第38話「賛美歌で稼ぎまくる」

「何してんのよっ!! このクソ吸血鬼がぁっ!!」


 ホリィは何の躊躇もなく、女性を助ける為に自身も屋上から飛び降りた。

 飛び降り際、ホリィは睨みを効かせ、


「あんたは必ず地獄に落とす!」


 そのまま自由落下していく。

 空中で女性を掴むと、「カントリちゃんっ!!」とロック鳥の名を叫ぶ。

 カントリはすぐさまホリィの呼びかけに応え、地面数メートルと距離でなんとか抱えることに成功。

 そのまま、ゆっくりと地面へ降りる。


「カントリちゃん、ありが――」


 女性を助け油断していたホリィの首筋に痛みが走る。


「くくくっ。完全に油断したな。これで、貴方も我の手駒だ。ふふっ、聖女という最強の駒を手にいれた! これでもう、何も怖くない! 我は正真正銘最強となったのだっ!!」


 ダンジョン吸血鬼のブルートは日の光に焼かれることもいとわず、大きく手を広げ、勝ち誇る。

 すぐにそんなブルートの元に暗幕つきのドローンが追いかけてくる。

 太陽光からは逃れられたが、日中に外にいるものではないブルートは、すぐに室内に戻ろうとするのだが、


「ふぅ、流石に、このワタシでもこの日差しの中はキツイ。早く室内に戻らねば灰になってしまう」


「ピッーー!!」


 主人をやられたカントリは吸血鬼に反撃しようと襲い掛かる。しかし、その攻撃は他ならぬホリィの手によって防がれた。


「ピッ!?」


 そのまま地面へ押し付けるように叩かれる。


「ピ、ピィー」


 力なく鳴くカントリを無視し、ダンジョン吸血鬼のブルートとホリィはホテルへと入って行く。


「ふははっ! 素晴らしい、まだ子供とはいえロック鳥を一蹴とは」


 気分がハイだったブルートはホテルのロビーの惨状を目撃すると、一瞬だけ顔を曇らせた。


「なんだこれは? ワタシが洗脳した女共が皆倒れている。いや、寝ているのか? 侵入者はこの聖女だけではなかったということか。いいだろう。手始めに仲間を殺させるのも一興よ」


 そんなとき、奥から鼻歌を歌うスーツ姿の男性。伊東エリックが現れた。


                 ※


「いや~、今日は良い日ですね~♪」


 ホリィが吸血される様をホテルの中から見ていたエリックだったのだが、そこには焦りの色はひとつもなく、むしろ鼻歌まで歌って楽しそうな始末であり、普段の二人の関係性を知っていれば気が狂ったと思われても不思議ではなかった。


「貴様は、伊東屋のまだ生きていたのか? いったいどうやって? いや、その不死性は聖女の力を試すのには持ってこいだ。行けホリィよ。あの吸血鬼を殺すのです」


 ブルートに言われ、ホリィは命令のままにハンマーを振るう。


 それをエリックは鼻歌を歌いながら、軽々とかわす。

 次々と振るわれるハンマーだが、それら全てをかわす。かわす。かわす。


「くっ! おのれ、鼻歌なんぞ歌いおって!!」


 そのエリックの鼻歌は吸血鬼が歌うようなものではなく、賛美歌のような曲調であることも、ブルートをイラつかせた。


「ホリィのやっかいなところは二つある。一つはモンスター相手だとどこまでも冷静で冷酷になれるところだ。そして、もう一つは、人間が行えるありとあらゆる技術を行えるところだ。それが今や、ただ力が強いだけの人間がただハンマーを振り回すだけ。それなら、戦車で突っ込んでこられた方がまだ辛い」


 そして、とうとう、ホリィのハンマーをその手で受け止める。


「人間の最上級程度の力なら、高貴なエリート吸血鬼が負けるはずないだろ?」


 ニヤリと笑みを浮かべると、胴体に激しい衝撃が走る。


「ふんっ、確かに聖女一人では貴様を殺すのは無理そうだ。だが、ワタシもいるのを忘れて余裕をこきすぎじゃあないのかな」


 いつの間にか、エリックの懐に潜り込んでいたブルートは吸血鬼の膂力で殴り飛ばす。


「ごほっ! 確かに少しは効くね」


 まだまだ余裕を残し、未だに鼻歌を止めないエリックだったが、そこにホリィのハンマーが襲い掛かる。

 何度も、何度も、何度も。

 それこそ、ダンジョン吸血鬼なら原形が無くなってもおかしくないほどに。


「くそっ! やっぱ、めちゃくちゃ痛いっ!! 覚悟しとけよ。テメー。でも感謝もしているんだぜ。普通の状態なら確実に、俺の音は届かないだろうけど、今の状態なら」


 エリック腕で頭部を守りながら、受け続ける。次第に鼻歌を歌う余裕はなくなったのか、鼻歌は聞こえなくなる。


「ふんっ、強がってはいるみたいだが、そろそろ限界か? んん? いつまで持つかなぁ?」


「さぁね。そりゃ、ホリィに聞いてくれ」


 エリックの口からは鼻歌の代わりに口笛が聞こえ始める。

 その瞬間、曲調も先ほどまでの荘厳な賛美歌ではなく、どこかロック調のようなテンポの良い音楽へと変わる。


 その瞬間、ホリィの猛攻はピタリと止まる。


「な、なにが起こった!? まさかっ!?」


「吸血鬼にとって洗脳や催眠は必須能力だよな。俺の音じゃ普段は催眠できなかったけど、今なら容易なんだよ。ホリィの精神力を破るより、お前の術を跳ね除けるほうが、容易だったな」


 口笛から、ハーモニカに音源が替わる。

 それは、聖なる女王ホーリークイーンを称える賛美歌で、途中から極端に変調するアレンジが有名な曲であった。


 ホリィはくるりとダンジョン吸血鬼の方を向く。


「ホリィの為にあるような曲だ。まぁ、モンスターには待っているのは栄光じゃなくて絶望だけどね」


 エリックはダンジョン吸血鬼のブルートを憐れむように、「おお、マリア」と呟いた。

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