第4話 救えたはずの命

 今や「対転生者特別防衛機関」通称「転生者殺し」は世界でも有数の大組織となっている。何しろ本部だけでもグラス・ネウラを用いた輸送機や、さらにその上位種「ギガス・ネウラ」を運用する唯一の組織で、異世界から伝わったとされる「銃火器」を中心に様々なテクノロジーを結集させている。さらにより精密な検査や新技術の開発を行うため、別の組織を立ち上げている。それが「対転生者特別防衛機関 総合研究所」、通称「総研」である。


「ふー・・・・・・・・」


「お疲れ様です」


 その総研の一室から出てきた六花は決して少なくない汗をかいて、近くに設けられたソファに倒れ込むように寝転がった。


 そのそばに飲み物を持ったロゼが座った。エルカク湖の調査があらかた済んだので一度総研を訪れたのだが、その時点でまだベニダイショウの卵の解凍作業を行っていたのだ。夜通し作業を行っていた六花にねぎらいの言葉をかける。


「いかがでしたか、六花隊長」


「ダメだった」


 六花は左腕を目の上に乗せながら返した。その頬を一筋の雫が伝う。


「やっぱり4個のうち2個が既にダメになってて、もう1個は解凍に失敗したわ。どうにか最後の1個は無事に出来たけど、予断を許さない状況だって」


 震える声で噛みしめるように話す六花。


「“深冷氷結”での凍結は完璧だった。だけどその後の解凍作業で上手くいかなかった」


「ああ・・・・・・・ですものね・・・・・・」


「あたしは、悔しくて仕方が無い。救える命があったなら、それを救えなきゃいけないのに・・・・・」


「救える命・・・・・・ですか。そう言えば今、件のベニダイショウは医療用プールで療養中だそうです。幸い症状は軽く快方に向かっているようですが」


「そう、よかった・・・・・・・」


 六花は涙を拭うと起き上がり、ロゼから飲み物を受け取ってストローに口を付けた。水分補給を行う六花に、ロゼはある疑問をぶつける。


「ところで、今回の任務に“転生者”が関わっている可能性があるとおっしゃっていたみたいですが、本当ですか?」


「うん。その可能性が高いわ」


 落ち着きを取り戻した六花は、マップを開きながらロゼに語る。


「ネオジム樹海はまだ未開拓のところが多いの。今わかっているだけでもこのエルカク湖周辺がベニダイショウの縄張りだし、それより外側もやっぱり他の魔獣の縄張りになってる。そしてその先の水源は当然だけど人の手が入っていない。つまりエルカク湖よりも先に立ち入るのは、“現世人”では容易じゃ無いわ」


 六花の言った「現世人」は元々この世界に住んでいる人間の総称で、「天界」に住んでいる人間はもちろんのこと、エルフやドヴェルグ、悪魔や竜人、龍人などの魔族も含む。


 そして「異世界人」はその名の通り、別の世界からやってきた人間の事だ。「転生者」とも呼ばれ、現世人を圧倒的に凌駕する「ステータス」や誰にも持ち得ない固有の「スキル」を持っていたりする彼らは、「アモール教」を中心にかつては「異世界の英雄」として大層崇められていたが、彼女ら「対転生者特別防衛機関」の尽力によってその脅威が白昼の元に晒され、今では従来通りの「英雄」として見るものと、災厄を招く「余所者」として見るものの二極化している。


 しかしそのような強大な力持つからこそ、六花はそのことを懸念していた。


「この先の水源をどうにか出来るような存在が居るとすれば、それは“転生者”だと考えるのが妥当よ」


「なぜ“転生者”が水源に手を加えたのか・・・・・・・・それを解明するにはもう少し手がかりが必要ですね」


 そう言うとロゼは立ち上がって六花の腕を肩に回した。


「ロゼちゃん、な、なに?」


「隊長。あなた相当スタミナを消費しているはずですよ。扱い慣れない「炎」を長時間使っているのですから。それに殆ど寝ていないはずです」


「う・・・・・・・・・」


 ロゼの言うとおり、六花は利き手でない方の作業を夜通し行っていたせいで気力が摩耗しており、さらに調査が始まってから直接研究所に来て、そのまま作業をしていた所為でロクに眠れていない。事実もうふらふらになっていた。


「確か今日はシノ第三作戦部隊隊長様の湯浴みの日のハズです。ご一緒されてはいかがでしょうか」


「うん、そうする・・・・・・・」


 もう半ば眠り始めて居る六花。その様子を見てロゼは微かに微笑んでいた。


「(・・・・・・・・・無理押してでも通そうとするところも、お父様そっくりですね)」

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