34 火の毒を絶つ
「……これ、皆様がやっておいてくださったんですか」
「できることは補助してあげるわよ」
「だから私達にも薬をわけて」
妃妾たちほどに酷くはないが、女官たちも火傷を負っていた。処刑を見物していたときに後ろのほうにいたおかげで、軒に逃げこむことができたのだろう。
「ありがとうございます。それでは
木箱いっぱいの檸檬を渡す。想像だにしなかった量に女官たちは眉を逆だてた。
「……遠慮ないわね」
これでひんやりとした美味しい
この鉱物から天然にがりが造れる。
「調いました」
できあがった薬をみて、女官たちが歓声をあげた。
「これを食べるだけで、火傷がなおるの」
「信じられない」
きゃあきゃあといいながら、女官たちが食卓を取りかこむ。火傷を負っていないものたちまで、うらやましそうに集まっていた。
「火傷だけではなく、夏の日焼けにも効能があります。たくさんあるので、宜しければ皆様でどうぞ。私は皇后陛下にご報告して、妃妾がたに御届けしてきますね」
女官たちの嬉しそうな声を聴きつつ、慧玲は
だが、美味き食を前にしたときだけ、人は等しい。
等しく笑い、等しく満たされる。
ほんの、ひと時だけであっても。
◇
「
木製の碗には黒糖の蜜が湛えられ、ぷるぷるとした透きとおる
匙に乗せられた
「なんてさわやか。たったひとくちでも熱が解けて潤っていくのを肌で感じますわ」
檸檬と黒蜜の絶妙なる調和感に舌鼓をうつ。
「寒天の
とても気にいってもらえたようだ。
いっきに喋りすぎたことを恥じらってか、彼女は咳ばらいをした。
「こほん……とにかく、美味ですわ」
「
最後に加えた隠し味は……内緒にしておこう。
実をいうと、この黒蜜には
(嬉しそうに食べてくれてるし、実際に旨い薬になっているんだから問題はないはず。それに……薬としても、ちゃんと効果が表れてきている)
夢中になっている
側についていた女官たちが大慌てで鏡をもってきた。
「
鏡を受け取って、
「傷が……軟膏をぬっても、薬を飲んでも、いっこうに良くならなかったのに……奇蹟ですわ。……ああぁ、ありがとう……」
頬に触れて確かめながら、胡蝶は泣き崩れた。
後宮では常に麗しい華でなければならない。さもなければ、花篭から枯れた花を棄てるように後宮の華も無情に取り換えられるからだ。
しばらくは泣き続けていたが、やがて落ちついた胡蝶倢伃は慧玲にむきなおった。
「あらためてお詫びいたしますわ。あなたのことを……誤解、いたしておりました。どうか、これまでの非礼をお許しください」
「そんな。どうか、頭をあげてください。誤解、とはいっても、私が混沌の姑娘であり罪人であることは事実ですから」
疎まれることはいまさら、どうとも想わない。散々侮蔑されて、都合のいいときだけ縋られると、さすがに腹がたって言いかえすこともあるが、実際のところはそれほど根にもってはいなかった。
(左頬を張られたら、相手の右の頬を張れ、と母様から教わったからね)
裏がえせば、過剰な報復はしない。
胡蝶は胸を張って、華やかに微笑んだ。
「わたくしは
「はあ……ありがとうございます」
なんだか、割と酷いことをいわれた気もしたが……彼女なりの厚意なのだろう。取り敢えず御礼をいっておいた。
◇
斯くして、後宮の火の毒は、絶たれた。
見事に解毒をなし遂げた
「この度も素晴らしい働きだったわね。あなたに頼って正解だったわ。さすがは
「恐縮でございます」
「懸命に努めるあなたに報いてあげたくて……皇帝陛下にお願いをして、位をひとつあげていただけるように頼みました」
想像だにしていなかった言葉に慧玲はふせていた視線を想わずあげた。皇后は
「食医としての功績を称え、今この時をもって
現在は
「身にあまる称号を賜りまして、有難き幸せにてございます。
満足そうに皇后は頷いた。
「ついては今後、女官がつくことになるわ」
「女官……ですか」
「ええ、薬を造るのも楽になるはずよ」
特には女官が必要だとおもったことはない。それどころか、毒を扱っているのが知られては厄介だ。それでも、皇后の厚意に異議を唱えるわけにもいかず、
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