第13話 好きって複雑です

 お昼の密会が始まって、はや数十分。和やかな始まりから一転して、狭い部屋の中にはじんわりと緊張感が満ち始めていた。



「それで、何が話したいの……?」



 渋々、タブーな話題を承諾してくれた氷銫さんは、やはり不機嫌そうな様子で尋ねてくる。選択を間違えたか、と不安が芽生えてくるも、後はもう上手く転ぶことを祈って突き進むしかない。



「えっと、じゃあ……」



 そんな状況ゆえ、颯希は慎重に考える。


 言うまでもないが、ここからの発言次第では、一瞬で信用を失うことに繋がりかねない。少なくとも、地雷は踏み抜かないようにと頭を回転させ、



「こ、コウヅキさんとリスナーさんの絡み、面白いよねって、話とか?」

「!」



 一つ目のテーマを口にした直後、鳥肌が立つのを感じた。この話題を振った時点でこうなるのは分かりきっていたことだが、いざ言葉にしてみると中々にくるものがある。



「……まあ、うん。分かる、かな」

「だ、だよねっ」



 が、払った代償に対して、返ってくる反応はなんとも軽い。一応、肯定してくれているだけマシかもしれないが、ウケているかどうかの判断がしにくいのは困りものである。



「ああいうキャラだけど、リスナーさんと絡む時は茶目っ気がある、というか。お互いにツッコミ合える関係なのが、なんか良いよね、みたいなっ」

「えっと、そうだね」

「だ、だよねっ」



 続けて、より深く掘り下げようと試みるも不発に終わり、



「後はほら、格好いい感じで実況してるのに、ちょくちょくキャラ崩れちゃったりするの、とかも?」

「あー、うん。そうかも」

「だ、だよねっ」



 これは違ったか、と若干方向性を変えるが、これまた渋い反応だった。


 もう少し乗ってきてくれ、とは思うものの、普段の自分がこんな感じであるため、あまり人のことは言えなかった。



「配信はまだしも、実況でもカットしないのは、狙ってるって分かってても、笑っちゃうよねっ、はは……」

「うん」

「…………」



 とはいえ、流石にここまで来れば、わざとそうしているのだということには気がつく。やはり彼女には、自身の趣味を恥じている節があるらしい。



「……あの、氷銫さん」

「な、なに?」

「やっぱりその、気にしてるの?」

「っ!!」



 このままでは盛り上がるものも盛り上がらない。そう思い確認してみれば、露骨に動揺する氷銫さん。



「それは、えっと……」

「あ、無理はしなくていいよっ。ただ、なんでそこまでって、思っただけだから」



 視線を逸らし、口をもごもごと動かす彼女に、颯希は純粋な疑問投げかける。



「……だ、だって」



 するとしばらくして、彼女はぽつりと呟き、



「私がそういう感じなの、キャラに合わないし……」



 今まで話したこともないだろう本音を吐露してくれた。



「水野くんも、そう思うでしょ?」

「いや、えっと……!」



 問われ、颯希は狼狽える。確かに、変だとまでは思わなかったが、彼女に抱いていたイメージとはズレていたからだ。



「別に、隠さなくていいよ。私自身、思ってることだし」

「っ……」



 そんな颯希の心中を察したのか、氷銫さんは自嘲気味に微笑む。上手く返せなかった自分が、なんとも情けなかった。



「はぁ……なんでこんなこと……」



 ため息をつく氷銫さんの指には、銀色の髪が数本、摘まれている。それを見て、物憂げな表情を浮かべる彼女の声には、後悔が滲んでいるように感じられた。



「た、確かに!」



 そんな悲愴な姿にいたたまれなくなった颯希は、堪らず声を挟んだ。



「え?」

「確かに、イメージとは、違ったかもだけどっ」



 作戦があったわけではない。ただ、これ以上、彼女が悲しむところは見たくなかったのだ。



「俺は、今の氷銫さんの方が、好きだよ!」

「っ!!」



 故に、なんとか喜ばせようと出た言葉は、なんとも陳腐なものだった。もちろん、そこに偽りはなく、実際、ここ数日で彼女への好感度はうなぎ登りしていた。



「あ、いや、変な意味じゃなくてね!?」



 しかし、これだけでは誤解を生むかもしれない。



「ただ、そのっ、ゲーム配信見てるんだって、親近感湧いたり、氷銫さんにも推しがいるんだな、とか、結構、乙女というか、純粋なんだな、とか……あ、後は、それを気にするくらい繊細な所もかわい──」



 はやる心のままに、颯希は早口で所感を語っていき、



「す、ストップ!!」



 途中、氷銫さんからの待ったがかかったことで、ようやく現実へと意識が戻ってくる。



「分かったから、もう勘弁してっ……」

「あ、ごめ……!?」



 すると、目の前には、耳まで真っ赤に染めた彼女の姿。顔を背け、口もとを手の甲で隠しているあたり、その心情は察して余りあるだろう。



「その、全然悪いことじゃないって、分かってもらいたくて!」



 慌てた颯希は、すぐさま言いわけを試み、



「……そう、なのかな」



 果たして、そんな颯希の努力が実を結んだのか。彼女の様子に、僅か希望の兆しが見え始める。



「そ、そうそう! もちろん、人にはよるだろうし、わざわざ話す必要はないと思うけど。そんなに卑下することも無いんじゃない、かな」



 その隙を見逃さず、畳み掛けるように説得を試みれば、



「……そ、っか」



 彼女の表情に、ささやかながらの微笑みを取り戻すことに成功するのだった。






 それから少しして。



「ん、んっ!」



 若干の気まずい空気を払うように、氷銫さんが咳払いする。



「えっと、ありがと。少し、気が楽になったかも」

「ど、どういたしましてっ」



 礼を言われ、挨拶を返す颯希。気恥ずかしさから、つい視線を逸らしてしまう。



「それじゃあ、本題に戻ろっか」

「う、うん……」



 そんな感情をごまかすように、颯希は話題を切り替えた。すると、今度は氷銫さんが目を泳がせる。


 流石に、さっきの今で照れを無くすのは難しいらしい。



「氷銫さんは、どういうところが好きで見始めたの?」

「っ、それはっ」



 とりあえず、まずは好きなことを認めるところから始めようと、颯希は直球の質問を投げかけた。


 当然、彼女はしどろもどろになり、口を開いては、何もせずに閉じるという挙動を繰り返す。



「ゆっくりで大丈夫だよ」

「うん……」



 ただ、時間はまだあるのだ。落ち着いてからで構わないと、柔らかい口調で伝えてあげた。



「笑わない、よね?」

「それはもちろん」

「……でも、やっぱり変だし」

「大丈夫、そんなことないよ」

「本当? 無理してない?」

「全然!」



 そこからも、色々とごねては先延ばしにしようとする氷銫さんだったが、



「じ、じゃあ、言うよ?」

「うん、いつでもいいよ」



 颯希の粘りを前に、逃げられないと悟ったのだろう。彼女は覚悟を決めたように唾を呑むと、



「…………こ」



 ぽそっと、小さく開いた口からそのまま息を吐き出し、



「声……だったり……する、かも……」



 耳を澄ませなければ聞こえないほど小さな声で、そう呟いた。



「……声、なんだ」

「っ!!」



 それを逃さず聞き取った颯希は、思わず感嘆とした声を漏らしてしまう。


 それもそのはず。真っ先に出てきたのが、実況スタイルどうこうではなく、颯希にとってコンプレックスであるそれだったのだ。


 意図せずして訪れた感動に、つい固まってしまうのも当然と言えよう。



「や、やっぱり今のなしっ!!」

「え?」



 が、そんな颯希の内情を知らない氷銫さんは、何を勘違いしたのか。前言撤回を試みてくる。



「な、なんで?」

「だって水野くん、変な顔してるしっ」

「あ、いや、これは違うから!」



 理由を尋ねてみれば、やはりこちらの不手際が原因らしい。



「違うって、どう違うの……?」

「え、ええっとっ──」



 結果、不機嫌そうに睨んでくる銀髪美少女を前にした颯希は、どう説明したものかと苦心させられるはめになるのであった。

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