第46話「伊東屋で稼ぎまくる」
吸血鬼王ドラキアの演説から数日。
亡鋳半島は大きくは変わらぬ日々を送っていた。
ダンジョンのモンスターが外に出てこようとするのは今までと変わらず自衛隊が抑えていた。
ただ、モンスター側も明らかに知能がついており、さらに頻度も多くなり困難をきわめていた。
いつかはまたスタンピードが起きるかもしれないが、現状は自衛隊の優秀さがそれを許さなかった。
国からは吸血鬼王の出現。そして再度の吸血鬼の世界流出を恐れ、さらに厳しく出入りの制限が行われるようになったが、それ以外は特に変わりない日常であった。
ただひとつ嬉しい変化があったのは、吸血鬼討伐に各国が躍起になり出し、10Fへのショートカットの価値が爆発的にあがったことだった。
※
そして、ここも変わらず、いつもの日常がやってくるはずだったのだが――。
「はい。お待たせしました。伊東屋再開だよっ!! ポーションもあるし、弁当も!! 今日は再開記念に全品10%引きだよっ!! 今日だけのサービス! 逃す手はないよぉ!!」
伊東屋の声が元気に街の中響く。
そして、なぜか今は、伊東エリックの隣にホリィの姿もあった。
「聖女もオススメの伊東屋のお弁当。皆さん、是非買っていってね!!」
しかも、売り子として。
時は遡り、決戦後。
「あ、あの~」
エリックはおずおずとフランに尋ねた。
「手伝うのはいいんですけど、もし。もし。可能だったら、今日掛かった費用とかどうにかなったりしません?」
装備は全てボロボロ。拳銃にスタンガン、ナイフにフォークなど。それらだけでも結構な損失であり、さらに街頭スピーカーのジャック代にアプリ開発費。他にも元々壊すつもりだったマンホール代は先払いしていたし、今回は使わなかったがホリィとの戦いを見越して用意していた数々の策にかかった費用。それらまるっと大きな負債としてエリックに圧し掛かっていた。
勝てば安全な商人ライフ。負けたら返済義務消失だった為、このような結果は全く想定しておらず、得もなく損失だけの結果となっていた。
それを少し、ほんの少しでも解消しようと無茶を承知で掛け合ってみる。
「さすがに、それは無理ですね~。教会のお金は信者の方々からのお布施でもって賄っていますので、吸血鬼の為に使ったというのは。でも確かに協力してもらうのに、何もなしは申し訳ないわねぇ。そうだっ! こういうのはどうかしら?」
フランの提案の結果、ホリィを伊東屋の看板娘として使っても良いという事になったのだった。
当初は客寄せパンダとしては絶大な効果を発揮するから、居るだけでいいなと思っていたエリックだったが、人間に出来ることは全て難なくこなすホリィは接客、呼び込み、はては調理までこなす完璧超人だったこともあり、大変重宝することとなる。
もちろん、聖女が売るお弁当とポーションとなれば買い手は多く訪れ、むしろ暴動一歩手前くらいの大騒ぎであり、エリックから嬉しい悲鳴が漏れ出したのは言うまでもなかった。
「ホリィ、ほんと、こっちの方が聖女より天職じゃない? その実力なら、この店の後継者として充分。稼いだ後も憂いなく任せられるよ」
「何言ってるの!? 師匠の命令だから大人しく従っているけど、こんな怪しいポーションとか売っている店を継いだりしないわよ! それにアタシの使命はモンスターを殺して平和を取り戻すこと! アタシに一回勝ったからって、アタシがそれを成し遂げられないと思わないでよね!」
「いや、あれはお前の勝ちだっただろう?」
「モンスターごときを一対一で倒せなかったのよ。完全に負けじゃない! 次はちゃんと剣技も習得しておくわ。最後もスピード勝負なら抜刀術とか使えていたら勝てていたかもしれないし」
決意の表れの様にホリィ専用に作った白いエプロンが風に揺れる。
「いや、すでにめちゃくちゃ強いんで、それ以上は勘弁してください。それより、ダンジョンに現れた吸血鬼王のことを考えていった方が建設的だと思うけど」
「それこそどうでもいい事じゃないかしら?
ホリィからの思わぬ評価に目をぱちくりとさせてから、エリックは腹の底から笑った。
「ははっ。それもそうだ」
「ほら、店長。さっさとお弁当完売させて、ダンジョンを攻略するわよ。そして街に潜むモンスターも駆逐する。やることは山ほどあるんだからっ!」
「オーケー、オーケー。目指すは平和とタワマン!! 今日も張り切って損して得取るよっ!!」
エリックとホリィの凸凹コンビはお互いの夢に向かってこれからも戦い続けるのだった。
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