4.強く握って、どうか離さないで

結局、私と祐希は気まずい状態のまま

季節はどんどん過ぎて行って、卒業の季節を迎えた。

進学先の高校は別々だ。

学校を卒業すればもう本当に顔を合わせることも殆どなくなるんだろう。


式を終え、皆が校庭で泣いたり抱き合ったり写真を撮ったり…

別れを惜しんだり、卒業を喜んだりと友達同士や先輩後輩で盛り上がっている中、

私は一人、誰も居ない教室に戻り、窓から祐希を見ていた。


ストーカー?と思われそうだし、実際それに近いのは否定出来ないが、

もう私にできるのはこれくらいしかないんだから多めに見て欲しい…なんて、

誰に言うでもない言い訳を、自分の中にぶら下げて。


「………」


祐希は自分と一緒に居た頃より少し背が伸びて、何処か大人っぽくなった。

いつも後ろ頭に寝癖が残っていて、私が笑いながら直してあげていたのに、

今の祐希はしっかりと整えた髪形が良く似合っている。


祐希は、暫くは校庭で友達とじゃれあっているような様子だったが、

そこに何処か恥ずかしそうに近づいてきた沢原に声をかけられているのが見えた。

その光景に、胸に刺さったままの棘みたいな後悔が、再び私の心をチクチクと突き刺しだす。


伝えなかった

伝えられなかった

けど、それを選んだのは自分

何度だって、それを伝えられる機会はあったはずなのに

ちっぽけな意地とプライドに縛られて

自分をさらけ出す勇気を持てなかった自分が悪いのだ


気がついたら零れ落ちていた涙を手で拭って

自分の情けなさに声を上げて泣きたいと思った


その瞬間。

窓ガラスの向こう。

遠く、小さく見えたはずの祐希の後姿が、不意にこちらを振り返って

目が合った気がした


「!」


祐希は目を見開いて

その唇が「茜」と自分の名前を紡いだ気がした。


私はその瞬間、自分の足が勝手に動くのを止められずに

気がつけば走り出していた。



これが、最後になるなら

せめて 伝えたい


自分の身勝手で突き放して

自分の意地の為に仲直りすらしないで

今さらこんなことを言い出したら、きっとあの子を困らせる

今度こそ、優しいあの子に嫌われてしまうかも知れない


それでも

これ以上後悔だけはしたくなかった



廊下で足がもつれて躓いて、顔を打ち付けた。

階段で落ちそうになるのを慌てて堪えて、手すりにしがみ付いた。

ガラスに映る顔は必死過ぎて、髪だってボサボサになってしまっていて

本当に情けなくて、カッコ悪くて、笑えてしまう。


それでも走った。

祐希が例え、待ってくれていなくても

走らずにはいられなかった。




「茜…顔…どうしたの?…怪我してる…!」


祐希は昇降口まで来てくれていて、

私の顔を見るなり、驚きの声を上げた。

慌てて私に駆け寄ってハンカチで私の額を拭く。

そのハンカチに赤い染みが出来たのを見て、

私は始めて、額から血が出ていることに気がついた。


「い、いや、急いでたから…」

「急いでたって…」

「祐希が行っちゃう前に、どうしても話しておきたくて…」


私の言葉に、祐希の表情は強張った。


「……まずは… ごめん。ずっと祐希のこと、避けてた。

 祐希が沢原に告白された時から、ずっと悪い態度を取ってた。本当にごめん」

「…………」


祐希の顔を見られなくて、私は足元のすのこを見つめたまま言葉を続けた。

この沈黙が、気まずいものなのかそうでないものなのかも、私にはわからない。


「私、やきもち焼いてた。あいつと祐希が仲良くするのが、凄く凄く 嫌だった」

「だから、祐希が自分でちゃんと告白を断ってくれなかったのが嫌だった。

 …こんなの、自分勝手だって、わかってるのにね。」

「…それって」

「……」

「……」

「……」


暫くの沈黙の後、祐希は私の手首をぎゅっと掴んだ。


「…わ!?」


今度は私が驚きの声を上げてしまう。

まるで祐希は私が逃げられないようにするかのように

強く強く手に力を込めている。


「…私、あの時…、本当は茜に止めて欲しかったの」

「誰とも付き合わないでって茜に言って欲しかった」

「…けど、茜に、自分が付き合えって言えば付き合うのか?みたいに言われた時、

 自分が情けなくて、恥ずかしくなっちゃった…」

「自分が言って欲しい言葉を茜に言わせようとしてた」

「だから、私も気まずくなっちゃって…」

「嫌われちゃったかもしれない。呆れられちゃったかもしないって、怖くて…」

「私こそ、ごめんね…。ずっと茜のこと、一人ぼっちにしちゃった…」


祐希は、きれいな顔をぼろぼろと涙でぐちゃぐちゃにしながら、

そんな風に泣きじゃくっていた。

私は予想もしなかった祐希の言葉に暫く言葉を失っていたけれど、

祐希の言葉とその泣き顔に、

今まで凍り付いていた心が全部溶けていくような感覚を覚えた。


「祐希…」


私の手首を掴んで、縋るように握り締めながら泣きじゃくる祐希を、

私はもう反対の手で抱き寄せ、一緒にわんわんと泣いてしまった。


幸い今日は卒業式。

昇降口で卒業生が二人、抱き合って泣いていたって誰も気にしないだろう。

私の中の冷静な部分がそんな風にまた、言い訳をぶらぶらぶら下げていたけれど、

例え今日が卒業式でなかったとしても、

私は祐希を抱きしめずには居られなかったと思う。

だって私は今だって変わらず祐希が大好きなんだから。


校門前で心配そうに立っていた"沢原くん"は

私たち二人が並んで歩いてくる様子に「良かった」と安心したように笑った。

それに続けて悪びれず「お幸せに」なんて言うものだから、

私が思わず?マークを浮かべて二人を交互に見比べてしまうと、

苦笑いをした祐希が「相談に乗って貰っていた」と決まり悪そうに言った。



二人並んでゆっくりと家路を歩く。

子供の頃みたいに手を繋いで。

あの頃と違うのは、その指をしっかりと絡め、ぎゅっと強く握っていること。


「大好きだよ」

「ずっと一緒にいようね」


ずっと言えずにいた気持ちを、今度こそ伝え合って

少しだけ恥ずかしそうに二人、微笑んだ。










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強く握って、どうか離さないで 夜摘 @kokiti-desuyo

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