第41話

 「おはようございます。今日は宜しくお願いします」


 現地にて。

 なっちゃんがそう挨拶をした。

 あたしもそれに倣って頭を下げる。

 鬱蒼とした木々が生い茂る山。

 そんな山を背に、腰の曲がったゴブリン族のおばあさんがニコニコと挨拶を返してきた。


 「はい、おはよう。

 今日はありがとうねぇ。

 まさかこんな可愛らしい娘さん達が来るなんてねぇ」


 のんびり言いつつ、おばあさんは挨拶と一緒にお礼も言ってくる。

 まだ早い気がするんだけどなあ。


 「へぇ、旦那さんのためなんですね」


 「えぇえぇ、そうなの~」


 山道を登りながら、あたし達に護衛依頼を出してきたおばあさんから聞いたところによると、毎年この時期に亡くなった旦那さんの遺影に、この山で採ってきた幸を天麩羅にしてお供えしているらしい。

 いつもなら猟友会の方に頼んで、猟手ハンターさんを手配してもらっているらしい。

 でも、今回は色々運が悪く誰も来られないとなり、猟友会から冒険者ギルドへ依頼の打診があったらしい。

 でも、なんであたし達?

 そう疑問も尽きなかった。

 ギルドの方もその辺は把握していなかったので、もし知りたいなら依頼主に確認してほしいと言われていた。

 なので、聞いてみた。


 「あなた達を選んだわけ?」


 腰が曲がりながらも、あと失礼かもしれないが細い小枝のようにすぐ折れてしまいそうな皮と骨ばかりの体にも関わらず、おばあさんは息をあがらせることなく、山道を悠々と歩いていく。

 このおばあさん、あたし達より体力あるな。

 そのおばあさんの先には、タマ達が遊びながら進んでいた。

 タマとツグミちゃんはじゃれ合いながら、ヒィはこちらを時々確認しつつ進んでいる。

 性格出るなぁ。


 「はい。自分で言うのもなんですけど、あたし達は結局学生ですし。

 なっちゃんなら名前も知られていますから、彼女だけ指名だったなら不思議でもなんでもなかったんですけど、なんであたしも指名だったのかなって」


 「えっとね。人から話を聞いてたのよ」


 「はい?」


 そこからの話を要約するとこういうことだった。

 この数ヶ月、なっちゃんと一緒に受けていた討伐依頼お仕事、その依頼主達伝手で、猟友会の方にあたし達の話が流れていたらしい。

 よく働く学生冒険者がいる。仕事も丁寧だし、なにかあったら頼むといいよ、と。

 猟友会と冒険者ギルドはそれぞれ別々の組織だし、場合によっては商売敵同士になったりもするが、大人の事情とかで別に表立って争うなんてことはなく、むしろ田舎では猟友会と冒険者ギルド、両方に登録している人も多いので持ちつ持たれつな関係だったりするらしい。

 帝都だとそういうわけにはいかないらしいが。

 まぁ、概ねこの町というか、この県ではこの二つの組織の仲は良好だった。

 そんな繋がりがあり、で、いろいろな事柄が積み重なってあたし達にお鉢が回ってきたらしい。

 いろいろな事柄というのは、まぁ、おばあさんが毎年依頼をしている猟師さんが、腰をやってしまったり、先述したように他の人が見つからなかったり、といったことだ。

 

 「自分もそうだけど、もう猟友会の知り合いも歳だからねぇ」


 少し寂しそうにおばあさんが言う。


 「そんなまだまだお若いですよ」


 「ココロの言う通りですよ。この山道を歩いてても足腰しっかりしてるし。

 正直、私たち必要なさそうですけど」


 おばあさんはニコニコしたまま、嬉しそうに返してくる。


 「あら、ありがとうねぇ。

 たしかに、あの人よりは全然若いからねぇ」


 直後、おばあさんはポロッと年齢を口にした。

 当たり前だが、ウチのばあちゃんより全然若かった。

 しかし、そうなってくると亡くなった旦那さんとは幾つ違いだったのか。


 「エルフと結婚したってことは、年の差婚だったんですか?」


 これは別に普通の質問だ。

 エルフ同士ならまだしも、異種族同士の結婚の場合、それも相手が長命あるいは短命の種族となれば、年の差婚がまぁ普通である。


 「そうなの。それでも五十年は連れ添ったの。

 二十歳の頃からだからねぇ。随分長かったけど。

 まぁ、あの人からすれば数年感覚だったと思うけど。

 こっちは初婚、向こうは何回か結婚歴があったからいつでもリードされてたっけね」


 え、それって。

 あたしは思わず聞いてみた。


 「旦那さんからすると、最後の相手だったんですか?」


 「まーねぇ。こっちも貰い手が無くて向こうは看取る相手を探してたってことで利害が一致して」


 読者諸君。

 気づいただろうか?

 そう、このおばあさんと亡くなった旦那さんの結婚は、決して恋愛結婚なんかでは無かったのだ。

 なんのこっちゃ、という人のために一応説明するが。

 生々しい話になるが、これは、つまり介護等、旦那さんが自分の面倒を見させるために若い娘を嫁にしたということだ。

 そして、おばあさんが言った貰い手が無くて、という言葉。

 ゴブリンの寿命は、人間と同じか少し短いくらいが平均的だ。

 おばあさんの外見から判断するに、八十歳前後か。

 二十歳から七十歳までの五十年連れ添ったのだから、人生をその旦那さんの介護のために消費したと言っても良いだろう。

 時代もあったんだと思う。

 未だに女は嫁いで、結婚してなんぼ。

 そして、子供を産んで育てて、嫁ぎ先の家に、旦那に尽くす。そうすれば、それだけで幸せだ、という考えがある程だ。

 もちろん、現代ではそれをしないという選択肢だって認められつつある。


 だけれど、その考えが普通だとして言い聞かされ育ってきた世代は違う。

 ましてや、おばあさんが若い頃なんてそれが普通のだったはずだ。


 あたしが余程変な顔をしていたのか、それで察したようで。


 「たしかに利害が一致しての結婚だったけれど、でもそこそこ楽しい時間だった」

 

 そうおばあさんは言った。

 続いて、子宝にも恵まれたしね、とも。

 人の幸せはそれぞれ、ということだろうか。

 子供を作ったのであれば、ただの介護要因というわけでもなかったのだろう。


 ちなみに、ウチのばあちゃんとじいちゃんは恋愛結婚らしい。

 詳しくは知らない。

 ばあちゃんの方が数百年単位で年上なので、姉さん女房だ。

 決してばあちゃんがショタコンというわけではない。

 同じように、このゴブリンおばあさんの亡くなった旦那さんがロリコンというわけでもない。

 これ、一般のヒトは勘違いしてるから念の為。

 あと、エルフもそうだが、長命短命種族の夫婦や恋人の組み合わせを、ロリだのショタだの児童婚だのと言ってからかうのは常識を疑われるので、やめた方がいい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る