3‐37死は救いなりや
秋の
宮廷の天地壇と違って壁も屋根も新しく重々しさがない。それもそのはず、この祭壇は先の
日は落ちて、祭壇では篝火がたかれている。どこからともなく、ちぎれた琵琶の演奏が流れてきた。
祭壇には
きらびやかな
「
幼い女官が涙ながらに報告する。
側にいた女官たちもいっせいにうつむいて、頬を濡らす。
「尊い命が」
「ああ、なんてことでしょう」
袖で涙を拭き、女官は心底嬉しそうに笑った。
「よかった、これこそ神の愛です!」
歓声をあげ、女官たちは手を取りあい、踊りだした。
「神の愛は有難いものですね、いっさいの悲しみやつらさから解き放たれたのですから」
「みな、幸福のなかで笑いながら逝かれたそうですよ」
「うらやましいかぎりですね」
女官たちは瞳孔のひらいた眼を輝かせて、祭壇を仰ぐ。
「
「そう、これは救いよ」
神託とばかりに静は語る。
「万物は循環するもの。親をなくし、故郷をなくし、悲しみの底にいた私たちをお母様が救ってくださった。だから、これからは私たちが隣人を救うの」
風が吹き、篝火が月を燃やすほどに燃えあがる。静は祭壇に充満する香煙を胸いっぱいに吸いこむ。
「つらいこともかなしいこともあってはならない。そんなものを抱えて生き続けるくらいならば、いっそ命を絶ったほうが幸福。このせかいは悲しみばかりなのだから」
だが、篝火を映した睛のなかでいびつな毒が揺らめいた。
◇
桜が散って春終いとなった後宮では、妃妾たちの悲鳴が絶えることなく続いていた。
桶に頭を突っこんで、妃妾は
「あなた、食医だったら、あの薬だって調えられるのでしょう? お願いよ、なんでもするから、あの薬を」
「あれは薬ではなく毒です。そして私は、なにがあろうとも毒は造りません」
妃妾は大声をあげ「そんなはずはないわ、あれは薬よ、薬をちょうだい」と縋りついてきたが、
診察を終えた慧玲が房室を後にしようとした時、中庭から
「馬鹿じゃないですか!」
なにがあったのか。慧玲が駈けつけると藍星は女官に馬乗りになって、なにかを取りあげていた。藍星は慧玲を振りかえり、声を張りあげる。
「聴いてください! この女官、患者が落とした
糾弾された女官は言い逃れはできないとおもったのか、ひらきなおった。
「なによ、いいじゃない! これくらい! どうせ処分するものでしょう? 私だって新しい服とか、髪飾りとか、欲しいのよ」
「
慧玲の冷静な問いかけに女官はうろたえた。
「これは毒です。持っていればあなたを毒し、売買されたら商人や職人、客を次々に毒します」
「そ、そんなこと、知らなかったのよ」
「いえ、すでに宮廷から警告してもらっています。患者の金砂は毒なので、清掃時に見つけたら触れずに伝達し、指定の官吏を派遣要請するようにと」
慧玲は藍星から純金の
慧玲はため息をつく。欲もまた、人が持つ毒のひとつだ。
藍星が
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます