第12話

 二月二十日 雨


 今日も雨だった。僕は嬉しい。雨が降っていれば音で空間が満たされる。無音だと退屈な気分になる。どことなくメランコリーになっている。書いている文章にもその感じがでてしまうが、この経過観察は僕しか読む者がいないから気にしなくてもいいだろう。先生などに提出するわけでもないのだ。僕は何度やっても自分の殻を破れないでいる。退屈で死を想うのか。死にたいと思うのが僕の根本の願望なのか。いや、病気だからだ。それだけの単純な答えだ。病気が良くなれば僕も普段から元気でいられる。きっとそうだ。それにはかなり長い年月がかかる。人によっては三年程度で良くなるものもいるし、十年経っても良くならないものはいるらしい。

 疲れるのと自殺したいと願う感覚は似ているかもしれない。

 死のうと準備をするとなると情緒は激しいものになる。経験済みだから言える。もっと自分を潰そうと、消そうと、殺そうとする感情になる。

 僕は人殺しだろうか? 

 自分を殺すのも殺人ですと偉そうに言う人がいた。あんただって分かるだろう。生きるには才能みたいに、持っていないと抜け出せない殻があるんです。皆努力したんだって分かってるさ。でもいつまで頑張ればいい? 頑張らなくてもいいよと笑ってくれる人が僕の世界には現れない。

 僕は必死こいて体を起き上がらせようとするタイプの人間です。動き出すのに時間がかかるんです。

 今日の雨は前と違って激しい。夕立のようだ。針が降るように激しい雨がずっと続いている。公園の雪だるまはボロボロに崩れている。僕はそんな目に見えるまでボロボロになれたら誰かが可哀想に泣いてくれるかな、と思います。意識がモウロウとする。僕は、疲れた。いつまでこんな必死な気持ちでいなきゃいけないんだろう。泣けてくる。ボロボロのロボットみたいだ。神さまのために必死に生きてきた僕です。こんなに頑張っても神さまは許してくれない。僕が僕である限り。神さまは僕が必死になるのを見て喜んでいるのかも知れない。それが僕の罪なのだとさも僕が悪いように。

 予知能力を世のために使わせようとする人が来た。といってもまだ世間にはバレていないみたいで、その人は医者らしいのだが。

「はっきりと夢の中で意識を保てるらしいが、それならその花に質問することもできるのでは?」彼は微笑んで言った。なんとなく彼が悪い人間だと僕は知っていた。世の中を掌握しようとする人間と関わっているという気もした。気がしただけかも知れない。超能力は起きているときにはほとんど使えないと検査の結果として出ているから、超能力で目の前の人間が何をするかは分からない。でも悪い人間であることは分かった。彼の微笑には人を欺こうとする毒々しい喜びが見えたから。僕はそのような顔を何度か見たことがある。幻想世界でも現実の世界でも。 

 僕は「今度やってみます」と伝えた。どうでもよかった。僕は世界が壊れるところを見られるのではと想像した。実際のところ、未来を掌握したら世界は平和になるかもしれない。全てが上手くいくようになるなら、戦争も軍人と軍人だけの戦争になり、民間とは関係なくなるだろう。死にたい奴が死に、死にたくない人は死なない。戦争による大量消費で経済は潤う。それはそれで正しい世界なのだろうと思う。戦争がなくならないのは悲しいとは思うけど。所詮僕にとってみれば他人事だよ。実際に遭遇してみてないから辛さが分からない。遭遇してみたくもないが。逆にいうなら遭ってもいないのに辛いことだよと物知り顔している人はなんなのだろうと僕は思う。イメージだけで痛みの深さが分かるのか。大した頭だよ、と言いたくなる。

 まあ、僕の予知がうまくいけば確かに全てを牛耳ることだって出来るかもしれない。ある程度は、と付け足した方がいいかもしれないが。

 僕の予知で世界を救えるようにだってなるかもな。そうなったら僕は英雄か? また疲れるような事が起きてしまうな。ああ、もうどうだっていい。世界を救う救わないとかそういうのが必要なんじゃない。そんな妄言どうだっていいんだ。世の中が僕を救ってほしいのだ。

 疲れた。世界とかそんな大げさな事が関わってくると面倒だ。早く僕の命の砂が落ちきって、安らかな眠りが欲しいだけだ。

 

 少し冷静になって読み返したが、ひょっとして僕はわがままな考え方をしているのだろうか?


 二月二十二日 晴れ


 精神的に落ち着こうとしている自分がいる。落ち着こうとすればなんとか落ち着ける。だが体の周りが炭酸で包まれているように体中がジャキジャキと神経過敏になっているのを感じる。ガラスの鎖をつけられているみたいだ。少し動けばうっすらと皮膚を裂く。大した傷ではないが常にそれが続くと思うと痛いし煩わしい。誰かにこんなことを言えば同情してもらえるだろうかと思っている。だが言わない。伝えようとしたって精神病が悪化したとだけ判断されるだけだ。

 それと、実を言うと長時間の難破をあれから何回か経験している。難破は体中を腕で体を締め付ければ一時的に止む。力強く締め上げる。歯を食いしばって。そうしなければ幻想が批判的なことを言って僕を傷つけてしまうから。あれから幻想世界は僕を排斥するような事ばかり言うようになった。死ねとエコーで叫んでくるときもある。延々と続く。薬を飲まなければこの苦しい世界が延々と続く。だからきつく体中を締め付ける。僕はそれを誰かを抱きしめようとしている行為みたいだと思った。愛してほしいという自己主張に思えた。だが相手はいないのだ。そんな相手は、どこにもいない。虚を抱く空しい男だ。つまらない男だ。今になってサトリを思い出す。サトリとセックスしなくなって良かったと思う。プラトニックな関係でいれた。サトリは、純粋なまま僕と別れました。いや、そうじゃない。傷ついた。彼女は僕という男のせいで傷つけられ、心を許していた男に騙されたのかと考え、永遠に残る傷に思い悩まされるのだ。そして彼女は孤独になった。

 僕は恐らく自分で自分の牢獄に入り込んでいる。そうすれば安心するから。僕が誰も知らなければ安心かもしれない。いつも思う。この世は僕の都合いいように動かないものだろうかと。だがもう一方では、少しずつそうやって考えるのは正しい考え方ではないのだとも思う。僕がこの世を認めていないから世界と自分との溝は深まっていくのではないか。しかし、僕には具体的にそれがどういうことなのかが分からないのだ。具体性が無い話に僕は混乱している。頭でっかちな考えしかしないからこうなるとは知っているのに。机上の空論ばかり準備しているんだ。それが唯一できることだと信じ込んでいる。

 病院に居ると天気が気になる。起きたときにどんな様子で外は僕らを待ち構えているのだろうと。この時季に風が吹けば僕は神経過敏になる。外の寒さが部屋の中にまで存在するような気持ちになるから。僕は色々な理由で神経過敏になるのだなと苦笑せざるを得ない。だが僕は他の人間たちが僕の神経過敏以上に、精神的に人と人との立場に過敏さを持っている気がしてならないが。いつも他人の反応に僕は怯えてしまう。毎日彼ら彼女らの動向をうかがえとひどい冗談でも彼らは言っているのかと思う。

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