第9話 賀茂川で自分語り
それから私は、どうしてだかわからないけれど、このリアクションの薄い後輩相手に、自分にとっての宮藤先輩がどういう存在か、話した。
一昨年の京都府中央ブロック大会でのあの作品との出会い。それが洛和高校に入って、演劇部に入るきっかけになったってこと。
高校に入ったばかりでまだ初々しかった私は、間近に宮藤先輩を見ることが出来て、それだけで興奮してしまった。私にとって、もう宮藤先輩は、将来、劇作家なり映画監督なりとして大成することが約束された芸能人みたいな存在だったから。もちろん、この業界、そんな簡単には行かないって知ってはいるのだけれど。
でも、入学目前から始まったコロナ禍が、私の高校生活を狂わせた。
緊急事態宣言に時差登校。部活動の禁止。
緊張感に満ちた世の中で、私の演劇部生活のドラマみたいな計画は狂っていった。
部活動は禁止されていたけれど、あらゆる打ち合わせまで禁止されたわけではない。
最低限の集まりは、マスクを着用して、三密を回避する限りにおいて許されたし、私たちは柔軟体操をしたり、こっそり読み合わせをしたりした。
一時期、それぞれの家からZOOMで繋げて、WEBでの読み合わせなんかに挑戦してみたりもした。
みんなの家で、パソコンが同時に使える時間というのもなかなか無くて、何度かやってやめちゃったけど。
そんな中でも三年生を中心とした全国大会チームは、一縷の望みを繋ぎながら高知で開催される「こうち総文」に向けて準備を続けていた。
そんな中、様々な行事が中止になっていった。
世の中のイベント開催に対する圧力は日に日に高まっていった。
そして極め付け。ついには高校甲子園が中止になった。
そして「こうち総文」の中止と、代替イベントのWEB開催が決まった。
完全な中止に比べれば、ずっとまし。先輩たちは、そう言って、飲み込んだ。
でも演劇は、目の前で一回きりのお芝居をしてこその、演劇だ。
一回限りのお芝居。一回限りの青春。一回限りの人生。
コロナ禍が私たちから奪った、最大のものを上げろと言われたら、私は遠慮することなく、きっとこのことをあげるだろう。
多くの人命が世界中で失われているのは知っているけれど。
たった一つのものは、どんなものだって、変わらずにたった一つなんだ。
令和二年度の夏。私たちを襲った喪失感。
その中心にいたのが宮藤先輩だった。
みんな知っていた。しばらく低迷していた洛和高校演劇部がここまで来られたのは宮藤先輩の力によるものが大きいって。宮藤先輩の脚本と演出。宮藤先輩の想像力が、私たちに夢を見せてくれた。
海外からやってきたよくわからないウィルスは、それを全部、吹き飛ばしていったのだ。
だから私たちは二年生の先輩たちとリベンジを誓いながら令和二年度の予選を戦った。
高校演劇では予選と全国大会が年度を跨いで行われる。
令和三年度の全国大会に出場する学校は、令和二年度の予選で選ばれるのだ。
だけど私たちは届かなかった。秋の府大会での敗退。
先輩たちと一緒に作った舞台は、近畿大会へ進めなかったのだ
受験勉強追い込みの合間に、府大会を見に来てくれた宮藤先輩は、結果が出た後、私たちのところにやってきて「お疲れ様。良かったよ。ありがとう」と言ってくれた。
そして言ってくれたんだ。
「次は、村越の番だな。頑張れよ。観に来るからさ」
私は先輩たちからバトンを受け取ったのだ。「演出」として。
*
「――めっちゃ語りますね」
「あ、ごめん。ちょっと話しすぎちゃったかな」
気づけば本当に長い時間、話し続けてしまった。
隣の横顔を覗き込むと、楡井くんは変わらず薄い表情で、賀茂川を眺めていた。
思わず熱を込めて話しちゃったけれど、楡井くんは、それを一言もそれを遮らずに聞いていてくれていた。――意外と聞き上手な一面もあるのかもしれない。
「ごめんね。なんかマジになっちゃったかも。引いた? 引いちゃったよね」
「え? 話した本人が何引いてんですか。いいですよ。全然。俺は嫌いじゃないですよ。そういう話」
「そう? ……そうなの?」
なんだか、意外だ。
楡井くんって、冷めたところのある現代っ子だと思っていた。
こういう話は暑苦しく感じるのかな、って思っていたけれど。
「川添先輩が『宮藤先輩は絵里にとって大切な存在なの。わかる? 一年坊主?』って言っていた意味がよくわかりました」
楡井くんは、眞姫那の発言のところで突然彼女の喋り方を真似て見せた。
結構似ていて、思わず笑ってしまった。
「あ、うん。わかってくれたら、嬉しいかな」
あらためてそう言われると、なんだかとんでもない告白をしてしまったみたいで恥ずかしいけれど。
でも、お互いを理解しあうことが、今日集まった理由な気もするから、いいのかな。
「でも、まぁ、思っていた以上に、重症ですね」
「――重症?」
「あ、いや、それはこっちの話です」
口笛を吹く唇を作って、楡井くんは、あからさまにすっとぼけた。
「それで脚本は?」
「脚本?」
「今年、使っている脚本ですよ。あれ、その宮藤先輩の作品なんでしょ? その全国大会の作品とは別作品なんだろうから、どういう経緯なのかなって」
「ああ、それね。あれは宮藤先輩が三年生の時に書いていたんだ。コロナ期間中に演劇部の活動が全部止まっていた時期に、創作意欲が行き場を失って、受験勉強の合間に、書いていたんだって。――それで『もしよかったら』って、手渡されたの」
「なるほど」
それがもう一つのバトン。
私が宮藤先輩から個人的に受け取ったバトン。
「――だから村越先輩は、そうやってあの脚本と演出って役割にこだわっているんですね?」
「そうなるかな?」
急に真面目な声色で音程を低くすると、楡井くんは上体を起こして、空を仰いだ。
彼の姿の向こう側。北大路橋の下から、数羽のカルガモが、水面に降り立った。
「じゃあ、僕から、物申していいですか? 村越絵里――先輩?」
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