ない彼女だが、今はその力が全く発揮できていなかった。


 精々、意味があるのは、ニヤけているのだろう口もとを手で隠していることくらいか。



「あ」



 と、ここで、終わりを知らせるチャイムが鳴り響く。



「じゃあ、そろそろ戻るねっ」

「あ、うん」



 彼女にとっては好機だったのだろう。いの一番に立ち上がると、弁当箱等を手に持って、扉の方へと早歩きで駆けていく。



 ──なんとかなったな……。



 一方颯希は、失態をごまかしきったことに安堵の息をこぼした。色々あったが、最終的に満足して貰えたのなら、この会合にも意味があったというもの。



「今日はその、ありがと」

「ううん、気にしないでいいよ。それじゃ──」



 もうこんな機会は無いだろうと、一抹の寂しさを覚えながら彼女を見送ろうとし、



「水野くん」



 直後、仄かに潤む、その蒼の双眸と目が合った瞬間、



「また今度、ねっ──」



 照れくさそうにはにかむその姿に、颯希は言いようのない感動の渦に呑まれ、浄化されていくのだった。

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