アルコール度数37.5% ウィスキーなど。

 土砂降りの雨の中、真っ暗闇を日産のクリッパーがライトを消して業務用駐車スペースにゆるりと入ってくる。

 まさにコフィン・コーナー棺の隅っちょに入って来る。

 ハイエースからクリッパーへ。

 トヨタから日産へ。

 シンジケートの対応は早い。

 私は精肉のエリアでは待たない。

 すこしでもお互いの情報を持たないことが逮捕されたり尋問されたときに変な口裏合わせ以上に捜査サイドを混乱させる。

 知らなければどう尋ねられようが喋ることなど絶対にありえない。

 私は死ぬほど冷房の効いたスーパーの廊下で死体を待つ。

 待つことも仕事。

 どこのスーパーも生鮮食品を扱う。

 季節に関係なくいつも寒い。

 冷え性の中年女性には地獄の職場だ。

 廊下も精肉エリアもあかりは灯っていない。

 犯罪違法行為は夜目が効くことが必須。

 

 ここから私が行う業務内容はここでは人道的観点から書けない。

 どう想像してもらっても良い。

 鬼畜と呼んでもらって結構だ。

 あなたもどうせ、自分より社会的に弱い人間の誰かさんの居場所やその女や男や仕事を奪って善人面して生きているはずだから。

 

 競争社会万歳。

 学歴主義千歳。

 自己責任論万歳。

 新自由主義千歳。

 拡大主義グローバリズム万歳

 

 万歳ワン・ソェー万歳ワン・ソェー万々歳ワンワン・ソェー


 今回もだいぶメンタルを持っていかれたが、確実にやり遂げた。

 バラバラになったをカートに乗せクリッパーの後部へ。

 クリッパーの乗員たちはか弱い中年女性の私を手伝いもしない。

 だが、お互いのため。

 しとしと降る雨の中、ライトも付けずにクリッパーはゆっくり走り出す。

 クリッパーはアンダーテイカー葬儀屋さん

 私はバックヤードに戻り、犯罪行為の証拠隠滅違った完全武装の衛生用品をまるで汚物のように扱いながら脱ぐ。

 ハットにマスクに手袋にオーバーオールになっているエプロンに長靴まで。

 すべてを洗濯用ボックスに投入。

 明日には真っ当な業者により確実に殺菌までされる。

 そして、バックヤードの小さな布巾にいたるまでなにもかもが3日に一回のノロ・ウィルス検出用のPCR検査がかけられる。

 市井の一フツーのおばちゃんになりバックヤードから廊下に出る。

 シンジケートから貰った真っ黒のスマホケースに入ったスマホでLINEを送信する。

                          22:48<精 終> 


 ♪テロン♪。

 

 何故か誰も居ないはずの精肉エリアからLINEの着信音がなった。


 えっ。


 鼓動が急に早まり、嫌な汗が背中を伝う。

 頭がぐるぐる急回転する。

 誰かが居るはずはない。

 スマホがしかもシンジケート仕様のスマホがあるはずがない。

 私のスマホでは<既読>になっていない。

 だれか居たのか?。

 だれかが私が遺体を切り刻むのを見ていたのか?。

 どうして着信音が鳴る。

 

 Whyの5乗。

 Howの32乗。

 Whatの64乗。

 そして一つだけ頭に浮かぶ巨大なThenの単語。

 で、どうするWhat should fuck I do?。 


 違法行為、犯罪行為におけるLesson Aはとにかく余計なことを一切しないことだ。

 見ざる言わざる聞かざるのヒューミントはもちろん、余計なものには何一つふれない

 さわらない

 握らない

 脅さない

 殴らない

 蹴らない

 抱きつかない

 犯さない

 襲撃しない。


 物理的接触があった場合そこにはなんらかの物理的痕跡が残る、しかも酷いことに両方に残る。

 それを鑑識課は綿密に拾い上げているのだ。

 これを彼らは<物的証拠ブツ>と呼ぶ。

 だが、見落としやミスがあった場合に放置して良いのか。

 心臓がドクドクいっている。

 とりあえずバックヤードの入り口のアルミのドアまで行ってみよう、あそこの窓からバックヤードを覗ける。

 覗いたり見るだけなら罪ではない。

 神様も私達を常に見ておられるのだから。

 外の雨粒のしたたる音だけが響く中真っ暗闇を中年のおばちゃんがドアに向かい進んでいく。

 着いた。

 バックヤードを覗き込む。

 当然中は真っ暗。夜目を最大限利かす。


『隊長、ノクト・ヴィジョン暗視装置が必要です』

大牟田佳苗おおむたかなえ二曹、今回のミッションではそのような装備はROE交戦規定において許可されていない』

『ログ。残念であります』


 さらに瞳孔どうこうを猫並みに大きく開く。

 猫好きの女性は多いが私は嫌いだ。家の門の前には猫よけのペットボトルを死ぬほど並べている。

 バックヤードの暗闇の中でのいろんなものの位置関係が朧げに浮かぶ。

 働き慣れた職場なので見えたような気になっているだけかもしれない。

 しかし、在った。

 スマホが精肉ブースの脇の棚にぽんと置かれている。

 最近私は老眼が始まりつつ在る。

 遠くのもののほうが見やすかったりする年頃だ。

 間違いない、しかも電源が入っている。

 寸前まで私の頭脳はOASISのWonder Wallの中に居たが、もう私の中では答えは出ている。

 遺体をバックヤードまで運んだチーム・クリッパーの誰かが忘れていったのだ。

 学部学生用違法行為講座のLesson Aに従えばこのままスマホを放置して家にまっすぐ帰れば良いのだが、ここは私の犯罪現場であり職場だ。

『職場は守るべきだ』と宮崎駿が言っていた。

 店長が一番だとして、明日の早番のシフトは誰だ?

 曽我今日子そがきょうこ又部直久またべなおひさ川村月かわむらるな渡会広美わたらいひろみ瀧岡良雄たきおかよしお黒沢文花くろさわふみか、、、、。

 一般的に置きっぱなしのスマホは拾得物しゅうとくぶつとして警察へ届けられるだろう。

 マズい。

 警察だけはマズい。

 法務関係当局とは物理的にも法的にも精神的にも化学的にも医学的にも社会的にも一番距離を置かなければならない。

 なんてことをしてくれたのだ。

 どうやらチーム・クリッパーは完全な控えメンバーらしい。

 中年女の垂れ乳を支える背中のブラ・ホックに嫌な汗を感じる。

 しかし、処理するのも容易だ。

 スマホを取りに行き電源を落としどっかの公園で岩でも叩きつけ壊し、ちょっと遠くの埼京線の駅のゴミ箱に捨てる。


 気がついたときには両手の拳で両開きのバックヤードの取手のない扉を押し開けていた。

 冷気を逃さない為のビニールの膜をひじで開き押し入る。

 置き忘れられたたった一個のスマホを処理するだけですべての問題は解決するのだ。

 暗闇の中、6.2Lエンジンのゼロヨン加速並みのスピードでスマホの元へ。

 一瞬足元が滑ったような気がしたが気にせずスマホを手に取る。

 私がシンジケートから手渡されているのと同じ機種だ。

 100均のスマホ・ケースまで同じ。

 電源を消そうとした瞬間、スマホの画面の明かりが暗闇の中私の足元をにぶく照らした。


 うん?。


 またほんのちょっとしたおかしな違和感。

 テラっと光った?濡れてる?。

 床が濡れてる。今は梅雨で今日は雨だ。

 もう私は犯罪中年女性として超えてはいけないポイント・オブ・ノーリターンPoint of no returnポイントpointが複数形のポインツpointsになるまで越えていた。

 私は使い慣れたバックヤードの照明スイッチに手を伸ばして灯りをつけた。

 

 ここから、私の記憶は曖昧になる。


 私は無人のバックヤードで悲鳴を上げたはずだ。それは覚えている。

 床には小さなだが、血だまりがあった。

 遺体の処理で出たのは100%間違いない。

 私もミスを犯していた。

 私が衝撃を受けたのはその後だ。

 私は普段なら完全に衛生装備で守られている。

 しかし、今は全然違った。

 衛生装備を私はもう脱ぎ捨てていた。

 衛生装備は着ぐるみのようになって、すべて洗濯ボックスの中だ。

 その血だまりを私はNIKEのピンクのエアマックスで踏みつけていた、いつもの長靴ではなく、私自身のエアマックスで。

 照明のスイッチも手袋でなく素手で触っていることにこの時気付く。

 そこからは、<するべきこと>と<したこと>の記憶がごっちゃになっている。

 理由は後述するがあまりにもたくさんのことをしなければならず、私はそれを概ねと思う。

 血溜まりを泣き叫びながら拭いた。

 すべてが憎かった。

 

 犯罪行為。

 自由主義経済。

 血液。

 チーム・クリッパー。

 シンジケート。

 パートの仕事。

 夫。

 この浮世の世界Whole fuckin' universeそのもの。

そして私自身。

 私は今や息をする自己嫌悪の塊である。 

 

 スマホは大雨の中、近くの公園で泣きながらブランコの支柱に叩きつけて破壊しバラバラにして近くのドブにバラバラに捨てた。


 次の豪雨で東京湾まで行っちまえ。

 誰かの立ち小便で汚れちまえ。 


 埼京線の駅に捨てるなど論外だ。道中一体いくつの防犯カメラがあると思う。JRの駅なんて防犯カメラの林だ。

 帰宅すると私は雨でソールまで濡れていて血の跡はないにも関わら自分はずずぶ濡れのままバケツに水をため必死にエアマックスを洗った。

 それでもルミノール反応は出るのだろうか?。

 それでもルミノール反応は出るのだろうか?。

 私の頭の中はスピン・ドクターspin doctorだった。

 高卒の私には知るすべがなかった。

 で、風呂の入った後、でくのぼう夫が隠し持っている25%のほうの焼酎を思いっきり飲んで寝た。

 夫が酒飲みでこんなに助かったことは人生で一度もない。

 眠る以外にこの世界から離れる方法はなかった。

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