Flare その1

◆覚えていてね


 さて、ここでマーチャンです。アストンマーチャンです。


 実馬のアストンマーチャンは2000年代後期に活躍した牝馬です。同期にはあのウオッカとダイワスカーレットというこれまた規格外の牝馬がいます。


 当のアストンマーチャンは2歳時、阪神JFでウオッカに次いで2着。クラシック牝馬三冠最初の頂、桜花賞で敗退して以来スプリント路線に転向し、その秋のスプリンターズステークスでG1初勝利を飾りました(3歳牝馬での勝利はニシノフラワー以来2頭目の快挙)。その後、スプリンターとしての活躍が期待されるも翌年春にX大腸炎という難病により急逝しています。


 と、サイレンススズカやライスシャワー同様、現役生活中に急逝した競走馬がモデルになっています。


 ウマ娘のキャラクターとしてデザインが発表されたのは今年の2月。アプリリリース1周年に合わせて発表された新ウマ娘の一人でした。わたしがアプリをはじめる2ヶ月ほど前です。


 わたしもアプリをはじめてからキャラ一覧で見たのですが、なんか明らかに1人だけ図抜けてめんこい娘がいねえかと目を瞠ったものです。


 ウオッカ、ダイワスカーレットと差別化を図ったのであろう、小柄でふんわりとした雰囲気。垂れ目。肩にかかる茶髪のワンサイドアップ。幼い印象に反してこれでもかと言わんばかりに肉感的なシルエット。名前の由来であるアストンマーチンが英国王室御用達であることから頭には王冠を頂きふんわりと微笑む彼女に、その時点でちょっとやられてしまってました。実装されたら引けるように石を貯めておこうと決意するくらいには。


 その後、1.5周年のタイミングでキャラクターの詳細が発表、その2カ月後に育成キャラとして実装と相成りました。


 その数ヵ月前から天井分の石をキープしていたわたしは余裕の構えでガチャに挑み、わずか20連で彼女のお迎えに成功します。むろん、さっそく育成です。


 実のところ、それまで新実装のキャラクターを引いたことってなかったんですよね。というか回しても引けなかったんです。ピックアップ仕事しろと言いたいところですが、一番大事なとこで仕事をしたのでよしとしましょう。


 とにもかくにも新キャラです。(衣装違いを含め)既存のキャラクターを引くのとは訳が違います。何が違うって、前情報一切なしの状態で育成シナリオが読めるということです。


 そういう貴重な体験をはじめてもたらしてくれたのがマーチャンでした。これはスキップせずに育成シナリオを読まねばと、キャラストーリーを4話まで鑑賞し、万全の体制で育成に望みました。


 これはもう、いろんな意味でドキドキです。


 新キャラということもありますが、何せ史実が史実。実装前から重いシナリオになるだろうという予想が飛び交っていたのです。


 育成ゲーム、それもガチャゲーで強制バッドエンドなんて設けようものなら炎上必至ですし、ウマ娘がただ史実をなぞるだけのコンテンツでないことは先のサイレンススズカやライスシャワーの例からも明らかなのですが、事前に公開されたマーチャンのキャラクターが不穏な影を落としていたのも事実でした。


「覚えていてくださいね」


 おっとりふんわり微笑みながらそんなフレーズを口にするのです。史実を踏まえてみれば、その言葉の重さがわかるでしょう。


 つかみどころのない言動と、いまにも消えてしまいそうな儚い雰囲気。


 本当に育成途中にどうにかなってしまうのでは? と思えて仕方なかったのです。


 事前に4話まで読んだキャラストーリーもまたその印象を強めるもので、同期のダイワスカーレットの口からも「いつか急に手の届かないどこかに行っちゃいそう」という印象が語られるほどです。


 一見して病弱なようにも、大病を患っているようにも見えないのに、常に死を見据え、「記憶に残りたい」と強迫観念のように繰り返す彼女、アストンマーチャン。


 これはもういやーなフラグしかないわけですね。


 ともあれ、トレーナーとその担当ウマ娘は一心同体(byメジロマックイーン)。どんな運命でも寄り添い見届けるまでと、そこまで決意したかどうかはともかく育成をはじめました。


 因子継承の光を受け取り、もりもりとステータスアップするマーチャン。そして、キャラストーリーで語られた彼女のバックボーンが簡単なおさらいとして紹介され、いよいよキャラストーリー4話の続きとなるストーリーが幕を開けました。アストンマーチャンその第一声は――


「ハッハッハ~!」✌️😃✌️


 は?



◆ヘンテコなウマ娘


 いや本当に。この冒頭の落差でいつも笑ってしまうんですよね。


 病院で「どうすれば記憶に残れるか」と真剣に悩むマーチャンの回想から直でこのシーンにつながるんですよ。仁王立ちしてダブルピースで高笑いするマーチャンに。


 説明すると、この冒頭でマーチャンはウオッカ、ダイワスカーレットと自主製作映画を撮っているんですね。そのキャラクターとして高笑いするシーンがあったんです。


 なんでそんなことをしてるかって、そりゃ記憶に残るためです。単に走るだけではなく、良識の範囲内であらゆる方法を用いて自らの知名度を高めようとするのがアストンマーチャンというキャラクターなのですね。


 だからけっこうなアイディアマンなんですよ、この子。自分を「ウルトラスーパーマスコット」として売り出すためのアイディアを常に頭の中で練ってるみたいです。ビジネスの勉強もしてますし、ただふんわりしてるだけじゃなく戦略家の一面があるんですね。


 また、一度言い出したら他人の意見を聞かず、友達やトレーナーを巻き込んでアイディアを実行に移す強引さも持っています。


 健気というよりはむしろ頑固でしたたか。独特のとぼけた言語センスも相まってどこか飄々とした印象すら受ける、つかみどころのないウマ娘。それが序盤のアストンマーチャンから受ける印象でした。


 まずここで一発やられましたね。いや、もう何発ももらってる気がしますが。


 単なる不思議ちゃん、あるいは内向的ながらも優しい子、というのではなく、いっそ図々しいまでに自分のエゴを押し通そうとする逞しい子なんです。それも表面上はふんわりと、とぼけた口調で。と言っても腹黒というわけではなく、自分なりの理想(ウルトラスーパーマスコットたること)をしっかり持った子でもあり、地道な努力も欠かしません。


 ただ、他人の存在を前提とした願い(世界的マスコットとなって記憶に刻まれること)を持つ一方でモチベーションが自己完結してると言いましょうか、早い話、一方的なんですよね。


「自分の走りで夢や勇気を与えたい」という旨のモチベーションを持つ子はちらほらいるのですが、マーチャンの場合あくまで自分の存在を爪痕として残したいというところまでしか考えていないのですよね。

 言ってしまえば自己顕示欲であり、ある種の自己保存本能のようなものです。この辺、彼女はすごくドライなんですよね。特に序盤は。後述しますが「人は人」というのがこの子の価値観の根幹なんです。


 そんな子なので、ぱっと見あざとい造形の割にプレイヤーの分身たるトレーナーに対しては塩気味といいますか、雑に扱っているわけではないものの、トレーナーとの意思疎通や情緒的な交流をあまり必要としていない節があるのですよね。レースも1人で走って1人で勝ってくるという感じで、ろくにやりとりせず控室からふらっと消えてしまいます。


 トレーナーのことは「仕事熱心」と高く評価しているものの、関係としてはどこかビジネスライクなんですよね。メンタルケアめいたものも必要とせず、彼女自身がやると決めたらほっといてもそれをやり遂げてしまう強さを持っています。よく言えば精神的に自立しているということなのですが、トレーナーとしてはもうちょっと頼ってくれても……と言いたくなるところです。


 ビジネスライクでもいいっちゃいいのかもしれませんが、この子の場合「人は人」という信念が頑なすぎるあまり、ろくに相談せず独断専行してしまう一面もあり、なかなかにトレーナーを振り回してくれます。まあ、逆にそこがまだ子供っぽくて安心する部分でもあるのですけど。


 これがだいたい2年目夏合宿まで、育成シナリオ前半のマーチャン像です。


 この時点のマーチャンはそこまで「儚さ」をまとっておらず(それでも要所要所で不穏なフラグを立ててくるのですが)、どちらかと言えば「危うい」という印象が勝ります。


「逃げ」という脚質そのままに自分でどんどこ突き進んで周りの目が届かないところまで行ってしまうような、そんな危うさです。


 ただ一方でそんな彼女に憧れも覚えました。ライバルの1人ウオッカが評するように、あくまで自分の理想のために自分ですべての決断を下し、その結果を潔く受け入れ、前へ前へと進んでいく彼女は間違いなく「カッケエ」のです。


 なかなかできない生き方です。憧れますし、自分の代わりにそういう生き方をしてくれるならば、それを応援したい、支えたい、とも思いました。それは作中のトレーナーも同じではないでしょうか。

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