第41話「逃げながら稼ぎまくる」

 フランが人払いをしたのか、エリックの向かった公園は人っ子一人居なかった。


「伊東エリック、逃げずに良く来たわね!」


 仁王立ちで佇むホリィの圧は今までよりも遥かに強い。


「逃げて良ければ逃げたんだけど……。今から逃げても?」


 本当に逃げたい気持ち半分、どうせ逃げても追い詰められるだろうし、逃げる気力もないのが半分という複雑な面持ちで軽口を叩く。


「ダメですよ~。ちゃんと約束は守ってもらわないと」


 まるで逃げ道を塞ぐように背後からシスター服のフランが現れる。


「はいはい。逃げないですよ。それで、条件の確認ですけど、俺が勝ったら、俺とその仲間のモンスターは今後見逃してくれる、でいいんですよね?」


「ええ、人間に明確に危害を加えない限りは、ですね」


「オーケーもとよりそんなつもりないし。俺はタワマンで稼いで優雅な暮らしをしたいだけなんだ」


「それでは、あの時計が12時を知らせたら勝負の開始です」


 フランは公園にある時計を指差す。

 鉄柱の上に鎮座する時計は秒針が無く、分針が最後の一刻を今か今かと震えて待つ。


 ぽーんっ! ぽーんっ!


 騒音にならない程度の控え目な音を立てて12時を告げる。

 その瞬間は流石のホリィとフランも時計を見上げていた。

 

「さて、吸血鬼退治と行きますか!」


 ホリィが準備運動と言うように肩を回しながらエリックが居た場所を見据えると、そこには誰もおらず、かなり先に全速力で逃げる人影が見えた。


「……え? 逃げた?」


                ※


「はははっ! 誰が馬鹿正直に聖女なんかと戦うかっ!!」


 エリックの策はまずは下水に逃げ込み、姿をくらませ暗殺という持久戦に持ち込むというものであった。

 エリックがホリィに優っている一番のことは睡眠を必要としない吸血鬼の体力であった。

 いくら人間にしては体力お化けでも所詮人間の中での話。

 四六時中いつ攻撃が来るか分からない中ではすぐに体力も尽き、勝てるだろうという算段であった。


 場所を指定された際、公園周辺のマンホールの位置は全て頭に入れており、今、一番近くのマンホールに手を掛けた。

 本来、マンホールは転落防止の一環で、オープナーという専用の機器を使わないと開かないのだが、そこは吸血鬼の膂力でもって無理矢理こじ開ける。


 その瞬間、閃光と轟音が鳴り響く。


「いってぇ!!」


 マンホールが爆発し、エリックの腕は人間では曲がってはいけない方向へと折れていた。


「あ、追いつきましたね~」


 エリックが腕の痛みをこらえ、正しい位置に戻していると、背後からフランのほんわかとした声が聞こえてくる。


「マンホールに爆弾仕込むなよっ!!」


「え? なんのことですか? 無理矢理開けようとしたマンホールが爆発するのは常識ですよ。中国とかじゃあ」


「それ、衝撃映像だからっ! 滅多に撮れないから衝撃映像になってんのっ! 確かに中国が多いけどっ!!」


(くっ、このフランさんの余裕っぷり、たぶん、他のマンホールも同様だろう)


 下水に逃げ込むのを諦めたエリックだったが、そのことに思考時間を割いたのが災いした。


「あれ? そういえば、ホリィが居ない?」


 その事実に気づいた瞬間、悪寒が走ると同時に背中に衝撃が訪れた。

 ハンマーでの全力の一撃が背骨を砕く勢いで振られたのだった。


「がはっ!!」


 車に激突されたかのように、ぽんっと浮かび、そのまま地面を転がる。


(うおぉぉぉ! 痛い、痛い、痛いっ!!)


 声すら出せぬ痛みに七転八倒するが、すぐに追撃の可能性が頭をもたげ、痛みに耐えながら距離を取る。


 目には薄っすらと涙が浮かび、今すぐにでも背中を確認したい衝動に耐えながら、その場から全速力で逃げ出した。


「あらあら、逃げ足は速いですねぇ~。でも、あんまり逃げるようだと、あの文書が現実になっちゃいますよ」


 フランは普通の声量で告げるが、耳の良いエリックには確実に聞こえているという確信をもっての言葉だった。


(くそっ、好き勝手言いやがって。こっちだってただ逃げてるだけじゃないっ!)


「エリートとしては武骨だから嫌いだが、命の方が大事だっ!」


 一定の距離を取ると、そこで、エリックは向き直り、懐から消音装置サイレンサー付きの拳銃を取り出す。


「俺がなんの得もなしに今まで聖女と共にダンジョンに潜っていたと思うのか? 一見、最強に見える聖女だが、弱点がある。それは、人間より早いスピードで、人間の肉体を貫ける武器には手も足も出ないということだ」


 事実、クイーンワイバーンのときは、その尾でダメージを受けたし、初撃の超スピードでの噛みつきも初見は反応できていなかった。


(銃口を向けると、そこから弾道を読み取るとかっていう技術が存在する。当然ホリィも出来るだろう。なら、早撃ちと同じで直前まで銃口を見せなければ当たるはず)


 これがここ二日間で特訓した技術であり、もともとのエリックの技量から、なんとかものに出来ていた。


 真っ白な聖女服のホリィは闇夜でもよく目立ち、迫りくるあの白い悪魔に標準を合せるのは楽な作業だった。

 一瞬で銃口を合せ、引き金を引く。

 

 プシュ。


 消音装置のおかげでほとんど音もなく、銃弾が発射される。

 弾丸は確実にホリィに命中したはずだったのだが、白い影は進むのを止めない。


「へっ? なんで? 銃弾くらってピンピンしてるなんて人間じゃないだろっ!」


 さらにもう一発撃ちこもうとした瞬間、エリックの手元に分厚くい物がそれなりの速さで投擲され、拳銃を落とす。。


「くっ、これは、聖書?」


「いや~、なんやかんや、聖書って便利ね。弾丸も止まるし拳銃も落とせる。アメリカ社会で重宝される訳ね」


「絶対違うからっ!! そんな理由で流行っていたら日本では一家に一冊広辞苑があることになるだろっ!!」


「ん? だから、日本は代わりに100巻越えの漫画が流行ってるんじゃないの?」


 ハンマーを振りながら、純真無垢な様子で質問を返す。


「刀も止まるかもしれないけどっ!! 今の俺にはハンマーを止めるものが欲しいっ!!」


 なんとかホリィのハンマーを避けながら、エリックは今度は懐からスマホを取り出し、アプリを起動させた。

 すると次の瞬間、街頭スピーカーから賛美歌のメロディが流れ出す。


「さて、ホリィ、君はこの伊東エリック特性の洗脳メロディに耐えられるかな?」


 ニヤリととても主人公とは思えないあくどい笑みを浮かべた。

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