Flare その2
◆変なヒト
さて、マーチャンの話ばかりしていますが、実はマーチャンシナリオにはもう1人キーパーソンがいます。そう、トレーナーです。
プレイヤーの分身なのだから当然だろうと思われるかもしれませんが、これが他の子の育成シナリオとは少し毛色が違ってくるのです。
マーチャンのトレーナー、通称マートレ、あるいは専属レンズ。こいつがなかなかにヤバい奴なのです。
マーチャンが塩対応気味な一方で、マートレは「強火」の担当推しなのですよね。でなければ担当のデビュー直後にその銅像を学園の敷地内におったてたりはしないでしょう(理事長呼び出し案件)。担当の着ぐるみを着て街を練り歩いたりもしないでしょう。広報のためと、ブログで4コマ漫画の連載をはじめたりもしないはずです。
端的に言って、行動力とスキルの多彩さが異常なんですよね。無駄に器用なんですよ。着ぐるみも銅像も自作したらしいですし。
なぜこんな癖の強いトレーナーが爆誕したのか。察するに、ウオッカとダイワスカーレットとすぐ別路線になってしまうがゆえでしょう。
育成キャラによっては、ライバルキャラや憧れの先輩キャラとの関係がシナリオの軸になってきたりするのですけど、マーチャンはそれらのポジションにあたるウマ娘が存在しないのですよね。ウオッカやスカーレットとはすぐに別路線になってしまい、その後、本ルートでは2人は影も形もなくなってしまいます。
ゆえに、マーチャンと深くかかわれるキャラクターというのがトレーナーくらいしかいなかったのでしょう。
ですから、プレイヤーの視点としては、ウマ娘同士の関係性を匿名的な視点から眺めるというよりはむしろ自分の分身がウマ娘にがっつりかかわって関係性を構築していくというシナリオなんですね。
他のシナリオでも個性的なトレーナーはけっこういるんですけど、マーチャンシナリオでは徐々に他の登場人物が消えていく分、トレーナー‐ウマ娘の軸が強い印象を残すんです。これも詳しくは後述します。
さて、そんなマートレですが、前半ではどこか遠慮がちなところもあります。マーチャンの意思を尊重し、自分から踏み込んで関わろうとしないのですね(それはそれとして広報活動は全力)。「言い出したら聞かない子だしなあ」というあきらめとともに接しているところがあります。
それが夏合宿であるきっかけを経て、マーチャンと少し距離が縮まるんです。
そして訪れた秋のスプリンターズステークス。史実ではマーチャンが制した最初の、そして最後のG1です。
もちろんアプリでもマーチャンは勝ちます。でなければシナリオは進みません。
そして、このとき、マートレは歓喜のあまり涙を流します。担当の活躍を心から喜ぶのです。
そ、そこまでか……とプレイヤー視点でもちょっとびっくりするところですが、それ以上に驚いた人物がほかならぬマーチャンです。
マーチャンは担当トレーナーの涙に驚き、戸惑います。「この人はなんでこんなに喜んでるんでしょう」といった感じです。
もちろん自分が勝利したことに対する喜びは感じています。しかし、それで他人であるトレーナーまでもがこうも喜ぶことが理解できないようなのです。
繰り返すように、マーチャンは「人は人」という価値観の子です。喜びも悲しみも、それはあくまで自分のものであって他人と分かち合うことはできない。そんな考えなのでしょう。
では、そもそもどうしてマーチャンはそのように育ったのか。いい加減、その辺についても触れておきます。
マーチャンの母親は医者です。そのため、彼女は幼いころから病院に出入りし、患者さんたちとも遊んでもらっていたようです。
しかし、場所が場所。病状の変化によって、昨日までいた人がいなくなるなんてことは日常茶飯事なのです。何も死別だけではなく、退院、あるいは転院という形でマーチャンは幼くして幾多もの別れを経験してきました。
そうして「死」と「別れ」を見つめ続けて培った価値観。それが「人は人」です。彼女の言葉を借りるなら、「すべての命は海に向かって流れるもの。その速さも深さもそれぞれ違う。同じ船には乗れない。みんな1人で流れていくしかない」ということです。
この「海」というのが、マーチャンシナリオではキーワードになってきます。単純に「死」の比喩的表現とも取れるのですが、どうもそれだけではありません。まあ、それも詳しくは後述します。
幾多の別れに心を痛めた少女が自分の心を守るために至った思想。それが「人は人」というある種の割り切りなのでしょう。
しかし、そんな彼女を揺るがす存在が現れました。マートレです。担当の勝利に喚起し、涙を流す大人。そんな大人を見て、マーチャンは呟きます。「変なヒト」と。少し困ったように、どこか嬉しがるように。
ウマ娘と担当トレーナー。否が応でも長い時間を共にする関係です。その時間の積み重ねがマーチャンの心を少しずつ溶かしはじめる。その起点となるのがスプリンターズステークスの直後です。
それまでのマーチャンは不特定多数の人間に、言ってしまえば無差別に、自分という存在を刻もうとしていました。
しかし、自分の身近に誰よりも深く彼女の存在を心に刻み、忘れまいとする存在がいることに気づいたのです。不特定多数の誰かではない、たった1人の特別な存在に。
「つまり、あなたがいれば、マーちゃんは消えないのです」
マーチャンは安心したように言います。そして自作のマーちゃん人形を手渡してくるのです。あなたが持っていることが一番「安心安全」なのだと。
これだけ自分のことを考えてくれる人ならきっとどんなことがあっても自分のことを覚えていてくれる。
もし忘れそうになっても、この人形があれば思い出してくれる。
そう思ったのでしょう。
目的に向かってわき目も降らず突き進んできたマーチャン。その生き急ぐかのようなかたくなさが少しだけ軟化します。なまじ、それまでがドライなだけにこのくだりのカタルシスはひとしおです。マートレの極端さにマーチャンと一緒になってちょっと呆れつつも、どこか安堵させられるのです。
まさかそれが過酷な運命の呼び水になろうとは知らず(急な不穏)。
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