創作の抜け殻

金玉強打

好奇心の闘争

 最新のトレンドを脊髄反射で避けるようになってから、僕のアイデンティティは類を見ないほど陳腐なものに変貌を遂げた。たとえば「ファンタジー」や「恋愛」「ラブコメ」といったワードの含まれる小説を読んでいると、どうにも居心地が悪くなるのだ。自分がいかにも安易な価値観に染まっているような気がして落ち着かないし、そもそもそういった言葉が嫌いだったりもする。もちろん僕だって、そんなものはフィクションの中にしか存在しないということは知っているけれど、それでもやっぱり好きになれなかった。


 だから僕は、小説を読むときは、なるべくそういう単語を避けて選ぶようにしている。たとえそれが流行の言葉であってもだ。そうやって自分の好みから外れている作品をわざわざ選んで読んでいるわけだから、当然読むスピードも遅くなりがちだし、内容についてもよくわからないまま読み終えてしまうことが多い。

 しかし最近になって、ようやくその傾向に変化が生じてきた。

 というか、僕の中で変化が生じたのではなくて、周りが変化しつつあるというのが正確なところだろう。


 高校一年のとき、同じクラスには『カクヨム』というサイトに登録している女子がいた。名前を生命。あだ名はライフちゃん。とは、二年生になってからも同じクラスで、ときどき話をするようになったのだが、ある日突然彼女は、

「私、小説を書き始めたんだ!」

 と言い出した。なんでも彼女が言うには、以前から興味があって、ずっと書きたいと思っていたらしい。そしてつい先日、短編小説をネット上に公開したところ、思いのほか好評で、今では毎日のように読者が増え続けているそうだ。

 そこで僕は、彼女に訊いてみた。

「どんな話を書いたの?」

 すると彼女はこう答えた。

「SFだよ! SF!」

 僕はそのとき、「へえー」と思っただけだったが、それから数日後に、彼女の小説を読んだ。正直言って驚いた。それは確かにSFだったからだ。技術発展に伴う社会的弊害を問題定義する高度な近未来小説であった。ただ残念なことに、僕が読んだ時点では、まだストーリーが完結していなかった。この小説の続きを書く予定はあるのかと訊くと、彼女は少し考えてから言った。

「実はね……。この小説、もうほとんど完成してるんだけど、最後の最後で詰まっちゃってるんだよねえ……」

 生命さんの話では、主人公がヒロインとともにタイムマシンに乗って過去へと飛び、歴史改変によって現代における人類の文明発達を食い止め、原始的なレベルまで全人類の生活水準を平均化するといった「本物の平等」を作り上げる結末にしたいらしい。社会主義でもなく資本主義でもない、人間の生物的な本来の姿を取り戻すといった、極めて独善的な思想を持った主人公の半生を描く壮大な世界観に僕は圧倒された。そして同時に、これが本当に完成された作品であれば、いったいどれほど素晴らしいものになるだろうと想像した。しかし、彼女は首を横に振った。

「ううん、違うよ。これは未完成なんだってば。ちゃんとしたエンディングがあるわけじゃないもん。それに、今はまだ物語の途中だから、こんなふうに書き進められてるけど、もし完成したらもっといろいろ変更を加えなくちゃいけなくなると思うし……」なるほど、と思いながら、僕は考えた。

 では逆に言えば、A子さんが書いている小説は、今のところ完全な形ではないということなのか? それならなぜ彼女は、僕なんかに小説を見せてくれたりしたのだろうか? あるいは単純に、僕が読みやすいようにと思って見せてくれているだけなのかもしれないけれど……、でも僕としてはやはり気になった。なのでもう一度、念のために訊いてみることにした。

「あのさあ、生命さんの小説だけど、あれって、もしかしたら途中で終わりになったりする可能性もあるわけ?」

 すると彼女は目を輝かせて、「うん! あるよ!」と答えた。


「えっ!? そうなの!?」と思わず声を上げると、彼女はさらに嬉しそうに笑った。

「うん! だって、まだ途中だもん!」……つまりこういうことだ。

 彼女の中では、物語は未完の状態のままであり、だから当然、完結もしていない。しかし現時点で、既にストーリーは完成している。完成しない物語こそが完璧であり完全なのだと。そしてそれを他人に見せること自体が喜びなのだと。

 なんとも奇妙な話である。

 とはいえ、小説というのは本来そういうものではないと感じた。小説というものは、ストーリーがあるからこそ成立するものであるから。読者側に考えを押し付けるのは上に他責的だ傲慢だと本人には言えないがわずかながら心の隅に感じてしまった。ただ、生命さん自身はとても楽しげだったので、僕はそれ以上何も言わずに、小説を読み続けた。

 それから数日経ったある日のこと。

 昼休みの時間を使って生命さんと一緒に昼食を食べていたときのことだった。

「ところで、大地くんはどんな小説を読んでるの?」と、彼女が訊いた。

「僕? 僕の場合は……これかな」と言って、鞄の中から文庫本を取り出して彼女に見せた。

「ああ、『夏への扉』か。懐かしいなあ。私もそれ読んだことあるよ!確か小学校の低学年のときに!」

「へえー。そうなんだ」「うん。面白いよね!」

「そうだね」

「じゃあさ、今度、その小説に出てくる『タイム・トラベラー』っていう設定を借りて小説書いてみるから、読んでみてくれない?」

「えっ、いいけど、どうして僕が読むわけ?」

「そりゃもちろん、小説を完成させるためだよ!」

「完成させるって、生命さんが書いた小説を僕が最後まで読み切ることが?」

「うん!」

「それはまた……ずいぶんと大変そうだな……」

「そんなことないよ。きっとすぐに終わるって。”ドアを開けていればどれかは必ず夏に繋がると信じている。”ってね!」

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