第3話 リベンジ・ウェディング

 響香の高校と涼夏の高校は、かなりの実力差がありながら、時折交流試合を行う間柄だった。響香のクラスメイトに引退したばかりのバドミントン部員がいたため、情報収集は割合スムーズに進んだ。


 涼夏の言っていた、優花先輩を見つけたのは、調査を始めて五日後のことだった。響香は授業が終わると急いで学校を出て、涼夏の高校付近を監視していた。

 

 優花は五人ほどのグループで歩道を塞ぐようにして歩きながら、どこかのコーヒーショップで買ったカップを手に、ゲラゲラと笑っていた。遠目から見るだけでも、優花があのグループのリーダー格であることは明らかだった。背中には、バドミントンのラケットを背負っていた。


 人を死に追いやっておきながら、平然と談笑している優花を見て、響香は全身がわなわなと震えた。

 妹にだって、そうやって友達と楽しむ時間があったはずなのに。第一志望の高校に入学できて、心の底から幸せそうな顔をしていたのに。


 いつもは家族のムードメーカーなのに、あの日涼夏は視線を落として言ったのだ。「やっぱり強豪校って、甘くはないんだね」って。

 そうじゃない。涼夏の実力で十分通用する世界だった。でもそれをぶち壊す、卑劣な人間によって、涼夏の世界が歪んで見えてしまっただけなんだ。


 結局響香は、涼夏がされたのと同じことをして返してやった。


 優花に関する適当な悪い噂をいくつもでっち上げ、大々的に流したのだ。響香のクラスメイトに優花の噂を吹き込み、そこから彼女の後輩へ流し、交流試合の日に優花の学校にも知れ渡るように仕組んだ。優花の取り巻きも優花に対して思う所はあったようで、交流試合の度に優花がどんどん孤立しているようだ、と響香はクラスメイトから報告を受けていた。


 その後、優花が高校に行かず、近所の店や公園で時間を潰しているらしいという報告を最後に、彼女の話は全く聞かなくなった。

 涼夏の命を奪った見返りとしてはまだ軽すぎる気もしていた響香だったが、とりあえず学校という居場所を奪っただけでも、多少満足していた。



 そんな彼女の末路を知ったのは、優介のプロポーズを受け入れ、彼の実家に初めて行った時だ。

 優介の名字はどこにでもいるような名字だし、彼もプロポーズの時まで、妹がいることを明かしていなかった。それに、優介と優花は面立ちが全く似ていなかった。


 涼夏と同じセーラー服を着た優花の写真を見て、寒気がした。婚約を取り消すことも考えた。

 でも優介と出会ったのは、涼夏が呼び寄せた縁かもしれない、とも響香は考えていた。


 響香が首を吊ろうとした時、地震でやめたのも涼夏からのメッセージだ。

 だからきっと、これまでの男達とはみんな一年も続かなかったのに、優介と出会って、二年付き合った後に婚約まで辿り着いたのも、きっと涼夏からのメッセージ。


 響香はそれを、「まだ復讐が足りない」という意味だと受け取った。



 こうなったら、優花の家族ごと壊してやる。

 時間をかけて、ゆっくりと苦しめていこうじゃないの。

 涼夏に救ってもらった人生だもの。涼夏の苦しみを晴らすために、姉として全て捧げるつもり。



 だから響香は、優介との結婚を決行した。早めに子どもが欲しいという優介の話ははぐらかし、「私は今はいいかな」とか「妊娠できるか心配だから、近いうちに検査を受けてみる」などと言って、この家系を絶つように仕向けた。

 義父は嫁に無関心だし、義母は結婚後、手のひらを返したようにいびりを始めた。あぁ、優花は母親似なのだな、と響香は感じていた。


 まずは石の上にも三年。一旦は居心地の悪い義実家に慣れていった。

 でももう、三年は過ぎた。そろそろ潮時かもしれない。




 ◇◇◇




 義実家で、二日目の朝を迎えた。隣で眠っていた優介が寝ぼけ眼で響香を捉える。彼の手が伸びてきて、響香の顔を撫でた。


「おはよ。響香」


「おはよ、優介」


 この人は、自分の妹が妻の妹を殺し、妻に殺されたということを知らない。

 殺し殺された者の家族が今、新たな家族となっている。その歪んだ関係に、響香はふと笑いそうになる。


「どうした?」


 響香は顔に添えられた手を取り、一瞬握ってから、優介の布団の中にそっと戻した。


「ううん。何でもないよ。私お義母さんのお手伝いしてくるから、まだ寝てなよ」


「うん……そうする」


 身支度を整えて台所に向かうと、義母は既に野菜を切っていた。


「お義母さん、おはようございます」


「朝から目障りね。私より遅くノコノコと起きてきて、良いご身分だこと」


「…………」


「何黙って突っ立ってるの? さっさとやるべきことやれば?」


「私は、あなたが目障りです」


「……は?」


「娘さん、綺麗なままのセーラー服で死ねて良かったですよね。すごく羨ましいです」


「あんた……? な、何言ってんのよ。苦しんで亡くなった可哀想な娘に向かって……何て口聞いてんのッ!!!」


 顔を真っ赤にして包丁を振り上げた義母をしばらく無言で見つめていると、彼女は響香を気味悪がったのか、静かに包丁を下ろした。しかし彼女の身体はまだ震えている。


「私に妹がいたって話、以前しましたよね。運動神経抜群で、可愛らしい妹だったんですけど……線路に身を投げて、ぐちゃぐちゃになって死んでたんですよ。お気に入りだったセーラー服、真っ赤にして。あなたの娘と同じセーラー服でしたよ。私の妹、同じ部活の優花先輩にいじめられてたみたいで。苦しんで亡くなった、可哀想な妹なんです」


 義母は何かに取り憑かれたように黙り込み、微動だにしない。


「これ以上嫁いびりを続けていたら……私、何するか分かりませんよ?」


「わ……私を、脅す気……?」


「あなたの家族丸ごと壊そうかと思ってるんですけど……まずはお義母さん、あなたからですかね?」


 響香は義母との距離を詰めて包丁を奪い取り、彼女の足を思い切り踏みつけてやったのだった。

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リベンジ・ウェディング 水無月やぎ @june_meee

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