2.魔法の声で、魔法の指先で

始業15分前。

教室に入った私の耳に飛び込んできたのは、

賑やかな女子グループ達の楽しそうなひそひそ話だ。

どうせ誰かの悪口か、誰と誰が付き合ったとか別れたとかそんな話だろう

…なんて、微妙に冷めたような感情を抱きつつ、私はその隣を通り過ぎる。


「だけど、それが本当なら佐伯さんも可哀想だよね」

「でも原田も、佐伯さんと3組の沢原だったら沢原選んで当然でしょ」

「確かに~」


自分の席に座った途端、背中に刺さった彼女達の口から飛び出した名前とその内容に、私はすぐさまそちらに走って行って、両肩を掴んで揺さぶってでも詳しい話を聞きたいと思った。――――けど、そんなことが出来るわけない。

それは私の中のほんの少しの意地と理性だ。

動揺したのは確かだけど、動揺したことを周りの誰にも悟られたくなんてないのだ。


佐伯は私。

原田祐希が私の幼馴染。

"3組の沢原"のことは知らないが…。


彼女達の話が完全なデマでないのなら、

祐希と隣のクラスの"3組の沢原"の間で何かがあって、

その為にいつもつるんでいた私がハブられて可哀想ってことになる。


(…どういうこと?祐希と沢原って子が何?)

(私よりその子を選ぶってのは?)


別に私と祐希は付き合っているわけではないし、

周りから付き合っていると思われているわけでもないと思う。

けれど、付き合っている訳ではないのだから

誰か付き合う相手が出来たら、一緒に居ることはなくなるだろう。


「……」


当たり前のことだってわかっているのに、私の胸はざわついてしまう。

モヤモヤして、ちくちくする。

祐希が誰と付き合おうが私は、文句を言える立場でもない。

今までつるんでたのだって、他に特別親しい相手が特に居なかっただけだし、

祐希だってきっとそう。

…けど、もしかしたら、祐希はそうじゃなかったのかも知れない。

本当は私よりもずっと仲良しの相手が居て、

でも、放っておいたらボッチになってしまう私に同情して

傍に居てくれただけなのかもしれない。


死にたい気持ちになりながらも、

続く噂話を聞こえないふりで、机に突っ伏し寝たふりをしていると、

数分の後、ドアの開く音と共に女子たちが小さく好奇の声を上げた。

恐らく"噂の人"である祐希が教室に入ってきたのだろう。

寝たふりを続ける私の隣を、誰かが通る気配があって。


「おはよ。もうチャイム鳴るよ?」


そんな風にいつも通りの優しい声で声をかけながら、

私の背中をぽんと叩いて通り過ぎた。


「…………」


私は、数秒だけ待ってから頭を上げると、

私を通り越して一番前の席につく祐希の背中を見る。

背中の感触なんて、制服越しでわかるわけないのに、

あいつに触れられた場所が熱いような気がして、

無意識に赤くなっていく顔を両手で押さえた。


馬鹿みたい。


声を聞いただけで

背中を軽く触れられただけで

こんなに嬉しくなってしまうなんて


あの子たちが話していた噂話もきっと嘘だ

昼休みにでも聞いてみよう

トイレにでも行くついでって顔で話しかけてみよう


きっと、きっと大丈夫だから



そんな風に、思わされてしまった






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