第2話 赤いエプロン、犯人の物?

 サトルと名乗るその人物、いや見たこともない生物に名刺を渡されて僕は腰が抜けそうだった。身長は十二センチから十五センチくらい。白い三本線が入った緑色の上下のジャージを着ている。テレビで見たことのある四十代の俳優さんを混ぜた顔立ちでイケオジだ。


「ヒャッ、た、探偵ってどういう事! その前にあんた何?」

「マナト君落ち着いて下さい。校長室で紹介しようと思ったのですが───サ、サトルさんもいきなりの登場は驚くじゃありませんか」


 梅林先生はすでにこの謎の生物と面識があるのだろうか。小さいオジさんを掴んで自分の背広の胸ポケットに入れた。そこからヒョイと顔をのぞかせてサトルが身振り手振りを交えて話しかけてきた。ちゃんと聞き取れる人間のオジさんの声だ。


「驚かせて申し訳ありません。本日はマナト様が来校するという事で、校長先生に呼ばれて伺いました。スモールG探偵事務所のサトルと申します。私たち小さいオジさん族は、依頼があればどこへでも参ります。人探し、家出調査、浮気や不倫調査はもちろん、少し金額が高くなりますが、『成敗せいばい』も。今日はそのご報告に参りました」


 探偵なんだから当然の仕事内容だが、成敗ってなんだよ。そもそも僕に関係のある事だろうか。僕自身は依頼もしてなければ、初めて小さいオジさん族を知ったわけで。僕は夢を見ているのだろうか。


「マナトさま、詳細は校長室でご報告致します。ぜひ、校長室の奥の奥の部屋にお越しください。貴方様のクリームパンを盗んだ犯人もそこにいると思われます」


 そうだ! クリームパンだ。僕とした事が! 命より大事なクリームパンを一瞬忘れていた。そのくらい緑ジャージの小さいオジさんサトルとの出会いは強烈だ。僕はクリームパンを取り返せるのなら、校長室の奥の奥の部屋でもどこにでも行く覚悟があった。しかし行く前に一つだけ確認したい。

 

「そこに犯人がいるという根拠は?」

「それは、この。屋上の扉の前で拾いました。犯人は焦っていたのでしょう。ちゃんと畳んでズボンのポケットにしまったと思ったのでしょう。しかし、落としてしまった。犯人はまだこの事実に気づいてません。クリームパンが食べられてしまう前に早く問いただしましょう!」


 サトルは自分のズボンのポケットから証拠となるを広げてドヤ顔で僕に見せた。


「ちっちゃっ。小さいよ、これ。何、これエプロン? ありえないわー」


 僕はパンツと同じサイズ、いやマスクと同じサイズくらいの派手な赤いエプロンを見せられて叫び声を上げた。



□□◆


 暗い方へ、暗い方へ。校長室に入り、本棚をどかすと隠し扉があった。僕は真っ暗闇の中、梅林先生の後を着いていく。本当に犯人がいるんだろうか。


「マナト君大丈夫ですか?」

「大丈夫です。それよりこんな地下室いつからあるんですか? ここ学校ですよね。しかも公立です。あっ、地下シェルターとか。何が起きるか分からない時代ですから……」

「お仕置き部屋です!」

 

 梅林先生が僕の言葉に被せてきた。

「お、おし、おしお、お仕置き部屋って、やばいじゃないですか」

「悪い事をした人たちの成敗の場所です」

 

 たしかに僕が中学生時代、僕をいじめた奴らにお仕置きして欲しいって思った事はある。けれど教育者なる者体罰はいけないと思う。扉の向こうで泣き叫び許しをこう声が聞こえる。僕は怖くて震えてしまった。


「ぎゃ〜! 助けて下さい。もうしません。許して下さい!」


「マナトさま、気持ちをしっかり持って下さい。この部屋に貴方のクリームパンを盗んだ犯人がいます。このお仕置きタイムが終わったら食べようと隠しているのでしょう。彼は小さいオジさん族の中でも鼻が効きます。甘い物が大好物です」

「小さいオジさんって何人いるんですか? いやどうして僕のクリームパンを狙うんですか! 今日の給食は揚げパンきな粉がけだって聞きました」

「彼はもう揚げパンは食べ飽きたんでしょう。マナト様の講演中、私たちも話を聞いていました。その時から狙っていて、屋上について行ったんでしょう」


 サトル探偵が僕に推理した事を話してくれた。小さいオジさん族は妖精だ。空を飛ぶ事も出来るし、走る速度もめちゃくちゃ速いそうだ。


「マナト様、あそこのピンク色のジャージを着た小さいオジさん分かりますか?」

「ピンク色ですか?」僕は薄暗い部屋の様子に目を凝らした。見えない。


 赤色ジャージ、黄色のジャージ、青色ジャージ、ピンク色のジャージと四人の小さいオジさんがいるそうだ。僕はもう一度目を凝らして中を確認する。


「ほら、今、縛られている人の鼻に向けて握りっぺしました、あれです。歌も聴こえてきませんか? 彼のお仕置きタイムの歌です」


 握りっぺって何? お仕置きタイムの歌って何だよ! 僕は今度は耳を澄ませてピンク色ジャージの小さいオジさんを探す。


───♫ この世に悪がある限り、にぎってにぎって握りっぺ! 卵の食べすぎ要注意! 臭くなったらそれ屁です! ♫♪───────♪


 下品な歌を口ずさむ小さいオジさんを見つけた。サトルより小太りでバーコード頭のオジさん。たしかにピンク色のジャージを着ている。見かけによらずイケボだ。


 あいつか、僕のクリームパンを盗んだ奴。絶対に返してもらう!

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