23 暗殺者はたわむれに接吻ける
雨が降りはじめた。葉桜の枝さきで雫が弾けたと想ったのがさきか、桶をかえしたような
(ああ、ついてない……)
「まあ、あれをご覧になって。さながら濡れねずみですわ」
通りすがりの
「陛下から慈悲をかけていただいて、後宮食医になったのでしょ? 罪人の分際で……あんなものに薬を頼むくらいなら、死んだほうがましですわ」
「
妃妾たちはみじめに濡れそぼる
(……これは、さすがにむかっとしてもいいんじゃない。ああ、傘が破れたらいいのに)
胸の裡で毒づきながら、何処かの木の根かたにでも身を寄せられないかと捜していると、背後から傘を差しかけられた。
虚をつかれて、振りかえる。
「やあ、久方振りだね」
「……
彼は風水師をよそおっているが、その素姓は毒を扱う暗殺者なのだ。
「あれから、風水師の仕事がいそがしくなってね。春の終わりに
左丞相の訃報を耳にしたとき、
「毒蜘蛛が侵入するというのは風水に綻びがあるせいだと
「おまえ、なにをたくらんでいるの」
慧玲が瞳をとがらせた。鴆はふっと毒っぽく微笑みかける。
「そんなに恐い
傘を差しだす袖から猛毒の蛇が頭を覗かせる。そこらの
「だが後宮にきてから、どうにも蟲たちが落ちつかない。僕の蟲たちは毒に敏感だ。おそらくは、後宮に毒物がもちこまれている」
「いったい誰が毒を」
「さあね。僕には関係のないことだ。けれど貴女は毒に好かれやすい。毒のほうから寄ってくるんじゃないか……ああ、それと」
袖をひき寄せられ、
痺れるような熱。毒の、灼熱感だ。彼は身のうちに毒を帯びている。
「どういうつもり」
思いきり突きとばしてから睨みつければ、鴆は彼女の唇を指さしてきた。
「誘われているのかと想ったんだけど、勘違いだったか」
雪梅嬪に
「
「僕だけじゃないさ。後宮とはいえ、
「
ため息をついた。誰もが視線があっただけでも、呪われるとばかりに逃げだすというのに。彼は余所者だから解っていないのだ。
げんなりして眉根を寄せていると、鴆は肩を竦めた。
「いいじゃないか。僕は、貴女を気にいっているんだよ。僕と
「私は、おまえのことなど、好いてはいないのだけど」
そもそも、死にはせずとも、毒に侵されないわけじゃない。いまだって、彼の毒で指さきが痺れだしている。
(……最悪だ)
脈が、どくどくと弾ける。じきに解毒できるだろうが――
「今度こんなことをしたら、舌をかみちぎってあげる」
「それは熱烈だな。楽しみにしているよ」
宦官が側を通りがかった。
鴆は一瞬でぱっと風水師らしい穏やかな微笑にきり替え、傘を渡してきた。
「それじゃ、仕事頑張ってね、食医さん」
鴆は袖を振り、振りかえることなく嵐のなかを遠ざかっていく。
(ほんとにつかみどころのない……)
唇に触れる。まだ微かに熱が残っていたが、毒によるものに違いない。ほんとうについていないと慧玲は再びにため息を重ねた。
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