第6話「エサで稼ぎまくる」
4Fへと足を勧めたエリックは、すぐに息を殺した。
4Fは一面泥だらけになっているように見えるが、この泥のほとんどがモンスターであり、僅かな人間の声を感知し、そこから人間の手のような形状の泥が生えて襲い掛かる。
主な攻撃手段は泥を投げつけてくることだが、時速150キロ程で投げ出される泥団子は立派な凶器であり、当たれば骨の1本や2本、軽く折れる。
そんな中、エリックは足音一つさせず、まるで幽霊のようにすいすいと歩く。
言葉を発しなければいいだけの階なのだが、泥で見えないが、地面は凸凹が激しく、運が悪いと底なし沼になっているようなところに落ちる。
そうでなくても、泥に足をとられ、転びそうになったときに声をあげれば、それだけで餌食になる恐るべき階であった。
(ふふふっ、ここの泥は美容効果も高くていい値段で売れるんだよね)
間違えてモンスターを掴むと、それはそれで攻撃の対象になるが、エリックの感覚器官では如実に泥と泥系モンスターの違いが分かる為、泥を採取していく。
水筒1本分ほど貴重な泥を採取すると、
(あとは、人助けだね)
泥団子の攻撃を受けたのか地面に沈む冒険者を見つけると、拾いあげて、3Fへと逃がす。
これを4回行ってから、エリックは3階へと戻る。
「ほら、泥を吐き出して、ポーション飲んで」
甲斐甲斐しく介抱していくが、その様子を優しいと思うものは助けられた当人以外、いや当人ですら思わないかもしれなかった。
「げほっ! げほっ! あ、ありがとうございます」
泥まみれの男は目を覚ますと、自身の置かれた状況を理解して礼を述べる。
「あっ、お礼は大丈夫です。しめて30万円になります」
救助代、ポーション代、金30万と書かれた請求書を渡す。
「えっ、なにこれ?」
「請求書ですけど? あっ、もしかして安かった? いやいや、そんな気を使わなくていいですよ。もし、まぁ、あれだったら伊東屋を御贔屓に」
「ま、まぁ、助けてもらったし、仕方ない……」
ほとんどは命の対価としてしっかり払うのだが、稀に金が全てというこの街のルールをよく分かっていない者もおり、金を払おうとしない者もいるのだが……。
「誰がこんな金額払うかっ! オレは一人でも脱出できた!! 余計な事しやがって」
助けたうちの一人はエリックに罵声を浴びせ、金も払わずにその場から去って行く。
「オーケー、オーケー、そういう態度ね。この街で、そういう金を払わないヤツがどうなるか知らない新参者と見える。まぁ、これから大変だと思うから頑張って」
パシャリと顔写真を取って、その写真をSNSに投稿する手前で手を止める。
(ここで晒すと、この男はこの街では生きていけないだろう。金も大事だが、信用も大事なのだ。それが無くなったものの末路は想像に難くない。ここで俺が我慢すればあの男は助かるだろう。これからも平穏な冒険者ライフを送れるだろう。だが、押す。俺に損させて平気な顔をするヤツは許せん!)
こうなると誰もこの男に手を貸すことはなくなり、結果としては飢え死ぬか、それまでになんとか審査に通って街から出ていくかの2択しかなくなるのだ。
この男の末路に手を合わせてからエリックは、さらに上層の5階へ。
※
5階は中ボスとでも言わんばかりに広間。その階段前にはオーガが立ちはだかる。
このオーガは倒しても倒してもなぜかその階から人が居なくなると再び同じ場所に現れる。
だが、この階には危険は全くなく。この階に来るたびにエリックは人間の恐ろしさをまじまじと実感するのだった。
この階には常に4~5人の人間がおり、階段を行き来している。
ただ行き来しているのではなく、彼らはオーガを何度も駆逐しているのだ。
彼らのルーティーンはこうだ。
爆弾設置→階下に降りてから登る→オーガ出現→爆殺→素材採取。
以降繰り返し。
爆弾が切れたり、オーガの素材が多くなると外へ連絡し交代。
こうして、オーガは人間たちのいい
そのおかげでオーガの素材を使った防具などは安価で良い性能として冒険者にも人気だ。
エリックはここで爆殺を繰り返す男たちと雑談してから、お弁当やドリンクを売りつけ、さらに上階へ。
6階はセーフポイントと言われており、休憩用の泉があるだけで、モンスターもおらず、ここで冒険者は休息する。が、しかし、エリックはここでこそ働くのだった。
リュックを降ろすと、その中から折り畳み式のテーブルを出し、品物を並べてから大声を上げた。
「伊東屋移動販売店だよ!! 次はいつ来れるか分からないからねっ!! 今日出会えた皆さんはラッキーっ!! さぁ、早いもの勝ちだぁ!!」
値段は普段の4倍くらいの超ぼったくりだが、物資が少なくなってきているここでのお弁当と水分、それからポーションの販売は、それだけの値段を出す価値は十分以上にあった。
それらは飛ぶように売れ、懐をほくほくさせるエリック。いつもなら、ここで退き返すのだが――。
(さてと、今日は未攻略の8階まで様子を見ないといけないよね)
店をしまうと、エリックはそっとバレないように階段を登る。
7Fはゴーストが大挙する階なのだが、ここはかつて訪れた陰陽師によって安全なルートが確立されているため、そこまで人間は苦もなく進めるのだが、
「大丈夫なんだけど、こう、足つぼマッサージの石の上を歩くように絶妙に痛いんだよね。ここ」
顔をしかめながら、なんとか通過して、未踏の8Fへ。
これまで全員失敗している8Fのモンスターは、ロック鳥。
大型の鳥で人くらいなら楽々持ち上げ捕食する。
奇しくもこのモンスターもタワーマンションに被害を与えそうなモンスターだった。
「ここをクリアすれば、少しはタワマンの窓ガラスは守られそうだけど……」
おずおすと8階を覗くと、やたら興奮した様子でロック鳥が飛び回る。
そして、たまに先に攻略を始めた冒険者がその爪で空高く引き釣り上げられる姿が見られた――と思ったら、なぜかここには居ないはずのワイバーンがロック鳥に噛みつき、そのままどこかへと連れ去って行く。
「まるで雛にエサをやる親鳥……。子供でも生まれたのか? それで狂暴性が増したり、エサを求めてダンジョンの外に出た?」
その可能性が濃厚であり、それはこれからも飛竜が街に飛来する可能性を示唆した。
「これは俺だけじゃどうしようもない問題だけど、今なら――」
エリックは聖女の姿を思い出しながらゆっくりと階段を降りた。
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