第17話「逃走で稼ぎまくる」

 翌朝、薄暗い路地の一角でエリックは目を覚ました。


「クソっ! やっぱり、人間って強いよな。貫き手で人体貫くってヤバイだろ。そもそもポーションを買うような女性が弱い訳ないよな。はぁ、首まで刺しやがって、普通の生物なら死んでるぞっ」


 ナイフを首から抜きながら、ぶつぶつと文句を垂れ流す。


「朝日で死ぬと思っていたから、首を切り離したり、火葬はしなかったみたいだけど。詰めが甘かったな。まぁおかげで助かったが。さて、どう説明したもんか。あ~、血が足りない~」


 血のめぐりの悪い中、必死に聖女とシスターへの言い訳を考えていると、不意に影が差す。


「あれ? 伊東エリック、なんで生きてるのよ?」


 頭にロック鳥の雛を乗せたホリィが、「?」マークを浮かべそうな勢いで顔をしかめている。


「え、えっと、ホリィさん。どうしてこちらに?」


「ああ、ここで伊東エリックが死んでいるって報告が来たから真偽を確かめに来たのよ。ま、残念ながら虚偽報告だったけど……。ただ、こっぴどくはやられたみたいね。あっ、ちょっと待ってて」


 聖女はタタタッと走りさってから、数分ですぐ戻ってくると、手にはサンドイッチと牛乳が握られている。


「はい。お腹空いてるから」


 顔を赤らめ、プルプルと全身が震えている。

 普通ならば急にデレたと思うかもしれない光景だが。


「お前、めっちゃ受けてるんじゃねぇよ!! 腹に穴が空いてる俺に対しての嫌がらせか!? 感性がぶっ壊れてるよ!! まぁ、血が足りないから遠慮なく貰うけどさ」


 聖女はとうとう抑えきれず、大爆笑する。


「お、お腹が空いてるを別の意味で言える機会なんてないから、面白すぎっ!!」


 ホリィはひとしきり笑ってから、急に真面目な様子を取り戻し、


「で、誰に何にやられたの?」


「えー、あー、そのー」


 ダンジョン吸血鬼を独断専行で見つけて、怒りのまま襲ったら返り討ちに合いましたということを説明し辛そうにしていると、


「まぁ、大方、吸血鬼を見つけて襲い掛かったら返り討ちに合ったってところかしら」


「うえっ!? な、なんで分かった?」


「聖女の勘よ。で、やられっぱなしでいい訳?」


「そんな訳ないだろっ!! あいつは俺の客を奪った。お弁当の質で負けて客を奪われるのは仕方ない。それは全然良いが、催眠だの洗脳だので奪うのは下種のすることだ。断じて俺の利益の為に許せんっ!!」


「へぇ~、伊東屋と何か関係があったんだ。なんで、それ、隠してたのかな? かな? アタシはまた偶然エンカウントしただけかと思っていたんだけど?」


「えっ? あっ? しまった! そういうことにしておけば、失態が少しは隠せたのにっ!!」


「ここで決着をつけたいようね」


 すっと、ハンマーが取り出され。エリックは再び死の危険を覚える。


「待て待て! 俺を殺すとダンジョン吸血鬼の居場所が分からなくなるぞ!」


 その言葉に、いつの間にか振り下ろされていたハンマーの位置が少しだけずれて、エリックの真横ギリギリのコンクリートを砕く。


「ぎ、ギリギリ話を聞いてくれるタイプで助かったよ」


 冷や汗が背中全体を支配する。

 

「で、どういうこと?」


「ただやられた訳じゃない。あの吸血鬼の去った方向と、足を止めた場所は聞こえたから、住処の位置はかなり絞れる。ただ、相手の根城に突撃する訳だから万全の準備をした方がいい。それには多少時間が掛かるし、ゴブリンの攻略も迫っているだろ。優先順位を決めないと」


 そのエリックの言葉に、聖女は心底バカにしたような表情を浮かべる。


「あんた、バカなの? なんで、たかが吸血鬼相手にビビッて準備をしなくちゃいけない訳? 同じ吸血鬼のよしみでラスボスくらいにしてやろうと思ってるんじゃないでしょうね? あんなのアタシのストーリーの中じゃ、良くて四天王最弱くらいよ! それくらいの相手なら、準備なしでも余裕でしょ!」


「ふはっ! 確かに。確かにそうだわ。これからワイバーン攻略も控えているし、そもそもラスボスは目の前にいるし、たかがダンジョンの吸血鬼ごとき、不意を突かれなければ余裕で勝てる存在だったわ」


「じゃあ、いつまでも地に這いつくばってないで行くわよ」


 聖女から差し出された手をエリックは掴まなかった。


「いや、絶対行かないよっ! なんで、四天王最弱からラスボス連戦が前提のところにこんな怪我してて行くんだよ!! 良い感じの雰囲気に丸め込まれないからなっ! 絶対ダンジョン吸血鬼倒した後、俺を殺すだろっ!!」


 エリックは目にも止まらぬ速さで、その場から逃げ出した。


 ぽつんと残されたホリィは連戦を考えていなかったことに自分でも驚きつつも、今度からちゃんとそうしようと反省するのだった。


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