03.亜人の兄妹(1)

 ハルさんには「自分の身支度は自分でするから大丈夫」と伝えたけれど、モニカさんは昨日より早い時間にわたしの部屋に来てくれた。


「時間を早めてしまってすみません」


 わたしが謝ると、モニカさんは力強く笑って自分の胸をどんと叩いた。


「いいんですよ。仕事の順番を入れ替えるだけですし」


 しかもモニカさんが手早くわたしの服を着せてくれる間に、別の人が朝食を部屋まで運んできてくれた。


 モニカさんだけじゃなく、厨房の人たちまで朝早くに働かせてしまって申し訳ない。

 でもそれを謝ると、


「もともと旦那様の朝が早いので、我々からすればむしろお二人の時間が揃って大助かりですよ」


 と、モニカさんはケラケラ笑う。


 伯爵は基本家にいないって話だったけれど、朝早くに家を出て夜遅くに帰ってくるのかな?


「モニカさん、モルト伯爵は日中はどこにいらっしゃるんですか?」

「えっ、さあ、我々も存じ上げませんねえ」


 わたしは首をかしげたけれど、モニカさんが「それはそうと」とすぐに話を変えた。


「子どもたちにお食事を運んでいただけるんですってね。ワゴンは玄関ホールに運ばせますので、よろしくお願いしますね」


「モニカさんは来ないんですか?」


「三人もいらないでしょう。このお屋敷、規模の割に使用人が少ないので忙しいんですよ。ハル様と行ってきてくださいな。リッチェル様のお食事はあとで下げに来ますので、食器はこのまま置いておいてください。では失礼」


 なぜだかとっても上機嫌で、モニカさんは部屋を出ていく。


 昨日わたしが「手伝うことがないか」って聞いたときは、特にないって言ったのに。


 忙しいなら、わたしだって洗濯と掃除くらいは手伝えるんだけどな。


 いや、節約のために当主も子どもたちも皆で家事をしていたわたしの実家が変なのはわかってるんだけど。


 食事を手早くすませてから、蝋板ろうばん尖筆スタイラスを持って玄関ホールに向かう。


 玄関には銀色のワゴンが用意されていて、その隣にはハルさんが立っていた。

 ワゴンにはふたり分の食事と着替え、水を張った小さなタライ、タオルが乗っている。


「あっ、おはようございます」


 わたしに気づいたハルさんは、ぱっと笑顔になった。


 ハルさんに出会うまで知らなかったけれど、前髪で目が完全に隠れていても、声の調子や口元、立ち姿から、感情は読み取れるものらしい。


 大きな犬がしっぽを振ってくれたみたいに見えて、ついふふっと笑ってしまった。


「あの、なにか……?」

「なんでもないですよ。さ、行きましょう」


 グリップのついたワゴンの取っ手を握ろうと手を伸ばす。

 でもわたしが取っ手に触れる前に、ハルさんがわたしの手首をぱっとつかんだ。


 ハルさんは線も声も細いのに、手は大きくて、熱くて。


「あっ、急にすみませんっ」


 一瞬でわたしから離れていったはずの熱がいつまでも手首に残った気がした。


 大きな心音も遅れてやってくる。


「あ……の、僕が押します」


 ぱっとわたしに背を向けたハルさんの首も耳も赤くて、それを目にしたわたしにも色がうつる。


 自分の心臓の速さにとまどって、わたしは目をしばたいた。

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