【コミカライズ連載開始!】後宮食医の薬膳帖 廃姫は毒を喰らいて薬となす【書籍版好評発売中】

夢見里 龍

第一部《木の毒》は咲き誇る

1  その姑娘、毒となるか 薬となるか

 菊のくびが、ぼとりと落ちた。

 冬をたずに訪れた八朔はっさくの雪が茎を折ったのだ。人々は雪に埋もれた菊を踏みしだいていく。それは、誰にも哀しまれることのない死だった。

 

 

 細雪の吹き荒ぶなか、枷をつけられた姑娘むすめひざまずき、こうべを垂れていた。

 齢十四程か。破れた襦裙きものをまとった華奢な肩が傾ぐほどに雪が積もり、震えていた。だが幼さを残す姑娘にむけられた権臣けんしんの視線に哀れみはなく、敵意に満ちていた。

 姑娘はこのこく帝国に害をなした重罪人だからだ。


「おもてをあげよ、ツァイ 慧玲フェイリン


 帝にうながされて、姑娘は静かに視線をあげる。銀髪のあいまから覗いたかんばせは華のように麗しく、果敢はかなげだった。

 彼女は先帝せんてい姑娘むすめ――帝姫ていきであったのだ。それなのになぜ、いま、重罪人として裁かれようとしているのか。


「そなたは悪政を敷いて民を惑わせ、虐殺を繰りかえした《渾沌こんとんみかど》の姑娘むすめである。先帝が処刑された後も彼の諸悪はコク帝国を蝕み続けている。申し開きはあるか」


「ございません。罪は、死をもって償います」


 慧玲は命ごいをしなかった。帝はわずかに瞳を緩める。


「だが、そなたは白澤はくたくの姑娘でもある。白澤はあらゆる毒を解き、万病を癒す薬師の一族……若き身でありながら、そなたはすでにその叡智を預かっている」


 故に問おうと帝はいった。


「そなたは《どく》か。それとも《やく》か」


 沈黙を経て、姑娘は凍てついた唇を割る。


「私は……――いかなる毒をも絶ちて、薬と致します」

「ふむ、解った。ツァイ 慧玲フェイリンの処刑はひとまず、取りさげる」


 黙していた権臣達が騒めきだす。畏れながら、と左丞相さしょうじょうがいった。禍根となりうるものはいま、ここで絶つべきだと。だが帝の意はすでにかたまっていた。


「静粛に。この剋帝国に地毒ちどくが蔓延っているのもまた、揺るがぬ事実であろう」


天毒地毒てんどくちどく

 この場にその言葉を知らぬものはいない。

 万象とは陰と陽から為る。双つの調和が崩れたとき、万物は人を害する毒に転ずる。命を潤す水は濁れば毒となり、毒になった土は根から作物を腐らせ、毒の火は毒の煙を昇らせて雲を侵す。こうした毒は人の身を蝕み、《毒疫どくえき》といわれる奇しき病をもたらす。

 毒疫はいかなる医師にも癒せない。《白澤の一族》をのぞいては。


「そなたがコクに害する毒となるのならば、しかるのちに死刑に処す」


 慧玲は想う。


(お父様。あなたは毒をみて薬と為せ、と仰られた。それなのに、あなたは国を蝕む毒となってしまった)


 彼女は叩頭礼こうとうれいにてうべなった。


「御恩情に報います。かならずや、この身をくすりと転じて罪を償います」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る