第39話「神で稼ぎまくる」

 ホリィはハンマーを携え、ブルートを真っすぐに見つめる。

 その目にはホリィには有り得ないことに慈愛が見て取れる。


「や、やめろ、なんだ、その目は、ま、まるで聖母のような目をやめろっ!!」


 恐怖のあまり、ダンジョン吸血鬼のブルートは無策にも拳を振りかざす。

 しかし、その拳がホリィに当たることはなく、容易にいなされると同時にハンマーで潰される。


「ぐあああっ!! バカな。くっ、誰か起きている奴はいないのか、ワタシを守れっ!!」


 ブルートが強く命令すると、エリックの洗脳の効きが悪かったのか、女性数人が起きてホリィに襲い掛かる。


「聖女の貴様には攻撃できまいっ!!」


 しかし、ホリィは彼女たちを優しく包み込むように抱きしめ行動を止める。

 次の瞬間には彼女たちは再びその場に倒れる。


「ワ、ワタシの洗脳が解かれただと? どうやって……」


 このとき、エリックは見逃さなかった。ホリィがキュと頸動脈を閉めていることに。

 その早業はエリックでなければ理解できない程で、神業と言っても過言ではなかった。


(神、業······)


 その瞬間、エリックは理解した。

 なぜホリィに神からの加護や奇跡がないのか。


(今のホリィは神業の連続。そして、それを過去やってのけた人物はキリストとかブッダだ。つまり人にしてそれこそ、神と同等の存在だ。人間の為の神。それがホリィなんだ。そりゃ素で同等な存在に力は貸さないわな)


 ふざけてホリィのことを現人神と評していたが、まさに的を得た評価であった。


 全員を無力化したホリィは、再びブルートへ矛先を向ける。


「先ほどまでの緩慢な動きではない! 貴様っ! 何をしたっ!!」


 ブルートはエリックを睨みつける。

 当のエリックは未だにハーモニカで曲を奏で、肩をすくめるだけで答える。


「その音を止めれば、洗脳も解けるなっ!!」


 答えないエリックを見て、そのように判断したブルートだったが、次の瞬間にはダルマ落としのように足が吹き飛ばされていた。


「つ、強すぎる。なんなのだ。この差は……」


「あ~、あまりにも可哀想だから、冥途の土産に教えてあげるけど、これが、たかがダンジョンの吸血鬼と高貴なエリート吸血鬼の差だ。相手を理解し、最適な洗脳を施す。欲望に付け込み、最大限に利用する。そのとき、人はそのリミットが外れ潜在能力も全て解き放つことができる。そのスマートさがエリートかどうか分かれるところだ」


「はっ! 曲を止めたな! それで洗脳は解かれ……」


 しかし、ホリィのハンマーは止まらずにブルートの胴体を叩き潰す。


「いや、そもそもお前敵だろ、洗脳解けてもホリィがお前を殺すのは変わらない」


「ぐ、ぐぞぉ、ワ、ワタシが、こんなところで――」


「あれ? まだ生きてるわね…………」


 ホリィが思案しているのを見て、エリックは何を悩んでいるのか察し、


「いや、ムカつきが収まらないからって回復させてまた倒すのはやめて差し上げて!」


「ダメ?」


 小動物のように可愛らしく尋ねるホリィだが、


「確かに気持ちは分かるけど、さすがにそんな無慈悲な事は――」


「じゃあ、伊東エリックで我慢するか」


「もう、どんどん、回復させてぶっ殺しちゃってくださいっ!! 同じ吸血鬼枠でこっち来んなっ!」


 その後、このダンジョン吸血鬼がどうなったのか知る者はいない。

 噂では「死よお救いください」と言ってようやく死ねたとか、どうとか。


「はぁ、とにかく、今回はお互い、疲労しているし、俺たちの決着は後日でいいよな」


「ええ、そうね。なんだか、すごい疲れたし、これの処遇もあるし」


 ホリィはボロ雑巾のようになったブルートを拾い上げながら、天使のような悪魔の笑みを浮かべる。


 ホテルから、日の光が燦々と照る街中に出ると、エリックはガッツポーズを浮かべた。


「よぉしっ!! あの吸血鬼がホリィを洗脳とかしてくれるから、こっちの洗脳が効いたっ! おかげで、体力もごっそり持って行って、消耗しているとこでの戦闘を回避できた~。いや~、ほんと、今日は良い日だな~♪」


 エリックは妖怪アニメのオープニング曲を口ずさみながら、街頭へと消えていった。

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