6 梅の根かたで自害した宦官
後宮で懐妊といえば皇帝の御子に他ならない。
後宮には宦官はいても《男》はいないからだ。いうまでもなく宦官とは去勢を施された官吏のことだ。雪梅嬪を妊娠させることは不可能である。
聞きこみをしたくて女官に喋りかけてみたが、
(……哀しいというか、なんというか)
とはいえ、慧玲はたいして傷ついてもいなかった。
冬までは確かに皇姫
(後宮にも宮廷にも、そもそも親しい者なんかいないもの)
慧玲は物心ついたときから、母親のもとで育てられた。
慧玲の母親は皇后でありながら後宮には入らず、旅から旅を続けていた。時々宮廷に還っても留まることはなく、東で
(先帝が
感傷に浸りながら慧玲は
蜂蜜の甘みが舌に拡がり、想わず微笑がこぼれる。
(懐かしい)
先帝に連れられて一度だけ、都の市場に出掛けたことがある。
先帝は、もとから壊れていたわけではない。
慧玲が幼い頃、先帝は素姓を隠して都の視察をするのが好きだった。民の暮らしを実際に観てはじめてに民心が解かるのだと彼は常々語っていた。
慧玲は屋台で売られていた
慧玲はその頃、八歳になったばかりだったが、髪には
(なのに、父様の顔が、どうしても思いだせない。声も言葉も全部覚えているのに、顔だけが)
慧玲は耳で聞いた言葉ならば、一字一句違わずに憶えることができた。
これは口承の一族として必需な才能だ。
師から
ここは後宮である。
風に乗ってきた噂だけでも、それなりに情報が収集できる。
いまから、ふた月も前のことだ。
梅の根かたで喉を貫いて自害した宦官がいたという。
彼は他ならぬ
宦官の死は、雪梅嬪を侵す毒と繋がりがあるのではないだろうか。
梅の春はとうに終わり、紅の
宦官が命を絶ったのは後宮に双つしかない、八重の枝垂れ梅のどちらかだという噂があった。だが
(さて、どうしようか)
考えこむ慧玲の視界を蝶が横ぎっていった。
(
雪梅嬪には教えていなかったが、あれは毒の蝶だ。幼い子どもなどが誤って舐めでもしないかぎり、毒に侵されることはないが、それなりに強い神経毒がある。重ねてもうひとつ、
慧玲は蝶を追い掛け、赤い
特に変哲のない梅だったが、根かたにはこんもりと雪が積もっていた。雪――いや、蝶だ。梅が散ってから久しく、残り香に誘われたはずもない。慧玲は袖を振って、群がる蝶を払いのけた。
蝶に埋もれるようにして、黄金の
(
戦場や刑場で舞うことから、死者の魂を運ぶ
例の宦官が命を絶ったのはこの梅だ。
非業の死は強い陰をともなう。
陰陽は秤のようなものだ。強い陰が載れば、秤は傾いて調和が崩れる。そこに
慧玲は簪を懐にいれた。
(
強すぎる薬は胎の御子に
慧玲が
(陛下は調薬に要るものがあれば申請せよと仰せだったけれど――検問をとおるとは想えない)
秘するは《華》――慧玲の薬にも他者には明かせぬ
窮する慧玲のもとに近寄ってきた者がいた。銀糸が織りこまれた
「
慧玲は絶句した。後宮の最高位にあたる皇帝の正室が慧玲にいかなる用事があるというのか。慌てて「すぐに参ります」と頭をさげる。
些か緊張しながら、慧玲は皇后の御居す貴宮にむかった。
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