第45話「最終決着で稼ぎまくる」

 エリックの急激な強化には理由があった。

 それは、先ほどから流れる、「ぶぅーー」という異音。

 これは俗にモスキート音と言われるもので、若者にしか聞こえない音とも言われている。

 なお、これが聞こえる若者には不快な音で、あまり長い時間は聞いていたくないものであった。

 そんな音の中、ずっとさらされ続けたホリィは無意識化で本当に微細ながら弱体化していた。

 そして、このモスキート音は曲を奏でており、それは悪魔の城で流れるようなメロディであった。


 エリックはそのモスキート音により奏でられる曲を聞くことにより自身に洗脳を施し、普段は無意識にブレーキをかけているリミッターを外し120%の力を発揮できるようになっていた。

 これがエリート家の奥の手であり、かつ、誰にも気づかれずに自身に洗脳を施す為にモスキート音を取り入れたエリック、オリジナルの必殺技であった。


 エリック自身は、蝙蝠ならまだしもモスキートというところや若者には不快な音を平然と使うことで年寄り扱いされないか等、不満な所はあったが、それでもこの必殺技の確実性と強さは実用するに充分な値だった。


 エリックはナイフを、ホリィはハンマーを構える。


 夜の闇の中、二人の呼吸の音だけが静かにに溶けていく。


 マンションから落ちた瓦礫がコロンっと音を立てると同時に二人は動いた。


 スピードはホリィの方が獲物が大きい分、遅れているが、エリックのナイフを防ぐのには仔細ないスピードであった。


 ナイフとハンマーがぶつかり、火花が飛ぶ。


「おおおおおおおおおおおっ!!」

「あああああああああああっ!!」


 二人の叫びと共に、エリックのナイフが砕けた。


 だが、ホリィの顔には苦々しい表情が浮かぶ。

 振り切ったハンマーの尖端には鎚の部分無くなっており、ボトリと地面へと落ちる。

 圧倒的にナイフより強いハンマーで、両者ともに破壊される相打ちは実質敗北を意味した。


「ナイフが。また負債が……、でも得たものも大きいっ!」


 振り返るエリックの眼前にはホリィの拳が迫るが、それを容易く避け、反対にエリックの拳がホリィの胴体を捉える。

 ホリィは殴られた衝撃で、二、三歩後ろによろめくがすぐに態勢を取り戻す。


「これで分かっただろ。今の俺には勝てないよ。ここで降参してくれると殴らなくて済むから助かるんだけど?」


「降参? モンスターを前に聖女のアタシが? それは、モンスターに殺されるよりありえないことね。伊東エリック。あんたもアタシを安く見積もり過ぎよ。聖女とは皆の希望だから聖女なのよ。死んで負けるのはいいけれど。折れて負けるのはダメなのよ。それじゃあ、希望がなくなってしまうわ。神は死んだなんて言わせないっ! アタシが神よっ! 絶世の女神なんだからっ!!」


「自分で、絶世の女神とか言うなよ。まぁ、あながち間違いじゃないんだが……」


 ホリィは柄だけになったハンマーを剣のように上段に構える。

 その姿は後光が差してもおかしくない程に神々しく、先のダンジョン吸血鬼との戦いで見せた神業を行う姿をイヤでも思い出させる。


 ホリィもまた負けられない戦い。追い詰められた極限状況で、自身を鼓舞し100%の力を出せる領域へと達する。


 互いに次の一撃で雌雄が決すると直感していた。


 何の合図もなく、お互いが同時に動き出す。

 

 エリックは蹴りを。ホリィは柄での振り下ろし。


 ドガッ!!


 先に相手に届いたのはエリックの方だった。


「うおおおおおっ!!!!」


 確かな手ごたえと共にホリィを蹴り飛ばす。

 ホリィはゴロゴロと転がり、遥か遠方に消えていく。 


「ふぅ、ふぅ、ふぅ。決着っ!!」


 ホリィの体力を削れていなかったら、また、自己暗示が成功する前に殺されていたら。脳へのダメージがそのままだったら。

 何かひとつ変わるだけで勝利はありえなかっただろうという思いから、エリックは拳を振り上げ勝ち鬨をあげた。


 ドスッ!!


 その油断した瞬間、エリックの心臓に長い金属が突き刺さる。


「あれ? くそ。そう言えば、蹴ったあと、ハンマー持って無かった、な」


 ホリィは先にエリックの攻撃が届いた瞬間、ハンマーをエリックの位置に落下するように計算し上空に投げ放っていた。

 そして、その計算通りにエリックに突き刺さる。

 そんな神業を見せつけさせられた。


「心臓に杭は吸血鬼の弱点とされているけど……」


 本来は心臓に杭を打つ行為は吸血鬼を棺から動けなくするために用いられるものであり殺す為のものではない。だが、その伝承通りなら、エリックも動けなくなるはずだった。


「初めてやられたけど、確かに、これは動けないな」


 ハンマーの柄はエリックを貫き、地面へと深々と突き刺さっていた。


「ホリィはすぐに戻ってこないところを見ると確実に気絶しているけれど、これ、抜けないと意識を取り戻した聖女に殺されるぞ!」


 なんとか抜こうと柄に手をかけ、力を入れる。

 

「早く。早く抜かねばっ!」


「あらあら。そんなに慌てなくてもいいんですよ~」


 その声に、ゾクリと背中に悪寒が走る。


「フランさん……」


 シスター姿のフランはニコニコと柔和な笑みを浮かべているが、その手には禍々しいサイズの鋏が握られている。


「約束では私と聖子ちゃん二人が相手ですからねぇ。卑怯だなんて言わないですよね? でも、よくその状況で動けますね」


「ははっ。懐には何か入れておくもんだからね。捨てずにしまった拳銃が心臓から少しずらしてくれたんでね」


「あ~。貫かれた状況で、これがあって助かったっていうので初めて説得力がありますね~。ま、助かってないんですけどね」


 開いた鋏がエリックの首筋に触れる。


「俺が死んだら墓標をタワマン型にしてくれると嬉しいんだが。もしくは万札で。それと、伊東屋の従業員はグレイ以外は普通の人間だ。間違って襲わないようにしてほしい」


 鋏がさっさと閉じられる前に一息に遺言を述べる。


「善処します。ふっ、ふふっ。うふふ」


 フランはこの状況に笑いが止まらないようで、何度も顔が笑顔で歪む。


「ええ、ええ、それにしても、私は本当に良い弟子を持ちました。素晴らしい才覚に溢れ、さらに一番美味しいところを師匠に譲ってくれるんですからねぇ。それでは伊東屋さん、さようなら」


 時刻は丑三つ時。約2時間に及ぶ死闘はエリックの敗北で幕を閉じた。


 エリックは死を受け入れ、目を閉じると。


「フハハハハッ!! 愚かな人民共。我輩に平伏すがよいっ!!」


 というバカデカイ声に再び目を見開いた。

 闇夜の中、煌々と輝く月に蝙蝠の影が落ちている。


「我が名は吸血鬼ドラキラ。このダンジョンの主にして、ヴァンパイアのロードなり!! 10階を攻略するとは、我がエサにしては見事な足掻きっぷりよ。その健闘を称え、食糧として絶滅させるところ、今なら家畜として飼ってやろうと思う。つまり、これからは貴様らは捕獲対象だ。エサとしてダンジョンに訪れるのを待つのではない。こちらから出迎えに行ってやる。光栄に思うがいいっ!! ハハハハハッ!」


 どういう原理で街中に声が届いているのか謎だったが、テレパシーとか魔法とかそういうものだろうとダンジョン吸血鬼相手だからと納得する。

 さらに、不思議なことに、それを喋るダンジョン吸血鬼の姿も頭の中で鮮明にその姿が映し出される。

 中世時代の貴族風の礼服に漆黒のマント。

 吸血鬼ドラキュラをイメージさせるその意匠は一応吸血鬼という括りでは同じ種族のエリックの頭を悩ませた。


「なぜ、なぜ、異世界のモンスターはもう少し主張を抑えた格好をしてくれないのか!! ザ・テンプレな格好って……。終わった。吸血鬼のイメージは地に落ちた。演説の内容もヤバいし」


 死を覚悟したエリックだったが、吸血鬼イメージ悪化に思わず、ぶつぶつと文句を言ってしまう。フランもその、とち狂った内容の演説に、明らかに不機嫌になり、エリックから鋏が離れる。


「さて~、提案があるんですよけどぉ――」


 フランが何を言おうとしたのか、即座に理解したエリックは間髪入れずに答えた。


「あのダンジョン吸血鬼王を殺すまで手伝いますっ!!」

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