4,助言
放課後、トノザキ先生に呼び出された私は、職員室へと向かっていた。廊下を歩く生徒たちの声がどこか非現実的な音に聞こえてくる。
もうここは、私の居場所ではないんだ。
そんな気持ちが湧いてくる。
「失礼します」
職員室の扉を開くと、すぐに手を上げてこちらにと合図する人がいた。
トノザキ先生だ。
かっこよくて、それでいて真っ直ぐな先生。私の中の順位では、第二位の男の人だ。
先生と別れるのも、正直つらい。
でも、仕方がない。魔法学校は私の身の丈に合っていなかったんだ。授業料も払えないような私が、ここに残っていい訳がない。
「アオイ、こっちに座れ」
先生は自分の椅子の横に、新たな椅子を置き、そこに私を座らせた。
情熱的でそれでいて繊細さもあわせ持った先生の顔が私に向く。
「アオイ、どうしたんだ? 急に学校をやめるなんて言い出して」
「……」
「しかも、授業中にみんなの前で発表するなんてどうかしているぞ」
先生はそう言ってから人差し指で軽く机の上を叩きはじめた。
「もちろん、冗談なんだろ。やめるなんて」
「いえ、冗談ではありません。もう決心しました」
「どうしてだ?」
「……」
「どうしてやめようなんて思っているんだ?」
「それは……」
私は先生から目をそらした。
「もう魔法の世界から離れたくなったからです。私、魔法が嫌いで嫌いでたまらないんです」
先生はその場でふっとため息をついた。机をたたく指が止まった。
「うそをつけ。アオイは誰よりも魔法が好きだったはずだ。授業中の態度を見ていれば分かる。一般教養の授業はからきしだが、魔法の授業だけはいつも目を輝かせているじゃないか。そんなお前が魔法を嫌いになっただなんて、そんな話、信じられるわけないだろ」
「本当です。もう普通の女の子に戻りたいんです」
先生は何かを考え込むようにしばらくの間だまっていた。沈黙が続くと、どこからか不安な気持ちが襲ってくる。
「アオイ、本当の理由を教えてくれないか? 先生を信用してほしい。私はキミの魔法使いとしての才能を買っているんだ。このままあきらめるなんてもったいないぞ」
私の才能を買っている?
私に才能なんてあるの?
「先生は、私の成績をよく知っていてそんな見え透いたことを言うのですか?」
「ああそうだ。アオイには魔法の才能がある」
「私、いつも下から数えたほうが早い成績ですよ」
「わかっている。でもそれは一般教養も入れての成績だ。魔法だけならもっと上だろ」
「上と言っても、平均より少し高いだけです。ミチカにはぜんぜん敵いません」
「アオイ、キミは間違いなく魔法の才能を持っている。多くの生徒を見てきた私だからいえるんだ。キミは魔法が大好きだろ。誰にも負けないくらい魔法が好きだろ。それが才能なんだ。それが魔法にはいちばん大切なことなんだ」
ああ、この手の話ね。好きこそものの上手なれというやつだ。でも私は知っている。好きだからといって、何もかもが上手くいくわけではないことを。その疑問を先生にぶつけてみた。
「好きだけでは決して超えられないものもあると思います。いくら好きでも才能がなければ聖女にはなれないと思います」
「聖女か……」
先生はそうつぶやいてから続けた。
「アオイ、キミは聖女になれるかもしれない逸材だと私は思っている。だから、もうちょっと頑張ってみろ。今からだ。キミが伸びるのは今からなんだ」
トノザキ先生、何を言っているのだろう。
私が聖女になんかなれるわけないでしょ。聖女は、魔法界の頂点よ。
学年でも目立たない成績の私が、魔法コンクールにも出場できない私が、聖女になれるかもしれないだなんて……。
いくら引き止めるためだといっても、言い過ぎよ。
でも、先生、真剣な表情でそんなことを話しているんだよね。ちょっとうれしい。
「アオイ、来月の魔法実技試験に参加しろ」
突然先生はそんなことを言ってきた。
「そこで一位になったら、君を特待生に推薦できる」
「特待生?」
「そうだ」
先生は私から視線を外して言った。
「特待生になれば、授業料が免除されるんだ」
授業料が免除される……。
先生、知っていたんだ。私が学校をやめる理由を。
「どうだアオイ、魔法実技試験を受けてみろ。やめる話はその結果をみて考えよう」
「……はい」
気がつけば私は、小さくそう返事をしていたのだった。
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