第11話「怪鳥討伐で稼ぎまくる」

 翌日。エリックはグレイの用意した、いつも着ている赤いストライプのシャツに、ブラウンのスーツと蝶ネクタイ。

 英国紳士のようなその姿はとてもこれから戦闘しようという姿には見えないが、まるでスマートさが最強スマートの象徴とでも言わんがごとくの立ち振る舞いに強者が醸し出す独特の凄みが見て取れた。


 防具は一切着けず、武器も自前のナイフだけであり、その他にはハーモニカを何故か懐に入れている。

 それから、装備と言っていいのか分からないが、エアクッション。いわゆるプチプチを大量に入れたスーツケースも用意されていた。


「それじゃあ、行ってくる」


 エリックは夢の為の一歩を踏み出した。


               ※


 ダンジョンの入り口にはすでに聖女が大きな棺と共に佇む。

 その様は、見る者によって天国へと導く担い手にも見えるし、エリックにとっては地獄へ引きずり込む死神に見えた。


「遅いわ。まぁ、集合時間前だから許してあげるけど、吸血鬼なんだから、寝なくても大丈夫なんでしょ?」


「いや、何だ、その偏見。吸血鬼も普通に寝るわ! 棺で寝てる吸血鬼とか定番だろっ!」


「えっ! あれって永眠してるんじゃないの? 棺で寝るとかちょっと神経疑うわよ。普通にベッドでいいと思うのだけど」


「フィクションだからな。それより、その棺は? まさか、俺をそこに閉じ込めようって魂胆か?」


 聖女の身長よりも大きな棺はイヤでも目につく。


「ああ、これは師匠が武器入れにちょうどいいからってくれたのよ。確かに色々入って便利ね。師匠は死体も入れられて便利よって言ってたわ。さすが師匠よね。仲間が死んでもちゃんと持って帰ってあげるってことよね!!」


「いや、死体って言ってる時点で絶対仲間じゃないぞ。敵将の首とかだろ。棺本来の使い方だけど、発想がいちいち怖いんだよ。あの人」


 なぜ、一番まともなのが、吸血鬼で人外である自分なのかエリックは軽く頭を悩ましながらも、純粋な戦力という意味では頼もしさも一応あるため、ぐっと堪える。


「それじゃあ、そろそろ、ダンジョンへ突入するか」


「そうね。とりあえず、8Fの攻略よね」


 二人はダンジョンへ入ると、エリックの案内で順調に階を上がって行く。


「で、ひとつ疑問なんだけど、こうやって階層をクリアするとモンスターが外に出て来なくなるのは、そういうシステムだと思うことにしてるけど、例えばアタシが8Fを攻略しても9Fに誰も辿り着けなければ、またアタシが次も攻略してってなるじゃない。それって、もしアタシが居なくなったらどうするのよ?」


 聖女のもっともな疑問にエリックはニヤリと笑みを浮かべ答えを返す。


「ホリィは人間を舐めすぎだな。人間は強いよ。そして、その最大の強みは学習能力にある。階層をクリアするときには、ほぼ必ずその階のモンスターを倒すよな。その死骸を持ち帰って研究する。そうすると、すぐに弱点なんか浮き彫りになる。そうなったらあとは科学兵器の力でどうとでもなるよ。5Fのオーガなんか良い例だ」


 5Fのオーガの爆殺を観光しながら、二人はさらに上へと登って行く。


 そして、ついに8F。ロック鳥が住まい、ワイバーンが訪れる地へ足を踏み入れた。


「さてと、まずは、これねっ!」


 ホリィは棺の中から、対物ライフルを取り出す。


「師匠がまずは狙撃しなさいって!」


「まぁ、確かに狙撃は有効だろうけど、今までもきっとそれくらいやっているはず。果たしてあのロック鳥に効くかだね」


「とりあえず、試してみてからね」と言いながら、立ったまま、まるで拳銃を構えるように構えた。


「もし、あの鳥が接近してきたら対処よろしく」


「ちょっ! それ使い方、違っ――」


 エリックのそんな声を無視して、放たれた弾丸は見事に虚空へ消えた。


「あれ? おかしいわね?」


 聖女ホリィは人間の極致のような性能をしているが、どんな天才的な人間にも物理的にできないことは出来ないのだ。人がどう頑張っても空は飛べないように。


「地面に置いて固定して使うんだよって、ロック鳥に気づかれた!」


「へぇ、そうなの。まぁ、さっきので慣れてきたから、次は大丈夫よ」


 ホリィは慌てずに地面に置いてから、狙いを定め、引き金を引いた。

 対物ライフルから放たれた銃弾は襲い来るロック鳥に命中したが、一瞬空中でよろけるだけで、すぐに体制を立て直す。

 

「羽毛が固いわね。そんなんじゃ、良い布団になれないわよ!」


 三度放たれた弾丸は今度は正確にロック鳥の瞳を射抜く。


「ギュイィィィィィッ!!」


 ロック鳥の悲鳴が響き、そのまま墜落する。

 まだ生きてはいるようだが、とても再び飛ぶことは叶わなそうであり、苦しそうにバサバサともがく。


「ごめんなさい」


 そんな言葉がぽつりと聖女の唇から漏れる。


「ホリィ……、モンスターに同情の気持ちとか、やっぱあるんだな」


 もしかしたら少しは自分が生き残る可能性が増えたかと内心喜ぶエリックだったが、その期待は次の瞬間、地へと落とされる。


「師匠、ごめんなさい。弾丸を一発無駄にしました。モンスターは一撃決殺って言われていたのに」


 なんの躊躇いもなく、トドメの弾丸が射出された。


「ど、同情とか、こう、可哀そうとか、ないわけ?」


「何を言っているのかわからないわ。どうせ殺すのだから、同情は殺したあとにすればいいんじゃない? 敵が生きているうちの同情は身を滅ぼすって師匠が言っていたわ」


「確かに、正論です。はい」


 同情で助かるルートは完全に消え去ったことを悟ったエリックはせめて花束くらい墓標の前に置いてくれたら上出来だなと考えを修正した。


 そんなやり取りをしている間に、ロック鳥は二体、三体と数を増やして集まる。集まるのだが――。


「次っ!!」


 聖女の正確無比な弾丸は確実にロック鳥の瞳を捉え、ぶち抜いていく。

 二体目、三体目と数が増えるごとにその正確さは上がり、三体目にして、一撃で屠れるまでに、その技術が昇華する。


「確かに、あれだけデカイ的の瞳に当てるのは、超一流のそれこそ13を冠する殺し屋とか、白い悪魔とかなら出来そうだけど……」


 人間に出来ることなら出来るというのはやはり規格外であり、バケモノよりバケモノらしい。

 しかし、それでも限界はある。


 背後から襲い来るロック鳥に対処が間に合わず、一人なら、ここで仕留められクリアには至らなかっただろう。


「俺の仕事はフォローだし、一体だけしか仕留めていなくても文句はなしだぞっ!」


 ピュイっと口笛を吹くとロック鳥は狙いを外し、ホリィの真横を過ぎ去っていく。

 そして、その場に居たはずのエリックの姿も消えていた。


「タワマンの為に、弱点を探らせてもらうよっ!」


 エリックはロック鳥が通り過ぎる瞬間、その背に飛び乗り、瞳を狙うというギリギリ人類が出来る方法ではなく、もっとまともな方法を探る。


「鳥の弱点と言えば、電気かあとは何かの本で打撃に弱いと聞いたけど……」


 銃弾すら弾く羽毛に打撃を通せる人間はごく少数だろうし、そもそも空を飛んでいては殴れないだろう。電気もスタンガン程度ではビクともしないであろう巨体の為、エリックはその二つを諦める。

 

「あとは風切り羽根とかってのを取ると飛べなくなるって言うけど……」


 ナイフで何度か刺そうと試みるが、固くて一向に刃が入らない。

 ロック鳥の羽根は地球にあるどんな鉱物よりもその硬度は高いようであった。

 ゆえに、風切り羽根を切るという方法も現実的ではない。そう考えたとき、ひとつの可能性を閃いた。


「羽根が固いなら、それを利用させてもらおう」


 エリックは一度、そのロック鳥の背から落ちると、死体となっているロック鳥から羽根を数枚拝借する。


 ピーヒョロヒョロと口笛を吹き、ロック鳥を呼び寄せる。

 敵を殺す勢いで急降下するロック鳥に対し、再び口笛を吹く。

 エリックの位置を誤認したかのように、エリックの真横を攻撃したロック鳥は、次の瞬間に悲鳴を上げた。


「良し良し。同じ羽根なら切れるみたいだな」


 ロック鳥の羽根を武器として転用したエリックにより、飛来したロック鳥の翼は切り落とされ、空へと舞い戻ることは不可能となった。


「ここまで分かれば、あとは科学がどうにかするでしょ」


 エリックはまるで重さがないかのような足取りで、翼の切れたロック鳥の首元まで上がると、その首に牙を突き立てた。


 ナイフや銃弾ですら傷の付かなかった、その体に牙はすんなりと入り込み、一瞬でロック鳥は干からびる。


「ふむ。神鳥とも言われることのあるロック鳥。実にエリートに相応しい、味だったな」


 エリックは胸ポケットからハンカチを取り出し、優雅に口元を拭った。



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