第12話 押せばオーケー
昼休みが始まって間もなく。心の準備もなく始まったお食事会に、颯希の身体は緊張で固まっていた。
──いや、しょうがないだろこれはっ……!
部屋の奥から引っ張り出してきた、一人用の机。それを挟んだ向こうに、絶世と言っても過言では無い美少女がいるのだから、誰だってこうなるだろう。
一度、保健室にて似たような状況にはなったが、だからといって慣れるようなものではない。
「ここ、使って大丈夫なんだよね?」
「う、うん。先生からは許可もらってるよ」
一方、お相手の方はと言えば、その表情に大した変化は見られなかった。
「そっか。なら、いい場所見つけたね」
「氷銫さんでも、そう思うの?」
この間の件はすっかり忘れたとばかりに平然とした態度。信用されているのか、単に気にされていないのか。とにかく禍根を残さなかったようで何よりである。
「……どういう意味?」
「え、あっ……その、こういう狭くて埃くさそうな場所、女の子はあまり好きじゃなさそうって、思ってたから……!」
が、現実の方ではさっそくミスが発生してしまう。抑揚の無い声で尋ねられた颯希は、早口で弁解を試みるも、
「もう、そんなに慌てなくていいって」
「え?」
「別に怒ってないから」
直後に、呆れつつも、温かみの混じった声に遮られた。
「なんでそう思ったのかなって、ただそれだけ」
「そ、そうなんだ……」
出だしからやらかしたと思っていた颯希は、その言葉に安堵の息をこぼす。これまでにも思ったが、やはりクールな外面の割に、内面はとても良い子らしい。
「私、学校だとあまり
「あはは……氷銫さん、人気者だからね」
「ありがたいことなんだろうけど、ちょっと困ってる」
そう話す氷銫さんの声からは、切実な感情が伝わってくる。もし自分だったら、と思い、つい共感してしまう。
「まあ、二人で使うには机が足りないかもだけど」
「あ、大丈夫っ、俺はこれだから!」
と、ここで冗談めかしてきた氷銫さんに、颯希はすぐさまコンビニ袋の中身を見せた。出てきた数個の食料に彼女は目を丸くすると、
「……それで足りるの?」
よほど意外だったのか、幾分か感情の乗った声で問いかけてくる。
「俺、少食だからっ」
「ふーん、コスパ良いんだ」
それを少しおかしく思いながら颯希が答えれば、正にといった相槌が返ってきて、
「……それ、美味しいの?」
「うん、レタスがシャキッとしてて、結構美味しいよ」
そのまま、氷銫さんの視線がレタスサンドへと向き始めた。表情の変化こそ少ないが、興味があるのは充分に察せられる。
「確かに、レタス凄い詰まってるもんね」
「あはは……氷銫さんは、お弁当?」
「うん、いつもお母さんに作ってもらっちゃってる。友達もそういう子が多いから、水野くんのパターンはちょっと新鮮かな」
そうして、お互いの昼食を比べる定番の流れになると、
「……氷銫さんも一個、食べてみる?」
「え、いいの?」
喜んでもらいたさから、颯希はつい貢ぎたくなり、
「じゃあ、はい。私からも何かあげる」
「え」
「好きなの選んでいいよ」
気がつけば、マンガやラノベでしか見たことのない展開へと進んでしまっていた。目の前にスっと、意外と庶民的なお弁当箱を差し出されるが、そちらはあまり重要ではない。
女子と食事の交換こをするという、一生訪れないと思っていたイベントの方が、颯希にとってはよほど重大であった。
「なら、きんぴらごぼうをちょっとだけ……」
「それだと私の方が特しちゃうでしょ。はい、これもあげる」
「あっ、ありがとう」
遠慮して副菜を狙うも、優しい彼女は他のおかずも分けてくれる。結果、弁当箱のフタの上にそこそこのボリュームが載せられてから、颯希の前に明け渡されることとなった。
「っ!! ん、美味しいね」
「そっか、良かった!」
「水野くんも食べたら……って、お箸が無いか。んー、とりあえず爪楊枝でも大丈夫?」
「も、もちろん──」
さっそくサンドイッチを頬張る氷銫さんはそれだけでも可愛らしく、つい自分の食事も忘れて見入ってしまう。
その後も、合間合間に会話を挟みながら食事が続き、颯希はなんとも言えない満足感に心を満たされていった。
──これが、青春……。
つい気恥ずかしくなるような、こそばゆい感覚。緊張感から仄かに鼓動が速くなるも、どこか心地が良い。
「──それで、なんだけどさ」
「?」
そんな風に感動を覚えていると、ふと、氷銫さんが話しかけてくる。
「水野くんって、友達欲しいとかは、無いの?」
どうやら、今回の会合における本題の部分にそろそろ触れたかったらしい。楽しすぎてすっかり忘れていた颯希は、夢心地な頭を覚まして意識を切り替える。
「うーん……趣味の合う友達とかは、欲しいかも?」
「そうなんだ。何か手伝えることあるといいんだけど」
「あ、でもっ、凄い欲しいってわけじゃ、ないから。気にしないで大丈夫だよ」
ただ、彼女の気遣いはありがたいものの、そこまで意欲がある訳ではない。彼女の厚意を無下にできなかった故に今回の誘いは受け入れたが、クラスに馴染めていないどうこうは解決するほどと思っていなかった。
「ふーん、そっか……」
「う、うん……」
しかし、そんなことを言ってしまえば、会話が終わってしまうのもまた必定。せっかく和やかだった雰囲気に、陰りが差してしまう。
このままでは前回の二の舞になる、と焦る颯希だったが、
──いや、落ち着け。こういう時のために、アドバイスを貰ってきたじゃないか。
ここで、備えがあることを思い出す。
『いい? 困った時はまず、共感できる話題を出すの。共通の趣味とか、小学生の頃の話とか、そういうやつでいいから、とにかく黙ったりはしないこと!』
姉曰く、女の子は特に共感を求める生き物とのこと。氷銫さんがそうかは分からないが、他に頼れるものも無い以上、試してみる価値はあるだろう。
「そ、そういえば!」
彼女と自分にどんな共通点があるか。頭の中にある少ない情報を検索した颯希は、ある一点にたどり着き、
「趣味と言えば、氷銫さんもコウヅキさんの配信、見てるんだよね?」
「っ!!」
なんとか話題を繋げることに成功する。若干、無理やり感はあるが、共感という意味ではこれ以上に無い話題なので仕方がない。
「ま、まあ、そうだけど……」
とはいえ、やはり彼女的には恥ずべき秘密なのだろう。途端に顔が赤くなり、声が小さくなる。
一応、颯希が同じファンであるという設定は伝えたはずだったが、それでもなおこの反応だ。彼女の羞恥心を刺激するのは躊躇われるが、信用されるためにもある程度は踏み込むしかない。
「いつぐらいから見始めたの?」
「一年前、くらい」
「あ、じゃあ、結構初期の方から見てるんだ」
「た、たまたまだけどねっ」
まずは、きっかけを確認するところから始まり、
「他の人のとかも見るの?」
「他は見てない、かな」
「そうなんだ。じゃあ、きっかけ、とかは?」
「友達に薦められて……」
「へえ……それで、氷銫さんはどういうところが気に入って──」
しかし、あまりに質問攻めしすぎたからか、
「こ、この話……しなきゃ駄目なの……?」
「うっ……!?」
いつの間にか唇を尖らせていた氷銫さんに、涙目で抗議されてしまう。その顔は非常にいじらしく、つい眺めていたくなるが、流石にそんな度胸は無い。
『あと、受け身が駄目なのは分かると思うけど、聴いてばっかりなのも良くないからね? 話をちゃんと面白くなる方向に発展させないと!』
再び姉のアドバイスを思い出した颯希は、自身の失態に気がつく。
会話が苦手な人にありがちな、質問しか入っていない語彙力デッキ。それが駄目だと理解していたつもりだが、癖というのはそう簡単に抜けるものでは無いらしい。
──え、ええっと……!!
得意の手段を封じられた颯希は対人能力に欠けた頭脳で必死に答えを探す。別の話題に変えるか、それとも、このまま突っ切るか。
果たして、短い時間の中で颯希が導き出した結論は、
「俺は、したいな。氷銫さんと、コウヅキさんの話」
「え……」
やはり、後者の方であった。元より他の話題で盛り上げるだけの技量は持ち合わせていないのだ。
ならば、一か八か、髪を染めるほどに好きな趣味について語り合う方が可能性はあると、そう判断したのである。
「そんなこと、言われても……」
真剣な雰囲気での懇願に、氷銫さんはもじもじと髪をいじる。いかにも困ってますという雰囲気を醸し出してはいたが、そこはかとなく、期待するような声色が混じっているようにも感じられた。
「お互い、好きなことだし。きっと、楽しいと思うんだけど……駄目、かな?」
こういう時は押しの一手だと、そう姉が言っていたような気がした颯希は理屈を添えて問いかけ、
「う、うぅ……っ……」
対し、あからさまに狼狽えた彼女は、声にならない声を漏らしながら目を泳がせると、
「そ、そこまで言うなら……ちょっとだけ……」
やがて、耳を澄ませなければ聞こえないほど小さな声で、了承の返事を呟くのだった。
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