32,クラス投票前日

「ねえ、明日のクラス投票、誰に入れるつもり?」

 休み時間、隣の席のマリが聞いてきた。

「別に、決めていない。というか、白紙で出そうかなと思っている」

 私は、ぼんやりとそう答える。

 頭の中は、まだレンに裏切られた気持ちでいっぱいだ。

「白紙なんて駄目だよ。絶対に誰かに入れないといけないルールなんだから」

「わかってる」

 そう言ってから私はとてつもない秘密をもらすように声をひそめた。

「でもね、マリ、私たちの投票をあとから見ている人がいるんだよ。誰が誰に入れたか調べている人がいるんだから」

 よほど、レンの個人名を出して話そうかと思ったが、なんとか踏みとどまった。

 とんでもない秘密を話したので、さぞマリが驚くかと思えば、そうでもなかった。

 驚くかわりに、こんなことを言ってきた。

「ああ、そのこと? 投票用紙の文字を見て、誰が誰に入れたかってやつよね」

「マリも知ってたの? そんなひどいことしているなんて、マリは許せるの?」

「許すも許さないも、私もやっているし」

 マリは平然としている。

「そんなこと、みんなやっているよ。アオイは知らなかったの?」

 み、みんなやっている?

 ど、どういうこと?

「そうなの? みんなやっているの?」

「うん。まあ、みんなではないか。アオイはこのこと、知らなかったんだもんね」

 マリは話を続けた。

「確か……、アオイは前回ムラタ君に入れたんだよね」

 知られてしまっている。

 みんな、私が誰に入れたか知っているんだ。

「あれから、ムラタ君、かなりアオイのことを意識しているよ。あの日から、アオイを見る目が違うから」

「えっ? ムラタ君自身も、私が誰に入れたか知っているの?」

「当然よ。ムラタ君、今回もアオイは自分に入れてくれると思っているよ」

 そんな……。

 前回はレンの一位を阻止しようと、二番人気のムラタに入れただけなのに。私、ムラタのこと、別に何とも思っていないし。なのに、みんなの中では、私の好きな男の子がムラタだと思われているの?

「で、アオイは誰に入れるの? 今年もムラタ君? それとも、一番人気のレン君?」

「ああ、レン君には絶対に入れない」

 私は反射的に答える。そしてなぜかこう言った。

「今年もムラタ君に入れようかな」

「ムラタ君ね。やっぱりそうなのね」

 マリはしたり顔でそんなことを言う。

「なんなの? 私が誰に入れようが、そんなのあまり関係ないんじゃないの? 別に今回もレン君とミチカが選ばれるわけでしょ」

「それが、そうとも限らないのよ」

「そうとも限らない?」

「そう。事前調査の一番人気、誰だか知っている?」

「さあ……」

「あなたよ、アオイ」

「ええ?」

「今回の一位予想はアオイなのよ」

「ど、どうして?」

 マリもひどい冗談を言うものだ。そんなこと、ありえるわけがない。何しろ私は前回、一票しか入らなかったんだから。たったの一票だけ。そんな私が、今回一位候補だなんて、ありえない。

「からかわないでくれる」

 不服そうに私はマリに訴えた。

 しかし、マリは同じことを言った。

「本当に一位予想はアオイなのよ。男子ども、あなたの雷魔法でみんなやられてしまっているみたいよ」

「……」

「で、男子を誰に選ぶかで、女子の間ではもめているのよ」

「もめている……」

「アオイと誰が魔法のじゅうたんに乗るべきかで、二つの意見があるの」

 マリは楽しそうに続ける。

「いつも一緒にいるレン君か、アオイが前回投票したムラタ君かで、みんなの意見が割れているの」

 割れているって、もしかして……。

「でも、今アオイの話を聞いてよくわかったわ。アオイはムラタ君に選ばれてほしいんだよね。女子みんなにそう言っておくから安心してね」

 安心してねって。

 もしかして……。

 みんな、事前に票を合わそうとしているの?

 私はがく然としてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る