第8話「冤罪でも稼ぎまくる」
エリックがダンジョンから出てくるとすでに日が傾きかけていた。
そんな中、まるで後光を背負うかのように少女が一人、天に指さし佇む。
「吸血鬼、伊東エリック! 待っていたわ。4時間くらい。よくもアタシをここまで待たせたわね!! 宮本武蔵みたいな戦法を使うなんて、流石だわ!」
「ごめん、何の話?」
「アタシが辛かったって話よ!! せっかく急いで来たのに、後からゆっくり来た師匠にも追いつかれるし、あんたは来ないし! なんだったら師匠はその辺の喫茶店で聖書読み始めるしって、それはいいわ!! あんたのことは見損なったわ! ワイバーンの件があったから――」
エリックはワイバーンの金を持ち逃げしたことを責められると思い、そのまま、ダッシュで逃げた。
が、人間の力に合わせたそのダッシュは、人間の頂点たるホリィには簡単に追いつかれ、回り込まれた。
(くっ、ダメだ逃げられないっ!!)
「だが、そっちだって、かなり修繕費に使っただろう! これ以上俺から毟ろうというなら、出るところに出るぞっ!!」
最後の抵抗とばかりに、修繕費9億の話題を盾にしたが、
「ワイバーンのお金はどうでもいいわよ! 話を逸らすんじゃないわっ!」
ホリィはハンマーを取り出し、眼前に突きつけると、強制的に話を聞かせようとしてくる。
「ワイバーンのとき、市民を守ろうとしたあんたの行動には一定の敬意というヤツを払ったわ。だから、吸血行動も食事として仕方なくしているのかもと思った。もしそうなら、天に召されるよう殺そうと思っていたけど、まさか、女性を操って何かさせようと目論む最低なヤツだったなんて……。これはもう地獄に落とすしかないわよね!」
「どっちにしろ殺す一択じゃねぇか!! って、女性を操る? なにそれ?」
聖女は軽蔑した目つきでエリックを見る。
「最悪ね。ここまで来てしらばっくれるつもり! この前、あんたが襲った女性を暴れさせて何か企んでいるんでしょ! 血を吸って洗脳なんて、吸血鬼の得意分野でしょ!」
「あー、だいたい事情は飲み込めた。つまり、この前の女性を俺が洗脳だかなんだかして暴れさせてるから、俺を殺して洗脳を解こうってことね。了解。了解。それじゃあ、俺の話も聞いてくれる?」
「なによ!?」
「ちゃんと聞いてくれるのか! ありがたい。まず、そもそも、人間を洗脳とか隷属化させる吸血鬼は主に捕食の為だ。招かねざるところには入れないという欠点を補う方法なんだよ。だから何かさせるなら、それは吸血鬼を招くしかない。だから、日中にそんな行動は普通とらない。怪しまれないのが基本だ」
それからエリックは自分が犯人ではないという理由をいくつも挙げたのだが――。
「わかったわ。とにかくグチャグチャと言ってて、よく分からないということが分かったわ。とにかくあんたを殺して、それでもダメなら他の吸血鬼を探すってことでオーケー?」
「うん~。全然オーケーじゃない」
ブンッと振りかぶられたハンマーがエリックを捉えた。
なんとか、腕の籠手でガードしたが、そのまま吹き飛ばされ、ゴミくずのようにゴロゴロと地面を数転する。
「くぅ、初めて防具があって良かったと思ったよ。あんなん生身で受けたら大ダメージだろ。純銀で効果は抜群なんだぞっ!!」
人間を装う以上、過度なダメージは避けなくてならない。その1点に関してエリックは本気を出すことに決めた。
ホリィの次の攻撃のタイミングを全神経を集中させて測り、人間が行える程度の力で2撃目、3撃目を避ける。
これだけ大立ち回りをしていると、ギャラリーが増え始め、だんだんとお祭り騒ぎとなっていった。
「伊東屋がワイバーンの件で聖女を怒らせたらしい! いつまで伊東屋が避けられるか賭けようぜ」
と言った話が流布し、亡鋳半島の人たちはどんどんと楽しみ始めた。
「おぉい! 誰か見てないで助けてくれよ!!」
そんなエリックの言葉は、
「自業自得だろ。ガンバレー!」
と、声援が返って来るだけだった。
「くそっ!! お前らも共犯だっただろうがっ!!」
傍目から見ると、違和感なく、人間であるエリックがギリギリで避けているように見えるが、聖女の力を持ってしても殺しきれないというのは異常である。
その事を気にするのは当の本人たちだけで、周りは熱に浮かされ気にする素振りすらなかった。
「ぜぇ、ぜぇ、この、このアタシから、ここまで逃げるなんてやるわね……」
「ぜぇぇ、ぜぇぇ、あのさぁ、その、ダンジョンの吸血鬼ならさ。殺さないと解けないと思うんだけど、もし、俺がその催眠だか洗脳だかを解いたら、とりあえずダンジョンの吸血鬼じゃないって信じてくれない?」
「ぜぇぜぇ、そんなのダメに決まっているじゃない」
即答で否定するホリィだったが、「あら~、それなら、それでいいわよ~」とのほほんとした返答も戻って来た。
ホリィは振り返り、コーヒー片手のシスターフランを見ると、
「それでもいいわ!」
一瞬で手のひらを反す返事をしたのだった。
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