毎日のようにスキンシップをされるが、ミシェルさんの国では普通らしい
そらどり
ミシェルさんの国では普通らしい
俺のクラスには一際目立つ女子生徒がいる。
名前は
確かに、そんな異邦人が転校してきたとあればクラスや校内で目立つのも頷けるが、とはいえ変な意味で注目されている訳ではない。
向こうでは日本人学校に通っていたというのも相まって日本語は堪能、更に日本の文化にも精通しているため、そういった面ではむしろ他生徒と差はない。
ではなぜ彼女が一際目立っているのか。それは何と言っても彼女の容姿にある。
眉と目の間が狭い分キリっとした西欧人特有な目元を覗かせるものの、大まかな顔立ちは日本人と大差ない。というかあまりにも端正過ぎて逆に日本人離れしている。
それに加えてブラウンカラーの長い髪や青く澄み渡る瞳、そして透き通った色白な肌という美少女要素のオンパレードなので、彼女は一躍注目の的。
この学校に転校して来て三カ月、今では校内一の美少女と称されるようになったのだ。
というのが俺の知るミシェルなのだが―――
「―――マサキ」
突然そう呼ばれ、自席で呆けていた俺は意識を戻す。
次いで振り向けば、片肩にカバンを携えながら右手で小さく手を振ってくる今話題の美少女―――ミシェルが目の前にいた。丁度今登校してきたらしい。
だから挨拶を……と思って立ち上がった瞬間、
「ん」
「!?」
ギュッと抱擁をされてしまった。
しかもそれだけで終わらず、首の後ろまで腕を通し、より一層密着してきた。
「は、え? いきなり何を……?」
「何ってフランス式の挨拶だけど、何か変?」
狼狽える俺を怪訝そうに見つめるミシェル。なぜ俺が動揺しているのかなんて素知らぬといった様子だ。
「たかが挨拶の一環でしょ? 未だに恥ずかしがるなんてマサキは女々しいわね」
「い、いやこんなの誰でも恥ずかしがるって……」
「もうかれこれ二週間なんだからいい加減慣れなさいよ」
「て言われても……」
腕を回されているせいで寸分なく密着している状態。しかもそれだけではない。
ミシェルから香るふくよかな匂いや制服越しに伝わってくる柔らかい感触、それに極め付きは耳元に聴こえてくる甘い吐息……。こんなもん、いつまで経っても慣れる訳ないだろ……
しかしミシェルはさも当然のようにくっついてくる。若干天然なところもあるだろうが、それ以上に、大義名分を振りかざして主導権を握っているのだ。
そう、ミシェルには大義名分がある。
二週間ほど前、俺が授業中いつものようにスマホでネットサーフィンをしていたところ、隣に座っていたミシェルに偶然その内容を覗かれるという事件があった。
しかもこれまた偶然なことに、その時に見ていたのはミシェルの故郷であるノルマンディー地方の地図。話を聞くうちに、以前住んでいた場所がどこなのか気になってしまったのだ。
もう終わったと思った。隣の席の男子が授業中に自らの元住居を探していたとあれば、普段は怒らないミシェルでも流石にドン引きだろうと。
しかし実際はそうではなく、何を勘違いしたのか「フランスに興味あるの?」と尋ねてきたのだ。
まさに渡りに船。ならば乗るしかない、このビッグウェーブに。って感じで今に至るのだが……
「マサキは知らないと思うけど、フランスには“ビズ”っていう挨拶の文化があるんだから」
「へ、へぇ~そうなんだ……」
「そ。フランスだと普通、と言うかむしろ常識よ?」
最早恒例となった決まり文句を言いながら、ミシェルは今日も不敵な笑みを溢す。
あの事件から早くも二週間。フランスについてのあれこれを教えるという大義名分のもと、ミシェルはこうして挨拶代わりの抱擁をしてくるようになったのだ。
しかもミシェルのスキンシップは日に日にエスカレート。初めの頃は一日一回で済んでいたのに、今では二三回にまで増える始末だ。こんなの慣れる訳がない。
「てかミシェル、くっつく時間がいつもより長い気がするんだけど……」
「ん~そう?」
「だってもう一分くらいこのままだし、本場のフランス人でも流石にここまで長く抱擁はしないんじゃ……」
「私だって本場の人間なんだから間違ってる訳ないでしょ?」
「……まあ、確かに」
苦々しくもそう返事をすると、ミシェルは満足した笑みを浮かべる。その眼差しはどこか俺を馬鹿にしたように見えるのは気のせいだろうか。
「(くそっ……思いっきりニマニマしやがって)」
俺に見られていないと油断しきっているのか、ミシェルは自身の口元がだらしなく緩んでいるのに気づいていない様子。しかも「ふんふ~ん♪」と鼻歌まで歌いだした。本当に上機嫌らしい。
加えて口から多少フランス語が漏れている。聞き取れはしないものの、多分彼女のお気に入りの歌なんだろうなと納得する。「え? フランス教えるって言うならそういうのも対象内じゃないの? 今んとこスキンシップしか教えてもらってないよ?」とツッコむのは野暮というものだ。
「(……というか、そもそもミシェルの教えるフランス文化って全くのデタラメなんだよなぁ)」
そんなセリフを心中に吐露する。あたかもフランス文化に精通しているような発言だが、これは決して強がっているという訳ではない。
三分近く抱擁され続けているが、心拍数が異常に高いのと緊張で身体全体がオーバーヒートしかけている以外は至って平常運転。だからこの発言は嘘偽りない事実なのだ。
となると当然疑問が湧いてくるだろう。なぜ俺がフランス文化に詳しいのか、それを知る手がかりは俺の家庭環境にある。
実は俺、
常人ではあり得ない速度で日本に順応する母。しかし癖だけはなかなか矯正できず。食卓に箸とフォークとナイフが混在していたり、デザート用のアイスクリームを冷凍庫一杯に敷き詰めていたり、挙句の果てには毎朝チークキスされたり……と少々グローバルな家庭環境で俺は育てられたため、そこら辺の異文化事情には自然と詳しくなってしまったのだ。
とまあこんな生い立ちなので、ミシェルの教えが全部デタラメだと分かってしまう。
いつも“ビズ”なるものを免罪符にして抱擁を迫って来るが、その本来の意は頬同士を合わせる挨拶行為を指す。アムールの国から来たとはいえ、恋人でもない他人に対してここまで見境なくスキンシップをするなど全くのデタラメなのだ。
フランスに興味を持った俺のために。そんな慈愛に満ちたミシェルの天使姿。
しかし蓋を開けてみれば一変。無知な俺を騙し、多種多様に私利私欲の限りを尽くすモンスターの姿がそこにあった。
全く……酷い話だろ? 異国の地にやって来たばかりの頃の彼女は無愛想で、誰とも関わろうとしなくて。来日したばかりの頃の苦労話を母から聞かされていた俺は、どうしても彼女を放っておけなくて。最初は口を開いてくれなかったけど、根気よく話しかけていたら次第に返事してくれるようになって。そしてやっと仲良くなれたかもと思ったら、最後はこんな遠回し過ぎる結末で。
こんなの、こんなの……
「(好きになっちゃうに決まってるだろ―――!!)」
何が常識だよ! 文化の違いって言い張ればバレないと思ったんか!? 仮に俺が無知だったとしてもここまで露骨だと流石に気づかれるぞ!?
だというのにむしろ調子に乗ってエスカレートしやがって……こっちの身にもなってくれよ!
「……マサキ? 急にニヤニヤしてどうしたのよ?」
「うぇ!?」
突然現実に引き戻されると、目の前にミシェルの顔が。思わず変な声が出てしまう。
「え、キモい……」
そのせいで引かれてしまった。ゴミを見るような眼差しを向けたまま、スッと距離を取られてしまった。
え、でもおかしくない? ミシェルだってニマニマしてたじゃんか。なのに俺だけ蔑まれるのは納得いかないんですけど。
けど言ったら言ったらで「実は覗き見してました~テヘペロっ!」って事実がバレちゃうし……やっぱ黙って耐えるしかないのか。く、世知辛い……!
と葛藤していると、ガラガラと教室前方の扉が開き、担任の先生が入ってくる。いつの間にかホームルームの時間になったらしい。
取り敢えず気持ちを切り替えつつ席に座る。隣席の彼女の様子が気になるが今は後回し。毎週この曜日のホームルーム後には担任の先生の授業がそのまま始まるので、今のうちに教科書の該当箇所を確認せねば。えっと、出席番号的に俺が当てられる問題は……
「ねえちょっと」
「?」
隣から肩を軽く叩かれ振り向くと、ミシェルは何やら気まずそうな様子。小さな声で俺を呼び止めると、口元を固く結び、僅かに視線を泳がせていた。
「教科書……見せてもらってもいいかしら?」
「え、そんなの全然平気―――」
そこまで言いかけて俺はハッとする。どうして彼女はきまりが悪そうに尋ねてくるのか。先程の出来事から推量するに……なるほど、つまりそういうことか。
「……悪いが、やっぱ見せられないな」
「! どうして―――」
「だってキモいって言われたんだぜ? だというのに今度はそんな酷い奴に教科書見せてあげないといけないとかさ……はぁ、ミシェルさんには人の心がないんですかね~?」
「それ、は……」
「まあ別に? 自分の非を認めて謝るってんなら考えなくもないけど~?」
「ぐぅっ……」
わざとらしく挑発したところ、彼女はめっちゃ悔しそうにプルプルしている。想像以上の反応だった。
とはいえ俺も鬼ではない。もう十分満足したし、そろそろ終わりに……
「……なら謝ってあげるわよ」
「え?」
そう宣言されて戸惑う一瞬、グイっとネクタイを引き寄せられ、そして―――
「―――ん」
「!?」
気づけば彼女と唇を重ねていた。柔らかくも意思を持った彼女の唇に、俺は俺の初めてを奪われてしまった。
「……今更気にしないでしょ? フランスじゃ常識なんだから」
合わせていた唇を離しながら彼女は常套句を言う。それ以後は何も言わず、机をこちらにくっつけて教科書を催促してくる。
それに視線も合わせてくれない。教科書を差し出す俺をよそに、頬杖をついて物理的に壁を作りつつ授業に耳を傾けていた。
「…………」
その一連の流れを見て俺が何を思うのか、そんなもの分かりきっている。だってこんなの、こんなの……
「(何なんだよもおぉおおおおおお~~~~~~!!??)」
何考えてんだよミシェル!? 百歩譲って抱擁はいいとしても、キスなんてしたらもう言い逃れ出来ないだろ!? しかも耳まで真っ赤にして……滅茶苦茶恥ずかしがってんじゃねえか!
こんなの耐えられる訳がない。もうこのまま内なる感情を打ち明けてしまっても許されるのでは。
……でもなぁ、ここまで変に関係がこじれちゃったのに今更どうやって説明すればいいんだよ。「実はフランス人のおふくろがいるんですよ~」だなんて絶対言えないし。
「はぁ……」
この関係が変わる日は果たして来るのだろうかと、そんな思いに浸りながら内に秘める感情を必死に抑えていた。
◇
「…………」
黙々と授業を受けるが、その内容は一向に頭に入ってこない。
髪の間からチラっと隣を覗き込めば彼がいる。机同士をくっつけた分いつもより身近に感じてしまい、そのせいで胸の奥が忙しなく浮足立っているのだろうか。
いや違う。明らかに動揺させる理由は絶対にひとつしかない。それは―――
「(私、初めてキスしちゃった……)」
両親や母国の友人らとしていたチークキスとは違う、明確な愛情表現。あろうことかそれを、それをマサキに……
「(~~~~~~っ!?!?!?)」
完全にやっちゃった……! 絶対はしたない女って思われちゃった……!
なんで私はあんな安い挑発に乗っちゃったのよ!? キスする前に結果が分かってたら絶対しなかったのに……ああもう、なんで私は……!
「…………」
再びチラっと彼を覗き見る。
依然としてすまし顔で授業を受け、まるで先程の出来事なんて忘れてしまったかのような素振り。
それを見ていると、少しだけ胸の奥がモヤモヤしてしまう。久しく忘れていた遣る瀬無さだ。
「(なんで私だけがドキドキしなきゃいけないのよ……)」
フランスから転校してきたばかりの頃、不安に押し潰されそうになっていた私に寄り添ってくれた唯一の男の子がマサキ。皆が好奇の視線を注ぐ中、彼だけが私に優しく声を掛けてくれた。
それが嬉しくて、気づけば彼に惹かれている自分がいて、多分これが恋なんだと知った。
でも素直になれず、彼の前では恥ずかしさのあまりモジモジしてしまって、そのせいで無愛想な感じに見えたと思う。
本当は私だって仲良くなりたいと思っていた。けど素直になれなくて、その間も無情に時間だけが過ぎていって、気がつけば二か月半。一方的な片想いにモヤモヤする日々を送り続けていた。
だから偶然にも彼が私の故郷を検索していたのを見た時、これはチャンスなのではと思った。
彼は日本人だからフランスの文化は知らない。それを上手く利用すれば彼の興味を引けるかもしれない。そしたらきっと、きっと私を意識してくれる。
そう思ったから私は彼に提案をして、フランスのあれこれを教えるという大義名分のもと、この二週間羞恥を押し殺してでも好意を伝えてきた。なのに……
「(……いい加減気づきなさいよ、馬鹿)」
思い通りにいかない現実につい文句を垂れてしまう。でもそれが仕方ないってことも十分に理解している。
あくまでも挨拶、そんな言い訳を作って関係を拗らせたのは私自身だ。「ほんとはずっと前からマサキが好きでした」だなんて今更言えるはずがない。
というより次第にこの状況が楽しくなってきて……もう別にこのままでもいいかなって思ってる自分がいる。
だって付き合ってもないのにカップルみたいな体験が出来るのよ? これが思ってた以上に背徳感があって、何かもうハマっちゃいそうで怖い……いやもうハマってる気がする。
「はぁ……」
やっぱり私も馬鹿だなと、そう自虐しながら今日もこの関係に甘えるのであった。
そうしていつも通り(今日は若干不貞腐れつつも)授業を受け、いつも通り彼との昼食を済ませ、睡魔と戦いながら午後の授業を受け、そしてようやく迎えた放課後。いつも通り二人で並んで帰り道を歩いていると、隣から「は!?」と驚きの声が。
振り向けばマサキ。「嘘だろ……?」と言いながらスマホ画面を凝視していた。
「どうしたのよマサキ?」
「いや……『昔の友人と感動の再会を果たしました。夕ご飯は適当に食べといて♪』っておふくろからメッセージがきてさ」
「良いことじゃない。何が不服なのよ?」
「俺、今金欠なんだよ。自炊しようにも冷蔵庫の中空っぽだったし……」
そう言いながら、頭を掻いて悩んでいるマサキ。「親父も出張中だしなぁ」と苦言していた。
「そう、なんだ……」
気の毒そうなトーンで相槌を打つ。しかし心の中ではむしろ逆、好都合だと察知した。
まだ彼と話していたい、まだ別れたくない、そう思っていた最中の偶然。これを利用しない手はない。
だから私は、いかにも慈悲の手を差し伸べるが如く、困り果てた様子の彼に向けて、
「……なら、うちで食べる?」
そう告げた。すると彼は目を見開き、明らかに動揺する。
「え、な、なんで……?」
「勘違いしないでよ? 今日はママもいるし、変な気でも起こしたらすぐに警察に通報するから」
「しねえよ! いやだからそうじゃなくって、なんで夕飯を……?」
「自炊も出来なくて外食も出来ない男子がいたらご馳走してあげるのがフランスの習わしなのよ」
「ピンポイント過ぎない?」
訝しげな反応を見せるものの、少し考えた後に彼は「じゃあご馳走になるわ」と了承した。
流石に無理があると思っていたのだが、案外彼は鈍感らしい。ふっ、馬鹿で助かった。
「じゃあ決定ね。あそこに見えるマンションがうちだから。さっさと行きましょ」
「え、マジ? もしかしてミシェルって結構なお嬢様……って、うお!?」
私から手を繋ぐと、彼が急に驚きの声を上げた。
「ビックリした……急に繋いでくんなよ」
「この程度で驚かないでよ。普通のことじゃない」
「普通って……これもフランスなら常識って言うのかよ?」
「常識よ。自宅に招くときは玄関まで手を繋ぐのがフランスのマナーなの」
嘘。本当はただ手を繋ぎたかっただけ♪
けど実際、彼は私の嘘に全く気づいていない。挨拶以外は騙せないと思ってたけど、この調子ならもっと踏み込んでもバレなさそう。
「……ねえ。夕ご飯まで時間あるし、よかったら私の部屋で勉強しない?」
「え? で、でもそれって……」
「なに焦ってんのよ。勉強会なんて普通でしょ?」
「えぇ……」
何秒か黙るものの、彼はようやくこくりと頷く。よし、思った通りチョロい。
男の人を部屋に入れるのには正直抵抗があるけど、でもマサキなら別に嫌じゃないし……ああどうしよう、ニヤけてないかしら私?
だってマサキが私の部屋に来るのよ? 嬉しすぎて絶対緊張しちゃうし、それにもし彼の匂いが部屋に残っちゃったら―――
「(……うん、出来るだけ長く部屋にいてもらおう)」
そんな風に悪だくみしながらも並んで歩いていればあっという間に我が家。エントランスの電子ロックを開けてそのままエレベーターに乗り込み、自室のある階へと向かう。そして目的の階で降りて外廊下を進めば到着。インターフォンを鳴らして帰宅を知らせた。
「……?」
でも何だろうか。妙に落ち着かない。先程もかなり興奮していたが、それとは別のなにか。
なんだか嫌な予感が―――
「―――あ、お帰りなさい~」
突然開いたドア。次いでひょっこりと出て来たのはママと……もう一人、見覚えのない人物だ。金髪のボブヘアをなびかせるどう見ても西欧人な女性、ということはママの知り合い?
「おふくろ……!?」
「へ?」
青ざめながら驚きの声を上げるマサキ。というか待って、え? 今なんて言った?
「初めましてミシェルちゃん。レオンの母です~」
「母……? え、でも容姿が……」
「だってお父さん似ですもの~。というよりレオンから何も聞いてないの? もしかしてハーフってことも?」
「ハーフ……?」
え、どういうこと? まるで彼が純日本人ではないような言いぐさ。それにママの知り合いってことはつまり……
この人はフランス人ってことなんじゃ―――
「―――……っ!?!?」
い、いやいや待って、決めつけるにはまだ早計だ。だってこんな偶然絶対有り得ない。
西欧は陸続きだからこの人がフランス人だと確定出来る根拠はないし、そもそもマサキはフランスのことなんて何も知らなかった。私が何を言っても馬鹿みたいに納得して、ものの見事に騙されてた。なのにそんな彼が私と同じくフランス人と日本人のハーフ? こんな偶然があるはずがない……!
だってもしその通りなら、この関係の前提が崩れてしまうーーー
「ね、ねえマサキ? 全部私の勘違いよね? こ、こんなの有り得ないわよね……?」
「……ごめん」
「何で謝るのよ!?」
「やってしまった」とでも言いたげな表情を見せる彼。それを知った瞬間、私は全てを悟ってしまった。
ということはつまり抱擁も、キスも、全部全部――――――
「うぁあああああああああああああ~~~~~~っ!?!?!?!?」
「ミシェル!?」
彼の静止を振り切り、私は音を立てて内側からドアを閉める。もう見れない。どんな顔して会えばいいか分からなくなってしまった。
だってそうでしょ!? 騙していたつもりが実際は全部筒抜け、なのに調子に乗ってニマニマしてたのよ!? これじゃ私すごい馬鹿みたいじゃない!?
「ちょ、ミシェル! なんで鍵閉めるんだよ!」
「嘘つき! あんなに無知な顔して、いっつも内心では馬鹿にしてたんでしょ!?」
「なっ……嘘つきはそっちもだろ!? 文化の違いって言い張れば何しても良いってのかよ!」
「やっぱり全部分かってたんじゃない!!」
もう最悪だ。確かに気づいてほしいとは思ってたけど、こんな形でなんて望んでない……っ!
「……なあ、ミシェル」
と私が悶絶していると、ドア越しに彼が改まって問いかけてくる。先程までとは違う真剣な声に、思わず冷や汗が出てしまった。
「もうこの際だから全部言ってやる。ミシェル、好きだ」
「……っ!?」
「嫌なら別にこのままでいい。でももし受け入れてくれるなら、顔を見せてくれないか?」
「…………」
それは……ズルい。だって私に選ばせようとしている。
「付き合っちゃえばいいのに」
「ねー?」
「ママ達はちょっと黙ってて!」
他人事のようにしているママ達。誰のせいでこんな状況になったと思ってるのか。
……でも、そうよね。もう答えなんて決まってる。
だって私の心はとっくに――――――
「……真っ赤だな」
「うるさい」
一歩踏み出すと、マサキに苦笑される。でもお互い様。マサキだって赤いもの。
「で、返事はどうなんだよ」
「何よ? 返事ならもう見せたじゃない」
「それはそうだけど、やっぱ言葉で伝えてほしいっていうかさ……」
「……我儘ね」
一度素直になると、いよいよ歯止めが利かなくなるらしい。多分、いや絶対後になって覚めたら羞恥に苛まれるに決まってる。
でも今だけはそれでも良いと思えたから、だから私は、
「―――好き、レオン」
ほんのちょっぴり彼に酔いしれるのであった。
毎日のようにスキンシップをされるが、ミシェルさんの国では普通らしい そらどり @soradori
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