第2話「聖女との邂逅で稼ぎまくる」

 エリックはわずかな声を頼りに夜の街を疾駆する。


「声は、次の路地を左かっ!」


 最短ルートでその声の元へたどり着くと、その光景に眉根をひそめた。


「お前、何してるんだっ!!」


 全身黒づくめの男が女性に抱きつき、その首筋に唇を押し当てている。

 モンスターかと思ったが、どうみても変質者以外の何者でもなかった。ある意味モンスターではあるのだが。


 体は考えるより早く動き、声を上げると共に駆け出し、そのまま男に体当たりをかましたはずだった。

 しかし、体にその感触はなく、代わりに女性だけが力なくその場に倒れ伏す。


 人間ではありえない挙動に、エリックは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。

 変質者にしか見えなかったが、今の人間離れした挙動は人外のモンスター以外何者でもなかった。

 人にしか見えないモンスター、その厄介さはこの街に住む人間なら嫌というほど実感している。


「いまのダンジョンからのモンスターだよな? たぶん、吸血鬼か? 逃げた、のか? なぜ?」


 強いモンスターの代名詞の1つ吸血鬼にしてはあっさりと女性を諦めて逃げたことに疑問を抱きながら、罠の可能性を考慮し周囲を警戒する。

 しかし、再び吸血鬼が現れることはなく、エリックは女性の安否を確認するべく、抱え起こした、その時、


「そこの吸血鬼っ!! その女性を離しなさいっ!!」


 凛とした声がエリックへと向けられた。


「はぁ!? なんでっ!?」


 驚きと共に声がする方を見ると、そこには、所々に絢爛な金色の刺繍がなされた純白のコートに身を包み、コートとは対照的な漆黒のロングヘアーが揺れる少女が仁王立ちしている。

 まだあどけなさが残るものの端麗な顔だちは、この街に住むものならば、つい最近誰もが見知ったものだった。


 少女の名は、黒須クロス聖子ホリィ。聖子と書いてホリィと読む彼女はダンジョンが出来て以降、日本で初の聖女認定された少女であり、歴代最強の呼び声も名高い。


 彼女の使命は主に人に紛れたモンスターの駆逐。

 そしてダンジョンの攻略だ。

 現在ダンジョンは6階まで攻略されている。全部で何回まであるのか分からないが外からの見た目では20階くらいまではありそうだった。

 そして、仕組みは分からないが、次の階に行くと、その階のモンスターは外へ出て来なくなる。つまり20階まで登り切れば、外の街は平定し、さらに資源も取り放題になるのだ。


 これまでも、どこそこの元軍隊のコックがやってきたとか、陰陽師がやってきたとか、中国拳法の達人がとか色々とやってきては、情報が命の半島の住民の間でニュースになっていたが、この聖女のニュースは特別大きく騒がれた。

 彼女の顔を知らないような情報弱者はとっくにこの街では死んでいるだろう。

 

 エリックは変なところを目撃され、面倒なことになったと考えつつも、直に見たホリィの姿にあれ? と思った。


(普通、聖人君子ってやつは、何かしらオーラみたいなのがあるんだが、この聖女、後光もなければ圧倒的なオーラも、天使の輪や翼もない。神の奇跡ってやつが全く感じられないんだが。本当に聖女なのか?)


 聖女とは、その身に神の奇跡を宿している女性のことなのだが、エリックから見たホリィはその奇跡の恩寵を授かっているようには一切見えなかった。

 だが、吸血鬼が逃げた理由は彼女が来たからである可能性が高かった。


「さて、あんたが吸血鬼ね! 大人しく天に召されなさいっ!」


「いやいや、ちょっと待て! なんで俺が吸血鬼なんだよ! 根拠は?」


「聖女の勘っ!!」


「いやいや、それだけで断定するのかよっ! 俺は健全な市民だ! この女性だって、今吸血鬼に襲われていたのを助けようとしただけで」


「問答無用! この街に健全な市民なんている訳ないでしょっ!」


「ぐうの音も出ないな、そこに関しては」


「ほら、見なさい! ウソつきは犯罪者の始まりよ! よって滅します!」


「飛躍が過ぎるっ!! それ、小学生全滅するぞっ!!」


「黙りなさい吸血鬼がっ!」


 ――ヒュンッ!


 何かが風を切り、エリックのすぐ真横を通り抜けた。

 エリックの頬に一筋に裂傷が入り、うっすらと血が流れ出る。


「はっ?」


 何が通ったのか、なんとなく分かったが、それでも自身の目が信じられず背後を振り向く。


「聖書? ……本ってあんな速度で投げられるものだっけ?」


 たぶん、165キロくらいは出ていたはずだと、あまりの光景に思わず身震いする。


「ちっ! 外したか。つい全力で投げちゃうのはアタシの悪いクセね。ちゃんと160キロくらいに加減してコントロール上げないと」


「えっと、人間が出していい速度じゃないぞ」


「失礼ね! あんたと違ってアタシはれっきとした人間よ! ほら、野球で天使のチームに入った日本人だってそれくらい投げられるし」


「ボールと本じゃわけが違うんだがっ!? しかも、それ人間の最高峰っ!!」


「でも、人間にできるでしょ?」


 その言葉にエリックの背中に冷たい汗が流れる。


(こ、この女、もしかして人間に出来ることならなんでも出来る気でいるのか? いや、聖女って言われるくらいだから出来るんだな……、いやいや、聖書を165キロで投げるのは人間じゃ出来ねぇよっ!! こんな女と関わったら確実に殺される! 殺されなくてもこんな聖書を平気で投げつけるようなヤバイのにつきまとわれたら信用問題にもなるぞ!)


 物理的命もさることながら、社会的命にも危機感を覚えたエリックは逃げることに決めた。

 そこで、まずは隙を作るべく、会話を試みる。


「あー、ところで、聖女なのに聖書を投げて良かったのか? こう、信仰とかそういう点で」


「大丈夫よ。神様は懐が深いに決まっているわ。アタシのアタシが気に入った全人類を救うって目的の為なら、たかが紙の束を投げたくらい気にしないでしょ。紙ならいずれ土に帰るし環境にも問題ないわ」


「えぇ……、超自己中なのでは……」


 エリックは、相手の思想にドン引きしつつも、現状逃げられる最善手を探るが、次に投げられたのは鉄の板。


 あまりの速度に思わず、腕で受けると、その腕がちぎれ飛ぶ。


「くっ、しまった!!」


 片腕を失くした原因の鉄の板に目を配ると、そこにはキリストの姿。


「踏み絵なんて、なんで持ってるんだよ! 弾圧する側のもんだろっ!」


「救世主の姿をした鉄板なら、モンスターに効くかと思って。その様子を見る限り、効果は抜群のようね」


「いや、ただの鉄板があの速度で飛んできたら、誰でもこうなるからな」


 エリックは内心焦っていた。

 腕の出血もあるが、このままでは確実に殺される。もう、一般人の振りは出来そうにないと。


「平穏な生活を送るためには、ここで、狩られる訳にはいかないかな」


 残った腕で胸元からナイフを取り出すと、地を蹴った。

 人間ではありえない速度で聖女に迫り、ナイフを首元に突き立てようとしたその時、どんっと言う鈍い音の直後に、街中にサイレンの音が響き渡り、次いで放送が入る。


『緊急速報! 殺到スタンピード発生!! ダンジョンよりモンスターが出現。ダンジョンよりモンスターが出現。個体はワイバーン!! 市民街へ飛翔中。付近の住民は戦闘態勢及び避難をしてください。繰り返します――』


 数日に1回くらいの頻度でダンジョンモンスターが街へと出てくるスタンピードの放送だった。

 ただのスタンピードならいつものことだが、今回はモンスターに狙われたのが、非戦闘民が集まる市民街。しかも、飛翔し向かうモンスターともなれば話は違う。


「おいおいおい! 待てよっ! クソッ! 俺の家もあるんだぞっ!! それに何よりヒトが死ぬじゃないかっ!!」


 エリックは聖女の街の方を何度も見比べていると、ホリィもソワソワ、キョロキョロと同じ動きをしている。


(聖女を敵に回すこととお客と俺の家が死ぬのを秤にかけたとき、どっちが得だ? えぇい! 迷っていたらどっちも失う。損しても得だったと切り替えろ! 勘とか不確定なものだけど、この聖女にはもうバレているんだ。吸血鬼の力を出し惜しむなっ!!)


 決意したエリックは聖女に向き直ると、有無を言わさぬ迫力で、告げた。


「おい。俺は皆を助けに行く。別についてきてもいいが、邪魔だけはするなよ」


 青白い顔だが、その瞳は紅く輝き、口元からは発達した犬歯がチラつく。

 そして、ちぎれたはずの腕を掴んで傷口に押し当てると、傷が塞がる。


「やっぱり、あんた、吸血鬼じゃないっ!」


「ダンジョンの下賤な吸血鬼と一緒にするなっ! 俺は高貴なエリート吸血鬼だっ! って聞けよ!!」


 エリックの言葉を聞く間もなく、聖女は市民街へと走りだしていた。

 途中にある建物をパルクールの要領で登り、どんどんと高地へ上がりつつも変わらぬ速度で走って行く。

 途中でホリィは振り返り、


「ちょっと何ボケっとしてんのっ! 先回りするんでしょっ! あんたについて行くんだから、さっさと来なさいよねっ!!」


「え? いやいや、なんで聖女が俺より先に行くんだ!? いや、良いけどさぁ!!」


 もはや聖女の日本語すらバグっているように聞こえ、謎に追いかける形になる。

 エリックは倒れている女性を聖女なのに無視したなと思いつつ、壁に持たれかけさせると、背後から聖なる気配を感じ、


(ああ、すでに保護に人材を当ててたってことね。俺を引き剥がす方が安全を確保できるって読みも混みかな)


 そんな思考をしながら、エリックは先ほど刺そうとしたときにひっそりとカウンターで受けた腹部のダメージを確認しつつ、先行するホリィを追いかける。

 だいぶ距離は離されたが、人間ではありえない膂力でもってまるで空を飛ぶかのように跳躍し市民街へと向かった。 

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