31,お弁当

 最悪だった。

 レンが内緒で私の投票した紙を見ていたなんて。

 もう二度とレンとは口をきかない。そう決心するくらい腹が立った。

 朝、一人しかいない部屋で目を覚ます。このままずっと寝ていたい誘惑を振り払い、布団から飛び出る。冷蔵庫から食パンを一枚取り出し、トースターに入れる。その間に小さなフライパンに油をひき、目玉焼きをつくる。

 もうすぐ食パンと卵がなくなってしまう。買いに行かなければいけないな。

 そんなことを考えているうちに目玉焼きが完成し、お皿に乗せた。

 おばあちゃん、はやく退院して戻ってきてほしい。

 一人で食パンを口にほおばっていると、急に心細くなってきた。

 今日は、どうしたらいいんだろう。

 まずは、朝だ。

 昨日、レンには今日から一人で登校するなんて言ってしまった。

 でも……。

 そんな簡単なわけにはいかないんだよね。

 まずは、お弁当問題。

 おばあちゃんが入院してから、ありがたいことにお弁当はレンのお母さんが作ってくれている。

 レンのお母さんのお弁当、色とりどりでおばあちゃんが作るものよりずっと品数も多くて美味しい。きっと、朝早く起きて作ってくれているに違いない。

 そんなお弁当をもういらないなんて言えるはずもない。

 これだけおばさんにお世話になっていて、その気持を裏切るようなことはできない。

 それに、実際にお弁当がなければ困るのは私だし……。コンビニでお弁当を買うにもお金がないし……。

 そんなことを考えていると、ますます情けない気持ちになってくる。

 学校、休みたいな……。

 でも、せっかく高い授業料を払ってもらっているのに、学校に行かないなんておばあちゃんに申し訳ない。大好きな魔法、続けたいもん。

 朝ごはんを食べ終えた私は、食パンが乗っていたお皿を洗い終えるとランドセルを持った。そのまま玄関に向かい外に出る。いつもの通り、元気を出すために階段を浮遊術で飛び降り魔法学校へと向かう。

 昨日レンに一人で行くと宣言したのだから、このまま何も考えずに一人で学校に向かおう。

 そう思って集合住宅の敷地を出た時だった。

「アオイちゃん」

 そう声をかけてくる人がいた。

 この声、聞き間違えるわけがない。

 私は、声のする方へと振り向く。

 そこにはぽつんとレンが一人で立っていた。

「昨日言ったでしょ。今日から私は一人で学校に行くんだって」

 私は、不機嫌そうに言った。

「うん、わかっている」

 レンはそう言うと手に持っている物を差し出した。

「お母さんに、これだけは渡してきなさいと言われたから」

 レンが持っているものは、やはりあれだった。どうしたらいいかわからなくなっていたお弁当がそこにあったのだ。

 おばさん、やっぱり作ってくれたんだ。

 でも、このお弁当、受け取っていいものかどうかわからない。

 私が立ちつくしていると、レンが近寄りこう言った。

「アオイちゃん、ごめん。投票の紙、もう絶対に見ないから。だから、これだけは受け取って」

 差し出されたお弁当を私は無言で受け取った。そしてひっくり返らないようにランドセルの底に丁寧に入れた。

 本当は、ありがとうとお礼を言わなければいけないんだろうけど、言葉を出す気持ちになれない。

「アオイちゃん、前回、勝手にアオイちゃんの用紙を見てしまったから、僕も誰に入れたのかアオイちゃんに伝えてもいい?」

「別に、レンが誰に入れようが、興味がない」

 どうせ、大好きなミチカに入れたに違いないし。

 これ以上、私を嫌な気持ちにさせないで。

 心のなかでそうつぶやいたが、レンはお構いなしに話を続けた。

「僕が入れたのは……」

「聞きたくない!」

 私は大きな声を出し、レンの言葉をさえぎった。

「レンが誰に入れたかなんて、興味ない。だから、そんな話、私にしないで!」

「……」

 レンは私の迫力に押されたのか、言葉を止めてじっとしていた。そして私からすっと距離を取り、そのまま一人で学校へと歩きはじめた。

 お弁当の入ったランドセルを背負いながら、私はしばらくレンの歩く後ろ姿を眺めていたのだった。

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