第2話 樹海と紅大将
エミリアから命を受けた数日後、六花達は「バイメタル地方」を訪れていた。六花を含む数人のグループはこの地方の町の一つ「クロム」、そしてもう一つのグループは森林地帯「ネオジム樹海」を訪れていた。
ネオジム樹海には二つの人影があった。一人は「スノードリフト」、もう一人の男は「アイビス」という。
コードネーム「スノードリフト」は六花よりも頭一つ分ほど大きい青年だった。膝丈ほどもあるファーをあしらったフードの付いたダウンジャケットを被り、更にガスマスクを付けている。その白い髪とガスマスクのゴーグル越しに覗く瞳は赤い。
そしてもう一人の「アイビス」は全身を重厚な鎧で覆っており、その鎧の節々からは怪しげな赤紫色の光が漏れ出ている。その体躯は2メートルほどもあり、比較的低身長の多い第一作戦部隊の中では頭三つ分ほどもの大きな体格が余計に際立って見える。
そして男とは言ったが、実のところ彼に性別という概念は存在していなかった。耳を澄ませるとフォンフォンフォン・・・・・・という形容しがたい音が聞こえてくる。
二人は涸れた川沿いに水源に進んでおり、スノードリフトは川の外を、アイビスは「アルゴン川」の中を歩いていた。と言っても水は流れておらず、土壌に残った水分を含んだ泥をかき分けている状態だが。
「どうだ?何か見つかったか?」
『現状、リアルタイムスキャンをかけているが、不自然なものは見当たらない。上流にて何者かが該当河川を遮断したことが原因と推測する』
「こちらも特に問題は無い。」
それだけ交わすと、両者は再び黙り込む。スノードリフトのザクザクと土を踏む音とアイビスのガションガションという機械的な音がしばし鳴り続ける。
しばらくすると、両者が同時に暗がりの方を向き、臨戦態勢をとった。スノードリフトはアサルトライフルを構え、アイビスは右腕を単発式ライフルへ換装する。
「・・・・・・・・居るな。」
『生体反応を検知した。臨戦態勢に移行する』
二人が見ている方向から、シュルシュルと紅くて長い何かが這いずってくる。頭部だけで50センチは超える大きさ、さらにその胴体は数十倍も長く、その背中側が紅い鱗に覆われた大蛇。この樹海で確認されている魔獣「
『本ミッションにて遭遇を危惧していた“ベニダイショウ”と遭遇。可能であれば撤退を推奨する』
「お相手さんは許してはくれないだろうけどな。」
『であれば、該当因子の行動抑制を提案する』
「いちいち提案しなくて良い。」
そう言って、スノードリフトはドドドドドッ!!とベニダイショウに向けて発砲する。が、それはずるりと一瞬で後ずさり避けられてしまう。
「この野郎が。」
そう言って掌の中に青白い光を発生させる。が、
『当個体は討伐対象では無い。殺傷攻撃は推奨しない』
「チッ」
パァン、パァン!と単発式ライフルを唸らせるアイビスに諭され、スノードリフトは舌打ちをする。
その間にもベニダイショウは暗がりへ消えてしまった。逃げたわけでは無い。
『周囲を高速で旋回する生体反応を検知。目標は奇襲戦法を採ろうとしていると予測する』
「それはわかってる。だが今日はエイムが冴えない。」
マガジンを装填し直し、スノードリフトは耳を済ませる。すると頭上からズザザザザッ、と音が聞こえ、すかさずその場から飛び退いた。
「カァアアアアアアアッ!!」
『!!』
しかし、狙ったのはスノードリフトではなく、足場の悪いところにいたアイビスだった。彼に頭からかぶりつき、更に長い体を彼に巻き付け凄まじい力で締め上げ。それに対してアイビスは、
『コードネーム:スノードリフト。当機体を囮に用い、麻酔弾による目標の沈静化を推奨する』
「言われなくてもわかってる。」
締め上げられているのにもかかわらず、苦しむどころか淡々とスノードリフトに話しかけていた。スノードリフトはベニダイショウの頭部に照準を合わせ、ダダダダダッ!!とアサルトライフルを唸らせた。
「ガッ・・・・・・・・」
アイビスの鎧の隙間に牙を引っかけてしまったために、逃れようにも身動きの取れないベニダイショウ。やがて全身から力が抜け、ずるりと横倒しになる。
「ほれ、これで出られるだろ。」
『感謝する。しかし、当個体のバイタルチェックを行うため、現状この状態の維持を要請する』
「そうかよ。」
一度ベニダイショウの顎にかけた手を離し、その場から離れるスノードリフト。大きく開かれたベニダイショウの口の中で、ピーッ、という奇妙な音が鳴り響き、鱗に覆われた皮膚を通して紫色の光が仄かに光る。
やがて光と音が消えると、のそのそとアイビスがベニダイショウの口の中から出てきた。
『生体スキャン完了。分析結果、過度のストレスと若干の飢餓・脱水症状が見られる』
「ああ。言われてみれば結構鱗がガサガサだな」
スノードリフトは手袋を取り、目の前で眠るベニダイショウの表皮を撫でた。一般人の目にはわからないが、表皮の潤いがかなり失われている。
「表皮の水分が失われている。随分長いこと水に浸かっていないようだ。」
『ベニダイショウは主に沼地や湖畔などの水中を住処としている魔獣だ。故に彼らは乾燥を嫌う。恐らくこのストレス反応は水辺を離れた事による乾燥と、イレギュラーな状況下での活動を余儀なくされていることに起因すると推測される』
「でもコイツらって自分が浸かれるぐらいの高さの水があれば良かったんじゃないか?」
『その知識については肯定する。ただし現状を見る限り最低限の水浴さえ行われていない可能性がある。当機体は、当個体の住処とされる水源が枯渇状態である可能性を指摘する』
「仕方が無い。もうちょっと先へ進むか。」
そしてアイビスがベニダイショウから脱出し、何事も無かったかのようにぬかるみを歩き始めた。
『それでは、当機体はネオジム樹海の調査を再開する』
「僕たちの考えが当たらないと良いけどな。」
一方で六花たちは上流に近い町「クロム」を訪れていた。ただ町と言っても六花達が居るのは人通りの多い町中では無く、最も被害を被っている畑周辺での調査を行っていた。実際に町を縦断しているアルゴン川の中に入ってその水深を測ったり、装置を使って成分を分析したりして、その実態を記録に残していくのだ。
なのだが。
「これ、川だったのよね?」
「そうですね。実際にここに水が流れた跡が残っています」
六花達は本来水が流れているはずの溝に脚を踏み入れていた。水かさを測るどころか、ただ地面がやや湿っている程度でしかなかった。
「具合を見るに、恐らく数日前から徐々に水量が減っていき、今日の段階では見る影も無い状態にまで悪化しているのでしょう」
そう言って溝の壁を注意深く観察しているのは、桃色のつややかな髪を腰まで伸ばしている少女だった。白のワンピースを基調に桜を思わせる装飾を至る所にちりばめており、肌は年頃の少女と比べると輪を掛けて白く、そして耳がとがっている。華やかで華奢な印象の容姿に反して、目つきはダウナーな雰囲気を醸し出している。
彼女は「ロゼ」。ハーフエルフの少女で、六花が取り仕切る「第一作戦部隊」の一員であり、同時に「対転生者特別防衛機関 総合研究所」の研究員でもある。
「見ただけでわかるの。凄いね」
「私のものはただの模倣です。本来のエルフであれば、当時の光景を“見る”ことが出来るそうですから」
そう言ってロゼは他のところで作業をしている者に声を掛けた。
「どうです?この辺りの土壌に汚染は見られましたか?」
「いえ、土壌の方に不自然な残留魔力その他諸々は確認されませんでした。ロゼ魔導兵長」
「そうですか。そうなると単純に水量が低下していっただけのようですね」
ロゼが彼女の部下達と話していると、遠くから男の声が聞こえてきた。
「“転生者殺し”の皆様!お疲れ様です~!」
「町長様」
六花はやってきた小太りの男性の元にひとっ飛びで駆けつける。
「いやぁ、本当にありがとうございます~。何か見つかったでしょうか?」
「そうですね・・・・・我々が調査をした限りでは不自然に汚染されている様子などは無さそうです。なぜ川がせき止められているのかを調査しさえすれば、原因は解明できるのでは無いかと思われます」
「そうですか~。しかし水源の調査となると、あの樹海を進まなければなりませんから・・・・・」
「その点は問題御座いません」
町長は困ったように首をかしげるが、六花は至って冷静に返した。
「彼らならベニダイショウ“程度”に負けることなどありません」
「おお~!なんとも頼もしいですね~!その勢いで、パパッと解決してください!」
「(・・・・・・・何なの、この親父・・・・・)」
六花は心の中で毒づいていた。話している感じ一見気さくな感じの人間だが、どうも胡散臭い感じがしてしょうが無い。どうにも調子が良いというか、言葉に重みが無いというか・・・・少なくとも六花は信頼できそうに無いと判断していた。
すると、ポケットに入れていた通信端末が通信をキャッチした。
「あ、すみません。部下から連絡が入ったみたいです」
「あ、ど~ぞど~ぞ!よろしくお願いします!」
わざとらしい言葉遣いをする町長に背を向けて、六花は通信端末を耳元にかざす。
「はい、あたし。どうだった?——————ベニダイショウが、そう。——————ああ、やっぱりそうだったんだね。わかったわ。すぐにそっちに行く」
「どうなさったんですか?」
浮かない顔で通話を切った六花。ただならぬ様子に町長は心配そうに話しかける。
「これからネオジム樹海に行きます。私の部下が何か見つけたようです」
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