第5話「薬草採取で稼ぎまくる」

 次の日、早朝からエリックは大きなリュックを背負って出かけた。

 日よけの野球帽にTシャツ、ジーンズというラフな格好の上に、防刃のケブラー繊維で出来たパーカー、鉄製の籠手と脛当て、胴体もTシャツの下に鎖帷子を着込み、防具も万全だと周囲に示す。


 目的地はダンジョンの内部3F。

 そこに生える薬草を採取するためだ。

 この薬草がポーションの元となる。伊東屋の安さの秘密の1つが、自分で採取していることにあった。

 それはもちろん客にも周知の事実で、その為、ある程度、伊東屋が強いということも知れ渡っていたのだ。


「さてと、行きますか」


 燦々と太陽が照る中でもエリックは特に気にする素振りすら見せず、自由に歩いて行く。高貴なエリート吸血鬼にのみ許される暴挙である。故に誰もエリックのことを吸血鬼だと思うものは居なかった。今までは――。


「はぁっ!? ちょっと、なんで吸血鬼が真昼間から出歩いてるのよ!!」


 1㎞くらい先から、あまり聞きたくない聖女ホリィの声が聞こえ、面倒くさいことになると確実に感じたエリックは、人間が出せるくらいの速度で走って逃げた。

 幸い距離が離れていたのと、街の地理に一日いちじつちょうがあり、なんとか巻くことに成功。


 多少回り道をしたが、概ね予定通りに目的地であるダンジョン前に到着する。

 ダンジョンの周辺にはいつモンスターが出てきてもいいように完全装備の自衛隊が駐留しており、常に物々しい雰囲気が漂う。

 ゴブリンみたいな弱いモンスターならここで片がつくが、先日のワイバーンや吸血鬼などの空を飛べるもの、人狼やダークエルフなどの人に化けて出てくるものはその包囲網をくぐることは珍しくない。

 また大量のモンスター出現時も数体抜けてくることがあるのだが、街の住人にとっては、なんとか抜けてきたゴブリンやコボルト、スライムなどは良いお小遣い稼ぎとして重宝されるくらいであった。


 エリックは自衛隊に許可証を見せるとすんなりと包囲網の中へと通る。

 このダンジョンへの侵入は、18歳以上で命のいらないものなら誰でも入れる。というか金の方が大事なこの街の住人ならほぼ誰でも良いという緩い条件だ。

 最初に身分証明書と誓約書を書いて提出してから発行される許可証さえあればいい。


 エリックは入り口で一度ダンジョンを見上げる。

 その高さは推定20階、最上階は太陽が邪魔して見えず、思わず目を細める。


 ダンジョンは蟻塚のように細長い土塊つちくれのようだが、その強度は現在の科学では表面を辛うじて削る程度しか出来ていない。

 核でも撃ち込めば話は違うのかもしれないが、その後の調査が出来ず下手するとモンスターを野放しにするかもしれない為、まだ行っていない。モンスターの脅威がいよいよとなれば話は別かもしれないが。


 そのまま入口に進むと、辺りは人工の光で照らされ、見通しが良くなってる。

 整地された通路を通って行くと、急に開けた空間に出る。

 とてもダンジョンの中とは思えない広さ、そして太陽が届かないにも関わらず、頭上から光が差し込んでおり、エリックの眼前には草原が広がる。


 ここは1Fなだけあり、弱いモンスターだけが現れる場所で、まるで初心者の訓練場だと言わんばかりであった。

 主なモンスターは角兎ホーンラビット悪魔蝙蝠デビルバット。両方とも普通の兎と蝙蝠と変わらず、強いて違いを上げるなら人間を見つけると襲い掛かるくらいだ。


 そんな初級モンスターを新人の金の亡者冒険者たちが狩る中、エリックは挨拶しつつ通っていく。そんな中、


「うわっ!!」


 人間を超越した聴覚に攻撃を受けた冒険者の声が届くと、素早く向かい、


「大丈夫ですか? これうちのポーションの試供品です。効果は薄いですが良かったら」


『働いた後は弁当の伊東屋』と大きくラベルに書かれたポーションを手渡す。

 効果は普段売っている下級ポーションの3分の1程度で栄養ドリンクくらいの効果はあった。


「あ、ありがとうございます」


「伊東屋を御贔屓に!」


 伊東屋店主、伊東エリックにとってダンジョンの低層階はこの街に来たばかりの新人が多く、自分の店の名を売る絶好のスポットであった。

 毎回、薬草採取に赴くとこうして名を売っているのだ。


 それから三人ほどに宣伝してから、最奥の壁にある階段を登って行く。


 2Fへ上がると、そこは一転、岩石ばかりがゴロゴロと転がる区域で、冒険者はこちらにはない鉱石を掘り当てようとやっきになってツルハシを振り上げている。

 1Fより、こちらの方が強いモンスターが出現する為、多少命がけになっているが、大きな音を立てて現れるゴーレムやドワーフばかりなので、早々に逃げ出せば危険度は低い。


 エリックはそこで働く人たちに声をかけながらスポーツドリンクを少し割り増しの値段で売ったり、怪我人にポーションを店で売っている値段で売ったりしつつ、最奥へ。


 その階段を登るとお目当ての場所へとたどり着く。

 鬱蒼とした木々に囲まれたその場所はまるで森のようだ。

 3Fは2Fと違い、木々に擬態する木人トレントや花に擬態する食人植物ラフレシアが多くの冒険者が気づかずに今も命を落とすことがある危険地帯であった。


 冒険者たちの探索は7Fまでは進んでいるがそこまでで、その先にはどんなモンスターがいるかも、どんな資源があるかも分かっていない。

 外に出てくるモンスターの大半に未だ出会えていないことからも更なる脅威が待ち構えているのは明白だった。


「さてと、薬草はどこかな~」


 森の中をウロチョロとしていると、他の冒険者に出会うことも。

 そこで情報共有をしつつ、お互い望みの植物を探すのが基本であるのだが――。


「おぉい!! 伊東屋が来たぞっ!!」


 エリックを見つけた冒険者が大きく叫ぶ。

 このフロアでのエリックの存在価値は大きく、万が一見つけたら、さっさと集まるのが鉄則とすらされている。

 その理由が、


「こっちの方はどうかな。あっ、木人トレント


 ピッと赤いマーカーをつけると、少し距離と取って歩く。

 エリックの人間を超越した聴覚は生体反応を感知できる為、不意打ちが脅威となるトレントほど、楽なモンスターもいなかった。

 そして、エリックは皆から乞われて、トレントを見つけた際には目印をつけるようにしていた。それは食人植物にも同様で。

 これにより、安全に採取が出来るのだ。


 早歩きで一通り、森を歩き周り、トレントに印をつける。

 そして、その対価として、冒険者から薬草を得ていた。


「トレントとラフレシアを見つけるだけで薬草が集まる簡単なお仕事♪」


 才能を金に換えているので、誰も不当だとは思っていないが、エリックだけは、簡単に稼がしてもらって悪いなぁと感じ、ここでもポーションは定価で提供した。


 そうして、森に留まること小一時間。


「良し良し。大量、大量」


 どっさりと薬草が集まる。

 これも安く提供できている理由の1つだった。


「さてと、ここまでが、損して得取れの『損』ここからが『得』だね」


 ニヤリと悪い笑顔を浮かべたエリックは4Fへと上がる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る