2‐23怠けもの武官と宦官失踪事件
季節はずれの雪に埋もれた宮廷は朝から慌ただしかった。
北棟の宿舎にいた宦官たちが一晩にして失踪したのだ。
現場の調査を監修しているのは青紫の官服に
だが彼はみるからに億劫そうだ。
「ただ、服の散らばりかただけが妙でして」
官吏が熱心に現場報告を続けていても、彼は木箱に腰かけて欠伸ばかりしている。
「中衣、帯、袴まで一緒になっているんですよ。こう、どう表現すればいいのか。例えるならば、服を身につけていた人間だけが蒸発してしまったような」
「へえ、ふうん、すごいですねぇ」
間延びした相づちに官吏は眉を曇らせる。
「
「はいはい、まあ、それなりには聴いてますって。しょうがないじゃないですか、眠いんですから」
寝惚けた二重の眼をこすりながら、侍中の男はため息をついた。
「そもそも、なんで宦官がちょっと失踪したくらいで、この俺が朝から現場にこないといけないんですかねぇ? まだ喧嘩だったら楽しかったのに。俺、まだ朝飯も喰ってなかったんですけど」
「ああ、ほんとだったら、今頃食後の
「それは残念だったね」
後ろから声をかけられ、侍中の男は「んあ?」と欠伸まじりに振りかえる。
「げっ、皇太子様」
「朝食も取らずに現場にきているなんて、責任感の強い側近がいて頼もしいよ」
「いやあ、これはその、さぼっていたわけではなく、ですね」
皇帝の
まあ、どうでもいいと鴆は思考を絶つ。
「それより、宦官の失踪か。妙だな」
「ですよねぇ、
現在の宦官の処遇は女官と同等だ。女官とは違い勉強して試験に及第すれば官職につくこともできる。宮廷を捨てても職を失って野垂れ死ぬだけだ。財があれば宮廷を離れて、宦官であることを知られないように暮らすこともできるだろうが、宿舎にいる低級の宦官では財産を持つにはほど遠い。
実に不可解で、胸がざわついた。
強風にあおられて、開いたり閉まったりを繰りかえしている宿舎の窓を睨みながら、鴆はため息をついた。
「
ただでも天毒地毒に見舞われているさなかだ。ここから、どのような禍が重なるというのか。
「あ、例の
話題を変えたかったのか、劉は意気揚々と話に乗ってきた。
「官吏も宦官もその話題で持ちきりですよ。翼を持たないなんたらってのは皇太子様のことだって、噂になってますよね」
宮廷に禍をもたらすのは鴆ではないか。そう噂されているのは知っていた。だが、面とむかって、言及するか。故意に侮辱しているのかと疑ったが、
(ああ、底抜けの馬鹿なんだな、こいつは)
もしくは神経がないか、だ。
この場には他にも官吏がいる。鴆はしおらしい態度で眉をさげ、頭を振った。
「そうか。僕が次期皇帝として頼りないばかりに懸念させてすまないね」
「あ、やばっ」
失言を理解したのか、
「違います、違います! 俺じゃないですって! 俺はそんな失礼な噂をしたりはしてませんよ!」
鴆はすでに背をむけ、歩きだしていた。上擦った声が追いかけてくるが、振りかえるつもりはなかった。
後宮にはすでに
鴆の予感は程なくして現実のものとなった。
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