吸血鬼商人は突然現れた異界のダンジョンを足がかりに稼ぎまくる! ~目指せタワマンオーナー! のはずが、凶悪聖女のモンスター退治に巻き込まれて先に墓標を立てる羽目になりそうです!?~

タカナシ

第1話「亡鋳半島で稼ぎまくる」

 千葉県のとある半島、そこの一角は、連夜まるで祭りのように煌々と提灯が並ぶ屋台通りになっている。闇市のように様々な屋台が並び、ガヤガヤと喧噪が渦巻く。そんな中、一際大きい声を上げる者がいた。


「皆さん、お待たせしました! 伊東屋印のポーション回復薬、本日もあるよっ! またすぐ売り切れちゃうから、買うなら今っ!!」


 ニンニクたっぷりのスタミナ料理が並ぶ中、その屋台の中央には小さいビンに入ったドリンクが並ぶ。

 スタミナカルビ弁当 九百円

 スタミナ豚キムチ弁当 八百円

 ポーション(下級) 二千円

 ポーション(中級) 二十万円

 紙に書かれた値段がわずかに風で揺れる。


「おっ! 今日は伊東屋のポーションがあるぞっ!!」


 そんな声が聞こえたかと思うと、あっという間にその屋台に人だかりができる。

 人だかりによって値段の紙は風で揺れることはなくなったが、代わりに人々の出す振動により、ささやかに断続的に揺れ続ける。


「はいはい。ちょっと待ってね」


 金を受け取り、商品を渡すという作業をテキパキとこなす。たった一人にも関わらず、多くの客をさばいていくのだった。

 不思議なことに、伊東屋の店主は金銭を受け取ると、まったく見ていないにも関わらず、ずばりのお釣りを渡す。それどころか、お釣りすら手元を見ていない。

 流石に二十万円ものお金を現金払いはなく、そこだけは電子決済であった。

 そんな光景を見るだけでも価値があると言って、購入しない者も多く訪れるものだから、余計に人込みが増していく。


「みんな。良かったらうちの料理も買ってよねー!!」


 店主の言葉通り、ほぼ全ての客は一緒に料理も買っていってくれる。

 それは、このポーションの値段が他社と比べて半額程度の値段だからというのもあった。

 当の本人はそれについて、「うちは料理で稼いでるから。ポーションは客寄せ。ほら、損して得取れっていうでしょ」とのことだ。


「さぁ! さぁ! ポーションはもう売り切れだけど、うちの料理も美味しいから買ってってね」


『損して得取れ』の言葉通り、目玉のポーションが無くなっても客足が鈍ることもなく、いつも回復薬を安く提供してくれているお礼も兼ねて料理を買う人たちで、すぐに完売となった。


「へへへっ! 稼いだ。稼いだ!」


 伊東屋の主人、伊東エリックはしわくちゃの千円札の束と小銭の入った金庫を鞄にしまい。ニコニコと店じまいの片づけをする。

 電子決済がメインの昨今だが、電子のような不確かなものより、確かな重みのある現金の方が信頼できるという昔の人みたいな考えから伊東屋では極力現金決済を推奨している。


 伊東屋の主人は、エリックという外国人のような名前の通り、その顔立ちは海外の血が入っているようで日本人離れしたイケメン。体躯も筋骨隆々とはいかないが、それなりに男らしい細マッチョである。

 店先では赤のストライプの入ったYシャツの袖をまくり、その上にエプロンという格好だが、今はエプロンを外し、Yシャツも普通に着ている。

 店を切り盛りしているときの二の腕に現れる筋肉と血管は一部の筋肉フェチのファンがいるらしい。


「おう、伊東屋、今日も景気がいいじゃねぇか!」


 隣でアルコール類を売っている酒屋のおっちゃんが豪快な笑顔と共に声を掛けてくる。


「いや~、こんなにスタミナ弁当が売れるのも、ポーションで稼げるのもダンジョン様様だねぇ」


「ああ、ちげぇねぇ。酒屋なんてのも、少し前じゃ、閉店ギリギリの商売よ」


 エリックは夜空を見上げると、星のまたたきを遮るようにそびえ立つ塔のようなシルエットがある。


 7年前、急に地面が隆起したかと思うと出来上がったこの塔は通称ダンジョンと呼ばれている。

 その理由の一つに、そのダンジョンの素材が未知鉱物で出来ていたこと。さらにその内部にも、未知の鉱物や植物が。

 それらはすぐに話題となり、さらにはそれらを使い、人間の科学はさらに発展していった。

 今ではホログラムの画面を搭載した携帯電話が主流になっているし、植物により医療が発達し、不治の病と言われていたものも治るようになった。ポーションもその恩恵のひとつで、ダンジョン内の薬草を抽出して作る。最高級のポーションは欠損した手足すら直すと言われているほどで、うん億と市民には手が届かない値段になっている。

 

 伊東屋では、疲れを癒す下級ポーションと切り傷・打撲にすぐ効く中級ポーションの二つがリーズナブルな値段で売られている。

 信用ならないとは思っていても金は金。スマホの画面で売り上げを確かめながら歩くエリックの耳にか細い声が届く。


「た、助けて……」


「ん? おっちゃん、何か言った?」


「いや、何も言ってねぇが?」


「……誰か助けて」


 意識して聞いてみると、それは助けを呼ぶ声。


「やっぱり声が聞こえるんだけど。どう?」


 エリックは隣で店を構える店主に尋ねるが、首を横に振られる。


「こんな喧噪の中で声なんてわかんねぇよ。でも、伊東屋が言うならそうなんだろ。だったら、どうせ、モンスターじゃないのか? この街じゃ当たり前だし、関わらないのが吉だぜ。腕に覚えがあるなら狩りに行ってもいいが、オレは物を売って稼いだほうが得だと思うぜ」


 周囲の人間には誰も聞こえていないようで、一瞬だけエリックは自身の耳の良さを呪った。

 こういうシチュエーションで考えられるのは二つ。

 一つは、人が人を襲う場合。そして、もう一つはモンスターが人を襲う場合だ。


「……マジにモンスターか?」


 これがあの塔がダンジョンと言われる由縁の最たる理由であった。 

 最初の頃は、ダンジョンの中の資源は取り放題だった為、各国も参入し、日本は物々しい雰囲気であった。

 しかし、ダンジョンの中にモンスターがいると話題になり、多くの死者や行方不明者が出た。

 その後に送り込まれた調査隊の報告では、動く岩石のモンスターや角の生えた兎など、ファンタジーの世界にいるような生物が生息しており、人間を見つけると襲い掛かってくるという。

 ダンジョンはさながら、人間という獲物をおびき寄せて狩る食虫植物のようなものであった。

 それだけでなく、狩りの場はダンジョンの外にも波及し、モンスターにより街は一時、戦場と化した。

 そんな街に住むには自衛の手段が必要だった。

 そして、それと同時に誰かを守る力も……。


(あんな稼ぐどころじゃない惨劇は、二度とごめんだし、この仕事しやすい環境が守られるなら多少の損は構わないっ!)


 エリックは懐に忍ばせたナイフに手をかけ、声のした方向を探る。

 

 人間にとって幸いなことに、ファンタジーのモンスターに、ナイフの刃は刺さるし、銃弾で貫くことも出来た。大まかな生体構造は想像通りで武術も通用する。

 ファンタジーの物語の中で強力と言われるようなモンスターは未だ確認されておらず、現状では人間の方が優勢と言えた。

 そうなってくると、むしろ、金儲けの為にそれらを狩ろうと、千葉県のこの半島には人が増えたほどであった。


『世は大狩猟時代っ!!』


 というキャッチフレーズも恥を知らないのか打ち出された程であった。

 しかし、それも長くは続かず現在ではこの半島は出入りが制限されるくらいの危険地帯と化していた。


「やめとけ、やめとけ。伊東屋さん、そんな人助けなんかしても赤字になる可能性の方が高いだろ。それにモンスター流出の放送が無いってことは人に紛れている奴だろ。危険すぎる」

 

 人型のモンスターの出現により日本どころか地球全土が危機にさらされた。

 人型モンスターは狡猾なものが多く、様々な人種が入り乱れるようになったダンジョン周辺に置いて、人間に成りすまし、世界各地へと逃げおおせ、そこで人を襲い始めたのであった。

 その中でも特に脅威を示したのが吸血鬼であった。

 奴らは狡猾さを持って、外の世界へ用意に進出し、さらに、その能力でもって仲間を増やした。決して目立つことはせず、少しずつ少しずつ。

 その結果一つの町が亡ぶこともあった。

 約7年に及ぶ死闘の末、人間に化けたモンスターはほぼ退治したと、各勢力は伝えているが、それがどこまで本当かも怪しい。


 そんな情勢下、さらなる被害を出さぬ為にこの半島への出入り。特に『出る』ことに関してはかなり厳しく制限されるようになった。

 いつ、隣にモンスターが潜んでいるか分からない街。自衛できないものは泣く泣く、住処を奪われることにもなった。


 そうして、ひとっこ一人いないゴーストタウンが出来上がったのかと言えば、そうでもなかった。


 その豊富な鉱物資源、医療資源、モンスター素材を求め、留まるまたはわざわざ入って来る者たちが居た。そして、そういったものたちを相手に医療や食事、娯楽を売る伊東屋みたいなものたちも多く現れた。

 彼らには一つの共通点があった。それは金に目がないことだ。

 つまり、この半島にいる者は命よりも金が大切な金の亡者が大半、金を作る為なら死んでも構わない者たちの半島。そんな意味合いと元々の名前をもじって、ここは亡鋳ぼうしゅう半島と呼ばれるようになった。

 

「酒屋のおっちゃん。忠告ありがとう。まぁ、でも、損して得取れが俺のモットーだし、襲われてるのが俺の客だったら、売り上げが落ちちまう。助けに行ってくるよ」


 エリックは気持ちのいい笑顔を見せてから、声の方向へ走り出した。


 曲がりなりにも、自分と同じモンスターと言われる存在が人を害し、損をさせるなどあってはならない。そんな考えがエリックを突き動かした。

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