第3話 偶然、たぶん偶然
最初、それを視界に捉えた時に訪れたのは驚きだった。
当然だろう。同級生が突然髪を銀色に染めてきたら、誰だってそうなるに違いない。
──凄い、な。
彼女が
その光景はまるで、そこだけアニメの世界を切り抜いたかのように非現実的だった。
実際、彼女の端正なご尊顔も含めれば、二次元から飛び出して来たと言われても過言では無いほどに美少女然としていた。
──それにしても銀髪か……。
そんな風にぼうっと眺めていると、ふと引っかかりを覚える。ついこの間、ゲーム配信をしていた時に、銀髪がどうだという話をした記憶があったためだ。
変な偶然もあるものだ、と軽い感想を抱きつつ、颯希は無意識に観察を続ける。
「えぇ〜!? どうしたのそれ!?」
「やば、めっちゃ綺麗じゃん!!」
当然というべきか。彼女を取り囲む友人たちの輪はかつてない盛り上がりを見せており、
「ああ、うん。ちょっと、試してみようかなって」
一方、当人はといえば、質問攻めを前に少し照れくさそうに髪をいじっていた。その細かな仕草さえ絵になるというのだから、流石としか言いようが無い。
──あれ、氷銫さん、ニーソなんて履いてたっけ……?
が、そうしてぼうっと眺めていた時、颯希はある違和感に気がつく。その脚に、見慣れぬ黒い布が履かれいたのだ。
言わずもがな、学校にニーソを履いてくる女子というのは非常に稀な存在である。氷銫さんほどの人物が履いていたら、間違いなく印象に残っているはずだった。
──それに、なんか目も青いような……。
そして、一つ気になると他のところも見てしまうのが人間。注視しているうち、颯希は更なる異変を発見してしまい、
「あ」
ここで、気がついてしまう。
銀髪、黒ニーソ、青い瞳。違和感の三点セットを頭の中で検索にかけた結果、とある存在と共通していることに。
銀閃のシルビア──そう、例の配信で好きだと公言した、ラノベのヒロインである。彼女もまた、今の氷銫さんと同じ特徴を有していたのだ。
なぜ、こんな偶然が起きたのか──ここで颯希の頭に浮かんだのは、金曜日の記憶だった。
委員会の活動があったあの日。いかにも用事があるといった氷銫さんに、颯希は助け舟を出していたのだ。
──ちょうど、配信の時間だ。
つまり、彼女の用事が颯希の──コウヅキの配信であったという可能性も充分に有り得るわけである。
「はい、席に着いて──」
と、推理も佳境に入ろうとした時。担任の教師が来たことで、思考の海から強制的に戻されることに。
自然、颯希は彼女の方に視線を向ける。自席に着いて教師の話を聞くその姿は、確かにシルビアと似通って見えなくもない。
だが、あくまで見えなくもない程度。どちらかと言えばやはり、氷銫深恋であると言った方が合っているように感じられた。
──まさか、な。
きっと気のせいだろう。そう結論づけた颯希はしかし、心の片隅にモヤを残したまま、しばらくを過ごすはめになるのだった。
それから時が経ち六時間目。青色のジャージ姿に着替えた颯希は、他のクラスメイトと同じく体育館へと来ていた。
もちろん、テンションは低い。言うまでもないが、颯希は見た目通り運動が苦手なタイプだった。
──まあドッチボールだからマシな方か……。
幸いなのは、種目が個人的に楽なものであったことだろうか。というのも、つい昨日に土砂降りの雨が降ったことで、男女共に体育館での実施になったのである。
その結果、普段の授業ができないため、生徒たちの要望もあってドッチボールをすることなった、というわけだった。
「よーし、それじゃチーム分けも終わったし、そろそろ始めるぞー!」
兎にも角にも授業は進み、一試合目から出番の颯希はコートの中へと入っていった。
──適当なところで当たって、外野でのんびりしよ。
作戦は至ってシンプル。試合の行く末は強者たちに任せて、モブとしての使命を全うするというものである。
「よっしゃ、全員ブッ飛ばすぞ!」
そして、カチコミでもするのかといったかけ声と共に試合が始まると、その言葉の通りリーダー格であろうその男子が無双する形で試合が進んでいった。
勝利を確信した颯希は、ちらと女子の方を覗き見る。どうやら、向こうはバレーボールの授業を受けているらしい。
──氷銫さんは……サーブの練習、かな?
その短い時間で目を惹かれたのは、やはり件の少女であった。
網状の仕切り越しにも目立つ銀の輝きはもちろん、その整ったスタイルは動くだけでもつい視線で追ってしまうほどに魅力的だったからだ。
──リアル銀髪も悪くないな……。
改めて眺めてみると、男子たちが熱い視線を送る理由にも納得がいく。
黒髪の時から際立つ可愛さではあったが、そこにさらなる特別感が足されたのだ。もはや神秘的とさえ思えるその美貌を前にすれば、無視する方が難しいと言えよう。
実際、トラウマから三次元への興味が薄れていた颯希も、好みの見た目に近づいたことでつい興味が湧いてしまっているほど。
体育中だからだろう。髪を一本に束ねているのもまた新鮮味があり、左右に揺れるそれは、正しく興味を惹くための
結果、颯希は自身でも気づかぬほどに見蕩れてしまい、
「っ!?」
当然というべきか、現実の方が
──あぶなっ!?
油断したところにボールが飛んできた颯希は、反射的にそれを避け、
「うおっ!?」
「え」
直後、すぐ後ろから驚く声が聞こえてくる。咄嗟に振り向いた颯希は、そこに映った光景に戦慄した。
なんと、後ろにいたのは、我らがチームの主力その人だったのだ。しかも、彼にぶつかったのだろうボールが、放物線を描いて今にも床へと落ちようとしている始末。
──ま、まずい!!
このままいけば、責任を問われるのは誰か。目の前の光景がスローモーションのように流れる中、思考を保身に走らせた颯希は、反射的に身体を動かしていた。
幸い、ボールは高めに打ち上がっている。間に合わないことも無いはず、と颯希は両腕を伸ばし、
──あっつぅッ……!?
足りなかった身体能力の代償を、しっかり払わされるはめになった。
前のめりになった身体を支えるため、膝を着いてしまった結果、強く擦りむいてしまったのである。反射的に身体を倒して膝を浮かすも、すでに走った痛みが消えることは無い。
「おい、大丈夫か!?」
「だ、大丈夫っ……!」
よほど無茶な動きに見えたのだろう。心配そうに駆け寄ってくるクラスメイトに、颯希は精一杯の強がりを見せる。
「大丈夫ってお前、膝凄いことになってるぞ」
「え……うわぁ……」
が、遅れてやってきた教師に指摘された颯希は、自身の膝を見て血の気が引いた。ジャージが派手に破れ、予想以上に流血していたのである。
「おーい、保健委員いるかー?」
「あ、俺です……」
マニュアル通りに声をかける教師に、しかし名乗り出たのは当の怪我人。
「あー、そうか。じゃあ、ちょっと待っててくれ──」
すると彼は視線を横へと動かし、女子たちの方へと駆けていった。
──ま、まさか……。
ここでその意図を察した颯希は、己の犯した失態の大きさにようやく気がつく。
なぜ試合中にぼうっとしてしまったのか。激しい後悔に苛まれるも、時すでに遅し。
「──よし、じゃあ保健室まで頼むな」
「はい」
かくして、何の躊躇いもなく一人の女子を連れてきた教師は満足げに頷くと、試合を仕切り直すために男子たちに声をかけ始める。
残された颯希に、呼ばれてきた女子──すなわち、もう一人の保健委員は目を合わせると、ほんのりと優しげな表情で口を開き、
「……じゃ、行こっか?」
その、揺れる銀髪を前にした颯希は、ただ静かに頷きを返すことしかできないのだった。
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