第3話「ダンジョン飛竜で稼ぎまくる」

(うえぇ、痛いよぉ。腕も痛いし、最後、刺そうとしたとき、カウンターで喰らった腹パンも痛い。なんだよ。あの聖女。バケモノじゃないかっ!) 


 前を走るホリィは周囲で一番高いビルを見つけると入口へと向かった。

 一方エリックはお腹をさすりながらそれを見届けると、垂直にそびえる壁をまるで重力なんかないように歩いて登る。

 誰よりも早く屋上へたどり着くと、そこでワイバーンを待ち構えることとした。


 ワイバーンの羽音からここを通るにはもうしばらく掛かるなとエリックが思っていると、屋上の扉が勢いよく開かれた。


「ふぅ、間に合――。なんで吸血鬼が先に。はっ! 蝙蝠になって飛んだのね!」


 しばしホリィは考え込んだあと、名案を閃いたと言わんばかりにポンと手を打つ。


「蝙蝠になれるなら、ワイバーンに空中戦を挑めばいいんじゃない?」


 ロザリオをダーツを投げるかのごとく手に持ち、素振りしながら考えを口にする。


「いや、まず、蝙蝠に変身は出来ないし。あわよくば俺もろとも葬る気でしょっ!!」


「なぜバレたっ!? 心も読めるの!?」


「あ、ちゃんとウソはつかないのね」


 エリックは苦笑いを浮かべながら、狼狽する聖女を観察した。


「あ~、ところで、そろそろ来るね」


 目視出来るところまでワイバーンが迫り、2人は同時に戦闘態勢を取る。


 エリックは懐からナイフを出し、ホリィは服の中から鎚を取り出した。


「……なにそれっ! 聖女にあるまじきイカツイ武器なんだけど!!」


「ハンマーだけど、見たことないの? あっ、そうか、吸血鬼だからね。ハンマーは十字架を模していると言われる武器だし、見たこともないのは仕方ないわね」


 聖女の言うように確かに、それとなく十字に見えなくもないハンマー。だが、鎚の打撃部は純銀で出来ておりその威力は確かなものだと言える。


「いや、ハンマーと十字架に関係ないからな! それウソだから。お前、騙されてるぞ!!」


「そんなはずないわ! 師匠はアンデッドにはハンマーか丸太が一番って言っていたもの!! 頭部破壊が一番手っ取り早いって!!」


「間違ってないけど、間違っている! ハンマーに宗教的な意味はないから。確かに、頭部破壊は効くよ! というか、全生物、頭部破壊は効くからっ!!」


 そんな無駄なやり取りをしている間に、ワイバーンはエリックの頭上をかすめる。

 トカゲの頭、コウモリの翼、ワシの脚、ヘビの尾を持つ飛竜ワイバーンは、言い合う二人をバカにするようにチロリと赤い舌を出しながら通り過ぎようとしていた。


「地獄へ落ちなさいっ!!」


 いち早くホリィは反応しており、跳躍と共にハンマーを振るった。

 しかし、ワイバーンはひらりとかわす。その風圧でホリィの軽い体は飛ばされ、ビルから大きく外へと外れる。


「おぉいっ! 落ちる。落ちる」


 身を乗り出したエリックが、ギリギリで聖女の服を掴むと、なんとか落下は阻止された。


「あ、ありがと……」


 律儀に礼を告げるホリィだったが、ワイバーンの脅威は去ってはおらず、完全に二人を食糧と認識したワイバーンは身動きの取れなくなっているエリックとホリィを食むべく、大口を開ける。


「このトカゲ風情が、エリートの俺を食事と思ったのか?」


 エリックは唇をすぼめて、口笛をヒュッと吹くと、ワイバーンはすんでのところで目測を誤ったかのようにエリックたちの真横で口を閉じ、通り過ぎた。


「なに? 今の? ワイバーンが避けた?」


 混乱しつつある聖女に、エリックは「いいから登ってくれない?」と声をかける。


「うんしょっ!」


 ホリィはハンマーを屋上の柵に叩きつけると、その反動でくるんと戻って来る。


「予想外の戻り方っ!? そんなの漫画でしか見ないけどっ!!」


「え? 人間なら普通にできるでしょ?」


「吸血鬼でも出来ねぇよっ!」


「そんなウソをついて。まぁ、いいわ。今はあのモンスターの方が優先よね」


 エリックは面倒臭そうに頭をポリポリと掻く。


「あ~、それなら、ほぼ勝ち確だよ。俺のテリトリーに入ったんだから」


 エリックは吸血鬼がマントを翻すように、両手を広げる。

 いや、吸血鬼よりも指揮者の方がその動きは近いかもしれない。


 その口からは笛の音が響き、音階を確かめるように手が上下する。

 エリックから奏でられる音はドラゴンに乗って空を駆ける曲で、あまり口笛では聞かない現代楽曲であった。


 急な演奏にホリィはポカンとするが、ワイバーンは違った。急に進行方向を真上に変え飛び上がる、かと思えば、そのまま反転し、地面へと一直線へ墜落する。


 ドシンと轟音と砂ぼこりを立たせ落ちたワイバーンはすぐに屋上にいる二人に再度狙いを定めるが――。


「なるほど。確かに、勝ち確定ね」


 そんな言葉を残し、ホリィは屋上からダイブした。

 そのまま、眼下にいるワイバーンのトカゲ頭に鎚を振るった。


 ホリィの膂力に落下のスピードがプラスされ、ワイバーンの鱗も頭蓋も粉々に砕く。


「はぁっ!?」


 その偉業に誰よりも驚いたのはエリックだった。


「待て待て待て待て! 人間がこんなところから降りたら普通死ぬぞ。しかも、飛び降りてワイバーンを倒して自分はピンピンしてるし。…………え、聖女って実はマジでヤバイ?」


 エリックの背中に冷たい汗が流れ落ちる。


「吸血鬼って言っちゃったし、ここは逃げる方が得策だよな……、いや、でも、ワイバーンの死骸は高く売れるんだよなぁ」


 鉱物や植物と同じでモンスターの体も研究素材として価値があり、またその剥製や骨格標本などは好事家にも人気であり、高値で取引されている。


 エリックはワイバーンの死骸ホリィを見比べる。


「いや、違うな。ここで俺が取る行動は、これだっ!!」


 エリックはスマホを弄りながら普通に階段をダッシュで降りると、待ち構えるホリィの前へ進み出る。


「どうよ! アタシの一撃! 凄いでしょ! じゃなくて、そうだったこいつ吸血鬼だったわ。逃げずに来たってことはアタシに天に召される気になったのね。殊勝な心掛けね!」


 エリックは不敵な笑みを浮かべたあと、大きな声で叫んだ。


「聖女、黒須ホリィがワイバーンを討伐したぞぉ!!!!」

「みんな、早く来た方がいいぞ! 聖女の偉業の証人になるだけでも価値があるってもんだ!!」

「伊東屋も協力っ! ワイバーンの死骸の行方はウチ次第だよ!!」


「ちょっ、何言い出して――」


 ホリィが抗議の声をあげる間もなく、あっという間にか人だかりが出来る。


「ちょっとぉ! 集まるの早すぎない?」


 流石、金の亡者の街だと呆れ半分、尊敬半分という表情をホリィは浮かべた。


(良し良し、計算通り) 


 こんな美味しい情報は、この街の者なら、SNSに流せば一瞬で広がり集まってくるというのを理解していたエリックは階段を降りる時間に投稿しながら降りていた。その結果がこれで、大声で叫んだのはいち早く現場を見つけてもらうためだった。


「みんな、ワイバーンを見てくれ、このワイバーンは聖女が仕留めたが、この伊東屋も、もちろん協力した!」 


 その言葉に、多くの人々が笑い声を上げた。


「伊東屋が強いのは知ってるが、ワイバーンは倒せねぇだろ」

「どうやったんだ! 教えてみろっ!」


 などと、本気ではない野次が飛ぶ。


「オーケー、オーケー、ほら、俺って今日はスタミナ弁当を作ってきただろ? どうやら、すごく良い匂いだったらしく、竜まっしぐらだったって訳よ。で、大口をバカみたいに開けたところ、聖女様がズドンって寸法だ」


「ほぼ、なんもしてねぇじゃねぇか!」


「いやいや、ワイバーンは空中にいるから強いんだ。地面に降りてくれば、その強さは半減。オーガと同じくらいさ」


「充分、強いだろwww」


 笑いと野次が飛び交い、吸血鬼を討伐するという雰囲気ではなくなる。


「さて、話を戻そう。そこでこのワイバーンの死骸、今から売りに出すが、この場で先に買い付ける者はいるか? 居なければ適正業者に売って研究材料行きだ」


 これから競りをはじめんとする伊東屋。

 まず、適正業者に出した場合の値段を提示する。


「あくまで研究資料だからな。いって5000万ってところだろう。そこから移送費も削られるから約4500万が打倒かな? って訳でそれ以上を出す人はいるかい?  本当ならそれ以上を出すツテがあればいいんだが、生憎、ウチのツテだと食肉になっちまう」


 冗談を交えつつ、競りが開催される――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る