40,投票結果
生徒全員が投票箱に用紙を入れ終えた。
いよいよ開票だ。
教壇に立つムラタがホワイトボードに文字を書く。
投票結果、男子の部と。
女子が入れた投票箱がひっくり返され、教壇机の上に投票用紙が広がった。
ムラタが名前を読み上げながら、ボードに正の字を書いていく。
「レン」
「レン」
「レン」
ムラタは用紙を確認し、同じ名前を繰り返す。前回は、そこそこ票が割れ、いま司会をしているムラタの票も多かったのだが、今回は違った。レンの名前一色だったのだ。
結局女子生徒全員の十五票すべてがレンに入れられていた。
もしかして……。
私は隣のマリを見る。
マリは私の視線に気づくと、右手でピースサインを送ってきた。
やっぱりだ。
票をそろえたんだ。
でも……。
まあ、票をそろえなくても、レンの一位は当然だろう。前回も文句なしの一位だし、実際に人気ナンバーワンなのは間違いないし……。
それにしても、ホワイトボードに書かれている結果を見て、ムラタは少し落ち込んでいるようすだった。
そりゃそうだ。人気男子のはずが、一票も取れずじまいだったんだから
あとでムラタに教えてあげなきゃ。女子の票はマリが仕組んだものだと……。
やや意気消沈しているムラタはそれでも開票作業を続けていく。
男子の次は、女子の一位を決める番となった。
ホワイトボードに女子の部と書かれる。
男子のときと同じように、開票箱から投票用紙が広げられる。
「ミチカ」
ムラタの第一声が教室に響いた。
「ミチカ」
「ミチカ」
ミチカの名前が続く。
やっぱりだ。
当然といえば当然の結果だ。誰がどう見ても女子人気ナンバーワンはミチカなんだし……。
そう思っている時だった。
ムラタの口からミチカ以外の名前が呼ばれた。
「アオイ」
えっ、私に入れてくれている人、いるんだ。
でも、そう言えば、前回も一票だけ私に入ったのよね。また、前回入れてくれた誰かが入れてくれたんだろうか。
「アオイ」
えっ?
まただ。また私の名前が……。
「ミチカ」
「アオイ」
「アオイ」
ホワイトボードには、ミチカと私の名前だけが並び、その下に正の字が書かれている。
お互い、七票で並んでいる。
男子生徒の数は合計で十五名。
算数の苦手な私にもわかる。
次が最後の票だ。
つまり、次の票で私とミチカのどちらが一位なのか決まるということだ。
私は、ちらっとミチカを見た。
ミチカは無表情で前を向いたままだ。
けれど、私にはわかる。
ミチカは負けず嫌いで有名な子だ。だからこそ、魔法も勉強もいつも一番だったのだ。内心、穏やかであるはずがない。
ムラタが最後の票を手に取る。
そしてその票の中身を確認した。
生徒たちは、じっとその結果を待つ。張り詰めた時間が流れた。
その緊張の糸を切るようにムラタが声をあげた。
「アオイ」
ムラタは間違いなくそう言ったのだ。
最後の一票は私に入れられていたのだ。
「おおっ! 今回はアオイが一位なんだ」
「やっぱりか。僕もそんな気がしていたんだ」
そんな声がクラス中でもれ聞こえてきた。
ただ、そんな中、一人の生徒がおもむろに椅子から立ち上がった。
そして、声を張り上げ、こんなことを言ってきた。
「こんなのインチキよ!」
そう声をあげているのは、ミチカの親友であるミドリだった。
「こんな結果、認められないわ! ミチカがアオイなんかに負けるわけないじゃないの!」
みんなはミドリの迫力に押されているのか、何も声を出せずにいる。
「アオイ、あなたは誰のおかげで特待生に推薦されているかわかっているの! ミチカが、アオイのことを思って特待生を辞退したからなのよ!」
ミドリの声は続く。
「そんなミチカをあなたは足蹴にするつもりなの! 辞退しなさい! こんなでたらめな投票結果、今すぐに辞退して一位をミチカにゆずりなさい!」
ミドリの声が教室中に響き渡る中、別の一人の生徒が椅子から立ち上がった。
クラスの全員がその生徒に注目した。
立ち上がったのがミチカだったからだ。
ミチカは静かにこう言った。
「やめて、ミドリ」
ミチカは自分の席から離れると、口を真一文字にしながら私に視線を向けた。
ミチカも、今回の結果には納得がいっていないのだろう。
前回一票しか入っていない私が、いきなり一位になったのだから。
私と目が合ったミチカは自分の席を離れ、こともあろうか私の席へと近づいてくる。
私は訳も分からず、とりあえず自分の席から立ち上がった。
ミチカは私の目の前まで来ると、ピタッと足をとめた。
そして整った美しい顔を向けてこんなことを言ってきた。
「アオイ、今回は負けを認めるわ。でもね……」
ミチカの鋭い目が私にささる。
「でもね、私、あなたには負けるつもりはないから。魔法でも負けないし、魔法以外のことでも負けないから」
ミチカの目がほんのわずかレンに向けられた気がした。
「私だって……」
そんなミチカに対し、私も答える。
「私だって負けるつもりはないから。大好きな魔法、絶対に誰にも負けないから」
「そう言ってくれるとうれしいわ」
ミチカの整った顔がやさしい顔に変わった。
そして、スッと右手を差し出しながらこんなことを言ってきた。
「私たち、仲のいい友だちになれそうな気がするわ。これからもよろしくね」
私は差し出された右手に自分の手を合わせ、ミチカとしっかり握手をする。
「こちらこそ、よろしく」
そんな私たちを、クラス中の生徒たちがうれしそうな顔で見つめていた。教室に温かい空気が流れている中、生徒の一人が拍手をしはじめた。その拍手が水面に広がっていく波紋のようにどんどんと伝わっていく。気がつけばクラス中の生徒が拍手をし、そのうずの中心に私とミチカがいたのだった。
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