第14話「休日で稼ぎまくる」

 聖女・シスターと別れた伊東エリックはそのまま卵を抱え家へと戻る。

 執事のグレイは忙しそうに動き回っていたが、それよりもエリックは疲れを取る為、自室のベッドへそのままダイブした。

 吸血鬼と言えば棺桶だが、棺桶は寝返りも打てないし、過去に棺桶に封印されたことのあるエリックにはトラウマでしかなかった。


「明日こそ、休もう……」


 意識はすぐに闇の中へ溶けていった。

 

 翌朝、たっぷりと寝たエリックは朝日を見ながら、気怠い声をあげた。


「あ~、やばっ、完全に昼夜逆転の生活だわ」


 普段なら夕方くらいから仕事を始め、朝方に寝るという吸血鬼としては健康的な生活を送っていたエリックだったが、ここ数日、日中も忙しく働いていた為、すっかり昼夜が逆転してしまっていた。


「弱点がない、エリートってのも考えものかもなぁ」


 しかし、起きてしまったものは仕方なしと、折角の休日を満喫する為に、街へと出てみることにする。


 ぶらついていれば、運が良ければダンジョンの吸血鬼を見つけられるかもしれないし、そうでなくても軽く運動して眠くなればお昼から夕方に掛けて寝られるだろうという考えもあった。


 伊東エリックの休日の過ごし方は、売上があるときはその計算をするという社畜的な趣味もあるが、その他には、不動産屋の外に張り出されている物件を眺めるウィンドウショッピングや、ライバルになりそうなお弁当や巡りがあり、今日も、不動産屋の前をぶらついた。


「この辺って一応田舎なのに、土地が高いんだよなぁ」


 坪単価を眺めながら思わず呟いていると、そんなエリックの背後に3つの影が立ちふさがる。


「おいおい。伊東屋さんよぉ。ずいぶんやんちゃしてくれてるみたいじゃねぇか?」


「オレらに黙って先に8Fを攻略しようとしたんだってなぁ?」


「痛い目みたくなければ、どうすればいいか分かるよなぁ?」


 それぞれが口々に脅すような口調で話しかけてくる。


 情報通の集まる街だけあって、8F攻略の情報はもう街中に出回っているようであった。

 実際、ウィンドウショッピングをしようとした際にも何人かに祝福の声を掛けられていた。

 しかし、こうして因縁をつけられるのは想定外であり、しかも、こんな縁も所縁もないどころか、


「いやいや、お前ら、別にダンジョンを攻略しようとかしていないだろ。まだ、俺の前に8Fに挑んでいた冒険者が因縁つけてくるなら多少は取り合うが、お前ら、ダンジョン探索で疲弊しているところを狙って金品を奪うようなせこい不良だろ?」


「はぁ!? てめ、粋がっていられんのは今のうちだぞ!! オレらの仲間が聖女の方にも行ってるんだよ。聖女さまがどうなるかはお前次第だと思うがなぁ! へっへへ!」


 下卑た笑いを浮かべる不良共とは対照的に、エリックは青ざめた。


「いやいや、やめろって、今すぐ引き返すんだ。俺ならいくらでも相手してやるから、聖女は本当にダメだ。やめろ!」


「ははっ、顔色が変わったなぁ! そんなに聖女様が大事か?」


「お前らの命の心配をしているんだよっ! 大丈夫か? 聖女一人か? 隣にシスターがいたら絶対やめとけ! 聖女だけなら、ワンチャン生き残れるけど、シスターも一緒だと、たぶん、死体すら見つからないぞ!」


「そんなつまんねぇ脅しに乗ると思うのか?」


「だよな。はぁ、仕方ない」


 くるりと背を向けると、エリックはそのまんま走り出した。


「てめ、逃げんじゃねぇ!」


「逃げてるんじゃない! 救助活動だっ!」


 エリックは吸血鬼の聴覚をフル活用し、聖女を探しながら、そのまま走り続けると、エリックの目の前で人が飛んでいるのが目に入った。

 いや、正確には打ち上げられた人なのだろうが。


「うえぇぇぇっ!! 死んじゃう。死んじゃうっ!!」


 地面へ激突する前に、エリックがその人物を受け止め、一命はとりとめる。


「ちょっと、待てっ! そこの聖女っ!! 殺すのは無しだ!」


 しかし、二人目も打ち上げられ、「うおぉい!!」と絶叫しながら、なんとかこちらもエリックが受け止める。


「待て待て。殺しはダメだって! そんなことしたら、ダンジョンに入れなくなるどころか、普通に牢屋生活だぞ!」


 三人目にハンマーが振られそうなところで、なんとか聖女は攻撃をやめると、


「あら? 伊東エリックがなぜここに?」


 不思議そうに小首を傾げる姿は年相応の少女なのだが、その手には血がついた大槌が握られており、人外だと説明してもまかり通る程の圧を放つ。


「お前が殺さないか心配だったんだよっ! 案の定だったけどねっ!!」


「大丈夫よ。これくらいじゃ死なないでしょ?」


「いや、ギリギリ死なないかもしれないけど。そのラインでの攻撃をそもそもするなよ。打ちどころが悪かったら死ぬんだぞ。普通は」


 聖女は不満そうな表情で、


「師匠は、バレなければいいって……」


「確かにあの人ならバレずにできそうだけど」


 エリックはチラリとフランを見ると、どこから出したのか、大きなスポーツバッグが3つ用意されていた。


「ぜったい、死体詰め込む用じゃん」


「そんなことないですよぉ。聖子ちゃんは神がかっているから。たぶん、誰も死なないのよぉ。だから、悪い虫をあとで、こっそり始末する用よ~」


「生きたまま入れる用なのっ! 何この人怖いっ」


 エリックは後ろから来ていた不良3人にこの惨状を見せつけ、「で、どうする?」と聞いたところ、顔を真っ青にして、


「か、帰ります……」


「あ、待て待て、ここで無事に帰れるのは誰のおかげだ?」


「い、伊東屋さんのおかげです」


「なら分かってるよな」


 男たちはおずおずと財布を置いて、「こ、これで、どうか……」とエリックと聖女たちの様子を伺う。


「いや、別にお金はいいんだよ。別に。まぁ、でも出してもらったのを引っ込めさせるのも悪いからね。これは、貰っておこう。で、もう俺らに手は出さないよね?」


 満面の笑みで尋ねるエリックに対し、男たちはブンブンと首を縦に振った。

 彼らは仲間を引きずりながら大人しく去って行き、今後彼らが聖女たちに関わることはなかった。


 

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