第10話 突然のお誘い

 青天の霹靂とはこのことか。衝撃的すぎる発言を前に、颯希は瞬きさえ忘れて固まる。


 何かの聞き間違いか、それとも冗談だろうか、とそう疑いたくはなるも、しかし、目の前には照れくさそうに頬を染める氷銫さんの姿。



「あ、別に大した意味じゃなくてっ……ただ、その、水野くんって外部進学でしょ? だから、上手く馴染めてないのかなって、思って」



 実際、続く彼女の言い分は理解できるもので、つい納得してしまいそうにはなる。が、だからといって、颯希個人に対して世話を焼く義理も無いはず。


 確かに、以前からリーダー気質のようなものは感じていたが、それを考慮しても些か不自然に思えた。



「余計なお節介だったら、ごめん、なんだけど……」



 とはいえ、氷銫さんがこうして誘ってくれているのは事実。意図はともかくとして、今はただ、誠実に応えるのみだろう。



「そ、そんなことないよ。むしろ、気を遣わせちゃって、申し訳ないくらいというかっ……」



 自信無さげに声をすぼめていく彼女に、颯希は慌てて言葉を返す。



「ただ、いきなり氷銫さんのグループに入ったりしたら、目立つだろうし……だから、気持ちだけもらっておくよ……!」



 ただ、易々と承諾することはできない。流石に、カーストトップの女子グループに混ざれるほどの勇気は無いのである。


 男子を呼んでくれるなどの配慮などはしてくれるかもしれないが、それもやはり住む世界の違う人たちだ。


 話が噛み合うとも思えず、結局、一人気まずい目に遭うのは想像に難くない。



「え……あー……」



 そう考えての発言だったのだが、当の氷銫さんはキョトンとした後、何かをごまかすように視線を逸らしていた。


 まるで、彼女的には別の考えがあったような、そんな様子である。



「……なら、グループじゃなかったら、いいんだよね?」

「え」



 しかし、その疑問を口にする間もなく、氷銫さんは今思いついたように質問してくる。



「ま、まあ一応は」



 一瞬、理解が遅れた颯希は素直に答えてしまい、



「そっか」



 納得したのだろう彼女は一つ頷きを返してくる。そして、覚悟を決めるかのように目を瞑ったかと思うと、



「だったら、その、まずは二人で、とか……?」



 反射的な返事をしたことを後悔させられるような、激ヤバ回答を返してくるのだった。



 ──え、ちょっと待って……え??



 当然、颯希の頭は再び混乱状態に陥る。何度もその言葉を反芻し、どこかに勘違いが無いかを探るも、やはりたどり着く意図は一つしか出てこない。


 一緒に食事、二人きりで、氷銫さんと──そんな、全男子が抱く夢のごとき提案に、果たしてどう応えるのが正解なのか。


 颯希は砂粒ほどの冷静さをかき集めて思考するが、



「あの、水野くん?」

「え、あ、いやー……その、どうなん、だろうねっ……!?」



 残念なことに時間は待ってくれない。不安そうに見つめてくる彼女を前に、颯希の口からはただ曖昧な言葉がこぼれるばかり。



「…………」

「ほ、ほら! 二人きりって、なんかこう、変に緊張しちゃうし。それに、もし他の人に見られたら、氷銫さんに迷惑かけちゃうかもでっ……」



 結果、消極的で、ことなかれ主義の颯希は、今までもそうしてきたように遠回しな否定をしてしまい、



「あ」



 直後、己の失態に気がついて言葉を止めた。


 黙って聞いていた氷銫さんの顔が悲しげに沈む瞬間を、目撃してしまったのである。



「……そう、だよね」



 それはほんの一瞬のことで、すぐに自嘲するような笑みで隠されてしまう。



「うん、ごめん。気にしないで」



 大したことないと、そう態度で示す彼女だったが、颯希にはすぐに分かった。自身がそうであるように、それは相手を気遣う時特有の強がりなのだと。



「それじゃ、もう戻るね」



 故に、いつものクールな様相に戻った彼女の背を黙って見送ることなどできるわけもなく、



「ち、ちょっと待って!」



 気がつけば、柄にもなく声を張って呼び止めていた。



「?」

「あ、ええっと……!」



 振り向き、怪訝な目を向けてくる彼女に、しかしここから先の展開までは考えていなかった颯希。



「……無理しなくていいよ? 本当、気にしてないから」

「っ!!」



 間が空いたことで逆に心配されてしまうが、ここで諦めるのも格好がつかない。


 ほんの少ししか用意されていない時間の中、必死で最善手を求めた颯希が思いついたのは、



「ご、ごめん……!!」



 彼女に余計な気遣いをさせてしまったことへの謝罪と、



「俺、話すの苦手でっ……上手く伝えられなかったけど、嫌とかそういうのでは、ないよ……!」



 情けないながらも、確かな本音を話すことだった。


 颯希とて、年頃の少年。緊張や不安さえあれど、女の子から食事に誘われて嬉しくないわけが無いのである。



「だから、その、えっと──」



 そんな気持ちが伝わるよう、言葉の続きを考えた颯希は、



「──一緒にお昼、食べよう……!」



 迂遠うえんな言い回しは不要だろうと、可能な限り真剣な声色で彼女の誘いに応えた。


 流石に断られることは無いとは信じているが、気が変わらないとも限らない。颯希は僅かな緊張に晒されながら、静かに答えを待つ。



 ──ん?



 が、いつまで経っても返事が無い。見れば、氷銫さんの目は颯希の顔をじっと捉えたまま止まっていた。


 何か顔についているのだろうか、と自分の顔を触ってみるも、特にゴミが取れることも無かった。



「……氷銫さん?」

「えっ」



 なかなか動きを見せない状況に焦れて声をかけると、彼女は分かりやすくハッとした顔を見せる。



「あ、あー、うん……そっか、良かった」



 何が引っかかったのか。気もそぞろといった様子の彼女は、あれだけ意気込んだ回答に対し、なんとも呆気ない反応を返してくる。



「じゃあ、今度、そういうことで」

「え、うん」



 颯希もまた、その対応に拍子抜けし、流されるままに頷くばかり。



 ──あれ、これで終わり?



 まるで手応えのない感触に、ただ無言で呆けるしかない。まさか、逆に熱量を出しすぎたのだろうかと、不安さえ湧いてきてしまう。



「……水野くん、あれだね」

「?」



 と、そんな颯希に対し、彼女は相変わらずぼうっとした表情のまま声をかけてくると、



「もう少し、声大きくするといいかも」

「え」

「それじゃ、またね──」



 ここに来て突然のダメ出しを浴びせてくる。呼び止める隙もなく、銀の髪をひるがえした彼女の背はどんどん遠ざかり、やがて死角へと消えていった。



 ──え、えぇ……。



 残された颯希は、不意の口撃にがっくりと肩を落とし、その場に立ち尽くす。


 約束を取り付けたことを喜ぶべきか、指摘されたことにへこむべきか。両極端な感情に苛まれた颯希は、ただただ困惑することしかできないのだった。

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