第2話 財布とスマホ、カバンに詰め込んで

 全店舗・全企業お休みという衝撃の事実を聞いてからおよそ一時間後。

 とりあえず「ラフな格好に着替えておいで。ただしラフ過ぎてもダメだから、ピクニック出来るぐらいのスタイルでよろしく」とのお父様からの言葉を受け、休日のお出掛け程度のジーンズにTシャツ、薄手の半袖パーカーぐらいのコーディネートにしてみた。

 うーん、一般人Eぐらいの存在感だこと。我ながら泣けるぜ。

 そして高校時代から使ってるボディバッグに財布(とりあえずよく分からんので十万)とスマホを詰め込み、再び一階へと戻ってきた。


「うん、ちゃんと動きやすい服装だね。感心感心」

「むっ、あれは見た事無いTシャツ・・・!いつ買ってたのかしら・・・」

「やっぱお兄ちゃんってばマジお兄ちゃんだね!」

「はい、スポーツドリンクの入った水筒よ~。落とさないようにね~?」


 それぞれからお言葉をいただき、なんとなく人心地つけた気分になってからふと思う。


「・・・俺何にも知らされてないってか何も知らないんだけど、今から皆でどこか出掛ける感じなの?」


 うちは割と家族仲がいい方なので、こうやって休みが重なったりすると山だの市街地だのに皆で出掛けたりはする。

 するんだけど、そういう時は大体事前に〇〇に明日行かない?みたいな流れになる。でも今回に限っては昨日の時点で今日が休みだという事すら聞かされていなかった。だからこそ俺は普通に出社しようとスーツ着てたんだけども。


 しかも思い出してほしい。母さんが何と言っていたかを。


 ”お着替えは『あっち』で用意してもらえるからボディバッグぐらいでいいわよ~”


 そう、『お着替え』だ。市民の日は当然今日だけのはずなのに、少なくとも一泊はするような言い方をしている。当たり前だけど明日は平日、当然俺だって会社に行かなきゃならない日のハズ・・・なんだけど。


「ん? あぁ、そうだね、『皆』で出掛ける感じだね」


 父さんが事も無げにそう返してくる。あとなんか『皆』のニュアンスが俺が思ってるものと違う気がする。


「・・・つーかどこに向かうとか何をするかとか聞くべきだよな・・・?」

「その辺はとりあえず車の中・・・いや、集合場所についてから市長さんが話してくれるハズだから、まぁお楽しみにってところかな?」

「恐ろしい事言いなさる・・・!」


 これはもう俺だけ壮大なドッキリを仕掛けられていると言われても納得しか出来ない・・・!

 一体、俺はどうなってしまうのか?!なんて心の中のナレーターが太文字と共に叫んでくれている状況ではあるけど、とりあえず父さんの表情からなにかしら厳しいような状況にはならんだろうという雰囲気は感じられる。それを信じたい。・・・信じられるかな?


「さ、とりあえず集合場所に車で向かおうか。龍希の用意で若干時間取られたしね」

「お、おう・・・」




 ・・・スポンジが敷き詰められた落とし穴ぐらいで勘弁してもらえんだろうか?




 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆




 はい~、ど~も~、TATSUで~す。

 え~とですね~、ただ今の時間は、十一時を回りました~。

 え~と~、集合場所の~、イオn・・・市役所に来たんですが~、え~ちょっとね、遅れて来たんですけども、参加者は、誰一人、欠けませんでした。(車のドアを開く音)

 誰一人欠ける事無かったです。ハイ。いや~・・・




 市 民 総 出 や な い か い 。




 父さんの言ってた『皆』ってそういう事かよォ?!

 そりゃ俺の思ってた感じと違うに決まってるよなぁ?!

 そりゃ全店舗・全企業休みになるに決まってるよなぁ?!


 だ っ て 皆 で ど っ か 行 く ん だ も ん よ !


「・・・いやいや。いやいやいやいや!おかしいっしょ?!集まり過ぎィ!そして送迎バス多過ぎィ!全市民収容できるキャパのお出掛け先ってドームでも貸し切って大運動会でもすんの?!」


 至極当たり前の感想である。


「そりゃ集まるわよ。なんてったって『五年ぶりの特別な市民の日』なんだから」

「・・・五年ぶりの特別な?」


 ・・・五年前は確か俺は県外の高校に入学してたから参加してないし、その前は確か・・・偶然にも風邪引いてたけど、留守番ぐらい一人で出来るからっつって皆を送り出した覚えはある。その前が覚えうる限り一番最後の特別とやらに当たるハズなんだけど・・・記憶が無い。

 今日みたいに皆でバス乗ってどっか行こうとしたとこまではおぼろげに覚えてるんだけど・・・そっから次の日に起きるまでの間がすっぽり無い・・・?


 ただこの口ぶりだと、少なくとも姉さんは知っているハズ。


 俺らが一体どこに行こうとしてるのかを。




 一体、どうなってしまうのか?!とまた俺の心の中のナレーターが叫ぶのを止められなかった。

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